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いちゞくの花  作者: イヲ
第五花
23/68

-2-

「……はは、永劫くん。それ、殺し文句すぎだよ……」


明宜は、顔をゆがめて――それから、永劫の肩に額を押し付けてきた。

吐き出してほしかった。

辛くて苦しくて、苦いものを。


そっと、押しつけた頭を撫でる。

振り払われもせず、ただなされるがままだった。


「大丈夫です。俺にはなんの力もないけど、支えることはできると思います」

「……うん。ありがとう。――ほんとうに」

「だから、答えてもらわなくていいんです。俺が勝手に好きなだけだから」


これ以上、この人に重荷を背負わす気はない。

もしかすると、後悔しているのかもしれない。明宜に伝えてしまったことを。

それでも、どこかすっきりした。

振られても振られていない。そんな曖昧な関係をこれから続けていくのは確かにつらいが、我慢はできる。

あと三週間だ。

この人と一緒にいられるのは。

それ以降は、分からない。

一生会わないかもしれないし、違うかもしれない。


「……うん」





月が、

望月だろうか。丸い月が黒い墨のような色のなかに浮かんでいる。


縁側でそれを見つめている明宜は、どこか、いつも以上にぼんやりとしていた。

何があったのかは容易に想像できる。


「明宜ちゃん。どうしたの、そんなぼーっとして」

「――別に」

「あらぁ。アンタの別に、は何かがあった時にしか使わないわよねぇ」

「……プライバシーの問題」

「プライバシーって……」


思わず吹き出す。

持ってきた缶チューハイを縁側に置くと、うん、と伸びをした。

作務衣姿の明宜はその缶を見下ろしてから手に取り、プルトップを上げた。


「アタシは分かってるわよ。そっかぁ。言ったのね。けしかけたのはアタシだけど」

「けしかけたって、……おまえ」

「気持ちや思いを抑え込めば抑え込むほど、野良神の力は強くなる。アンタも分かってるでしょ。アタシはね、永劫ちゃんを死なせたくないのよ。今まで見たことのないくらい、真っ直ぐな子だから。アタシたちにないものを、あの子は持ってるのよ」


分かっている。

歪曲してしまっている自分たちの心とはまったく正反対のものを、彼は持っている。

蜜に群がる甲虫のように、それは自分たちにとって甘くて、魅力的なものだ。

人間は、自分がないものを手に入れたがる習性があるのだろう。


「アタシたちは、結婚できない。依代だから。珊瑚の家も、鈴鹿の家も、世襲制。おちこぼれのアタシたちは、依代で十分だったのよ」

「……」

「もっとも――兄さんたちは、みーんな死んじゃったけどね」


大きく肩をすくめて、月を見上げる。

『神降ろし』ができなかった明宜や彰比呂は、一族からおちこぼれの名を抱かされた。

依代とはつまり、使い捨てなのだ。

死んでも、文句は言えない立場である。

もっとも、死ぬ前に家族の方が死んでしまったのだが。


「けど」

「ん? けど、なに?」

「永劫くん、言っていたよ。俺の痛みは俺のものだけど、支えることはできるって」

「――そうね。アタシたちの痛みはアタシたちにしか分からないわ。でも、傍にいてくれるだけで、ずいぶん楽になるものよね。で、アンタはどうなのよ」


チューハイを飲んで、はあ、とため息を吐き出す隣におっさんに尋ねる。

背中を丸めていて、ほんとうにおっさんだ。この男は。

自分も男だが。


「どうなの、って……」

「好きなの嫌いなのどっちなの」

「嫌いじゃないよ」

「じゃあ、同情でもしているつもり?」

「同情でもない」

「ああああもう! じゃあ何なのよ! イライラするわね!」


頭をぼりぼりと無精に掻く男は、長い前髪から見える飴色の目を伏せて、「わからない」と呟いた。


「わ、分からないってね。アンタ、恋の一つや二つ、したことあるでしょ」

「あるかもしれないけど、相手は一応、大学生で未成年で男だしね」

「あら。それってアタシにケンカ売ってる? 特に男ってところ」

「それはおまえの場合だろ」


おまえと違って俺は純情なんだよ、と、チューハイを飲みながら呻く。

失礼な。まるで自分が純情じゃないみたいじゃない、と思うも、その曇った表情の前では何も言えない。


「まあいいわ。アンタに任せる。で、アタシ、明日帰るから。永劫ちゃんに憑いている野良神と話しても、もう何も出ないと思うわ。その間、アンタがちゃんと守ってあげるのよ」

「分かっている」

「そう。ならいいわ」


すこしだけぬるくなってしまった缶チューハイのプルトップを上げて、飲み込んだ。

甘い炭酸が、喉を通ってゆく。

酒は嫌いではないが、好きでもない。

好んでは飲もうとは思わないが、たまには許されるだろう。


「あの子はアンタを支えるし、アンタはあの子を守る。いいじゃない。理想の関係よ」

「……」

「あーあ。アタシも欲しいなあ。そういう子」

「……ああ、まあ、がんばれ」

「ひどいこと言うわね、アンタ! オネェにそんな『イイ人』が現れることなんてそうそうないのよ!」


あの子はだめだ。

永劫は、明宜の支えになってくれている。

けども、彰比呂は決して独りではない。孤独ではないことが、せめてもの救いか。


「ごほん。ともかく、あの子を、永劫ちゃんをお願いね」



返事をしようとした明宜が口を開いた直後、

――電話のベルが、鳴り響いた。

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