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「……はは、永劫くん。それ、殺し文句すぎだよ……」
明宜は、顔をゆがめて――それから、永劫の肩に額を押し付けてきた。
吐き出してほしかった。
辛くて苦しくて、苦いものを。
そっと、押しつけた頭を撫でる。
振り払われもせず、ただなされるがままだった。
「大丈夫です。俺にはなんの力もないけど、支えることはできると思います」
「……うん。ありがとう。――ほんとうに」
「だから、答えてもらわなくていいんです。俺が勝手に好きなだけだから」
これ以上、この人に重荷を背負わす気はない。
もしかすると、後悔しているのかもしれない。明宜に伝えてしまったことを。
それでも、どこかすっきりした。
振られても振られていない。そんな曖昧な関係をこれから続けていくのは確かにつらいが、我慢はできる。
あと三週間だ。
この人と一緒にいられるのは。
それ以降は、分からない。
一生会わないかもしれないし、違うかもしれない。
「……うん」
月が、
望月だろうか。丸い月が黒い墨のような色のなかに浮かんでいる。
縁側でそれを見つめている明宜は、どこか、いつも以上にぼんやりとしていた。
何があったのかは容易に想像できる。
「明宜ちゃん。どうしたの、そんなぼーっとして」
「――別に」
「あらぁ。アンタの別に、は何かがあった時にしか使わないわよねぇ」
「……プライバシーの問題」
「プライバシーって……」
思わず吹き出す。
持ってきた缶チューハイを縁側に置くと、うん、と伸びをした。
作務衣姿の明宜はその缶を見下ろしてから手に取り、プルトップを上げた。
「アタシは分かってるわよ。そっかぁ。言ったのね。けしかけたのはアタシだけど」
「けしかけたって、……おまえ」
「気持ちや思いを抑え込めば抑え込むほど、野良神の力は強くなる。アンタも分かってるでしょ。アタシはね、永劫ちゃんを死なせたくないのよ。今まで見たことのないくらい、真っ直ぐな子だから。アタシたちにないものを、あの子は持ってるのよ」
分かっている。
歪曲してしまっている自分たちの心とはまったく正反対のものを、彼は持っている。
蜜に群がる甲虫のように、それは自分たちにとって甘くて、魅力的なものだ。
人間は、自分がないものを手に入れたがる習性があるのだろう。
「アタシたちは、結婚できない。依代だから。珊瑚の家も、鈴鹿の家も、世襲制。おちこぼれのアタシたちは、依代で十分だったのよ」
「……」
「もっとも――兄さんたちは、みーんな死んじゃったけどね」
大きく肩をすくめて、月を見上げる。
『神降ろし』ができなかった明宜や彰比呂は、一族からおちこぼれの名を抱かされた。
依代とはつまり、使い捨てなのだ。
死んでも、文句は言えない立場である。
もっとも、死ぬ前に家族の方が死んでしまったのだが。
「けど」
「ん? けど、なに?」
「永劫くん、言っていたよ。俺の痛みは俺のものだけど、支えることはできるって」
「――そうね。アタシたちの痛みはアタシたちにしか分からないわ。でも、傍にいてくれるだけで、ずいぶん楽になるものよね。で、アンタはどうなのよ」
チューハイを飲んで、はあ、とため息を吐き出す隣におっさんに尋ねる。
背中を丸めていて、ほんとうにおっさんだ。この男は。
自分も男だが。
「どうなの、って……」
「好きなの嫌いなのどっちなの」
「嫌いじゃないよ」
「じゃあ、同情でもしているつもり?」
「同情でもない」
「ああああもう! じゃあ何なのよ! イライラするわね!」
頭をぼりぼりと無精に掻く男は、長い前髪から見える飴色の目を伏せて、「わからない」と呟いた。
「わ、分からないってね。アンタ、恋の一つや二つ、したことあるでしょ」
「あるかもしれないけど、相手は一応、大学生で未成年で男だしね」
「あら。それってアタシにケンカ売ってる? 特に男ってところ」
「それはおまえの場合だろ」
おまえと違って俺は純情なんだよ、と、チューハイを飲みながら呻く。
失礼な。まるで自分が純情じゃないみたいじゃない、と思うも、その曇った表情の前では何も言えない。
「まあいいわ。アンタに任せる。で、アタシ、明日帰るから。永劫ちゃんに憑いている野良神と話しても、もう何も出ないと思うわ。その間、アンタがちゃんと守ってあげるのよ」
「分かっている」
「そう。ならいいわ」
すこしだけぬるくなってしまった缶チューハイのプルトップを上げて、飲み込んだ。
甘い炭酸が、喉を通ってゆく。
酒は嫌いではないが、好きでもない。
好んでは飲もうとは思わないが、たまには許されるだろう。
「あの子はアンタを支えるし、アンタはあの子を守る。いいじゃない。理想の関係よ」
「……」
「あーあ。アタシも欲しいなあ。そういう子」
「……ああ、まあ、がんばれ」
「ひどいこと言うわね、アンタ! オネェにそんな『イイ人』が現れることなんてそうそうないのよ!」
あの子はだめだ。
永劫は、明宜の支えになってくれている。
けども、彰比呂は決して独りではない。孤独ではないことが、せめてもの救いか。
「ごほん。ともかく、あの子を、永劫ちゃんをお願いね」
返事をしようとした明宜が口を開いた直後、
――電話のベルが、鳴り響いた。




