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いちゞくの花  作者: イヲ
第五花
22/68

-1-

伝えた言葉は取り消せない。


明宜は、静かだった。

静かに、――笑った。


「うん。――そっか。ありがとう」

「礼なんて、言わないでください」


無様に泣きながら、伝える。

せめて、吐き捨てるように呟く。なにも、期待してはいないし、してはいけないのだから。


(いいことと言えば、まだ生きられるってことくらいか。)


胸中で失笑しても、ひんやりとしている明宜の手は頬から離れなかった。

離しては、くれない。

そうして、そのまま続ける。


「俺はね、優しい人間なんかじゃない。ひどくて、醜い人間だよ」

「今なら、分かる気がします」


たしかにこの人は、ひどい人間だ。

醜くはないけれど。

それでも、――せめて、振り払ってくれれば、諦めがつくと言うのに。

なぜ、離してくれないのだろう。

どうして、こんなに冷たい手で、涙をぬぐってくれているのだろうか。


「離してください。俺、あんたのこと好きだけど、同情してほしいわけじゃない」


顔をそむけても、明宜の手のひらは頬にあてがわれたまま、離してはくれない。

それに、好きでもない男の頬なんか掴んでも、気味が悪いだけではないのだろうか。


「……」


飴色の、薄い色素の目がこちらを見つめている。

まるで、何かを試しているかのように。

正直、生殺しだ。


「あの、ほんとうに――」


離してください、と言おうと腕を掴むが、逆にその腕をとられてしまった。

そうして、そのまま――腕を引かれ、抱き込まれる。


「――え」


まぬけな声が喉から転がり落ちた。

ただ、呆然と、する。


「なに、してるんですか」

「うーん。なんだろうね? ちょっと、確かめてみたかったのかもね」

「確かめるって、なにを」


背中に腕をまわされて、シャツがしわになるくらいに、強く、抱きしめられた。

どうしてこんなことをするのだろうか。

意味が分からない。

自分の鼓動がうるさい。

止まってしまえばいいのに。


「うん。同情じゃない」

「はあ?」

「きみに同情しているのかと思ったけど、どうやら違うみたいだねぇ」


意味の分からないことを言っている。

たしかに永劫は「同情してほしいわけじゃない」と言ったが。

同情しているしていないは、抱きしめることによって分かるのだろうか。

抱きしめたことも、抱きしめられたことがないから、分からない。

記憶のあるなかでは、そうだ。


「ねえ、永劫くん。きみのことを、信じてる。だから、今から言うことは、俺のすべてで、俺の罪だ」

「――……。どういうことですか」

「うん。聞いてほしい。前に言ったよね。きみに隠し事は無意味だって」

「……」


頭をとんとんと叩かれながら、(まるで幼子にするかのように、ぎこちなく。)明宜の次の言葉を待つ。


――うるさい。

鼓動が。

――止まってしまえばいいのに。


「俺は、親を殺した」

「え……」

「両親を、殺したんだ」


その声色はひどく辛そうで、悲しそうだった。

親殺し。

あまりにこの人の性格とかけ離れていて、呆然と彼の肩口を見つめる。

顎を上げようとしたが、頭を固定されて動けない。


「それって、どういう、ことですか」

「俺は父も母も憎かった。珊瑚の家の人間も全員、殺したいと思っていた。だから、殺したんだ」


明宜の声が、わずかに、ほんのわずかに震えている。

自らの罪の告白は、恐ろしいのだろう。

それでも、殺したのは理由があるはずだ。憎いだけじゃない。憎いだけじゃ、人は殺せない。


「なにか、理由があるんでしょう。あんたのことだから」

「――はは。理由、ね。理由なんかないよ。憎かったから殺した。それだけ」

「……」


頭をうごかすと、もう押しつけられることはなかった。

――これで、離れると思っているのだろう。この、珊瑚明宜は。


(だけど、おあいにく様だな。)

(あんたは優しくてひどい人間だ。それでも、それだけじゃ、嫌いにはなれない。両親を殺したと、そう言った時のあんたは、辛そうで、悲しそうだった。)


「あんたは、まだ何にも知らない俺を憎むんだろうな。……何も知らない癖にって」


これはただの免罪符だ。

まだ明宜のことも、――珊瑚の家の事もなにも永劫は知らない。


「ん?」

「でも、言わせてもらう」


たとえ人殺しだとしても、たとえ憎しみだけで親を殺したとしても、永劫は明宜を嫌いには決してなれない。

それはきっと、人を殺したときの痛みは明宜だけのものだからだ。

永劫のものにはなれない。

だからこそ、離れることができないのだ。


「あんたは、少なくとも罪に苦しんでる。憎しみだけで殺したとしても、その痛みはあんたのものだ。だから、俺には分からないし、これからもずっと分からないままだろう。でも、あんたの痛みはあんたのものでも、俺が勝手に支えるのは自由だろ。――あんたが迷惑だ嫌だって言っても、俺は勝手にあんたを支える。そう、約束したから」

「――……永劫、くん」


鈴鹿が言っていた。

支えてあげることはできる、と。

殺したことは、決して拭われない。

だけど、その痛みに寄り添うことはできる。


「偽善だって笑うかもしれないけど、俺は本当に、――真剣にそう、思ってる」

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