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伝えた言葉は取り消せない。
明宜は、静かだった。
静かに、――笑った。
「うん。――そっか。ありがとう」
「礼なんて、言わないでください」
無様に泣きながら、伝える。
せめて、吐き捨てるように呟く。なにも、期待してはいないし、してはいけないのだから。
(いいことと言えば、まだ生きられるってことくらいか。)
胸中で失笑しても、ひんやりとしている明宜の手は頬から離れなかった。
離しては、くれない。
そうして、そのまま続ける。
「俺はね、優しい人間なんかじゃない。ひどくて、醜い人間だよ」
「今なら、分かる気がします」
たしかにこの人は、ひどい人間だ。
醜くはないけれど。
それでも、――せめて、振り払ってくれれば、諦めがつくと言うのに。
なぜ、離してくれないのだろう。
どうして、こんなに冷たい手で、涙をぬぐってくれているのだろうか。
「離してください。俺、あんたのこと好きだけど、同情してほしいわけじゃない」
顔をそむけても、明宜の手のひらは頬にあてがわれたまま、離してはくれない。
それに、好きでもない男の頬なんか掴んでも、気味が悪いだけではないのだろうか。
「……」
飴色の、薄い色素の目がこちらを見つめている。
まるで、何かを試しているかのように。
正直、生殺しだ。
「あの、ほんとうに――」
離してください、と言おうと腕を掴むが、逆にその腕をとられてしまった。
そうして、そのまま――腕を引かれ、抱き込まれる。
「――え」
まぬけな声が喉から転がり落ちた。
ただ、呆然と、する。
「なに、してるんですか」
「うーん。なんだろうね? ちょっと、確かめてみたかったのかもね」
「確かめるって、なにを」
背中に腕をまわされて、シャツがしわになるくらいに、強く、抱きしめられた。
どうしてこんなことをするのだろうか。
意味が分からない。
自分の鼓動がうるさい。
止まってしまえばいいのに。
「うん。同情じゃない」
「はあ?」
「きみに同情しているのかと思ったけど、どうやら違うみたいだねぇ」
意味の分からないことを言っている。
たしかに永劫は「同情してほしいわけじゃない」と言ったが。
同情しているしていないは、抱きしめることによって分かるのだろうか。
抱きしめたことも、抱きしめられたことがないから、分からない。
記憶のあるなかでは、そうだ。
「ねえ、永劫くん。きみのことを、信じてる。だから、今から言うことは、俺のすべてで、俺の罪だ」
「――……。どういうことですか」
「うん。聞いてほしい。前に言ったよね。きみに隠し事は無意味だって」
「……」
頭をとんとんと叩かれながら、(まるで幼子にするかのように、ぎこちなく。)明宜の次の言葉を待つ。
――うるさい。
鼓動が。
――止まってしまえばいいのに。
「俺は、親を殺した」
「え……」
「両親を、殺したんだ」
その声色はひどく辛そうで、悲しそうだった。
親殺し。
あまりにこの人の性格とかけ離れていて、呆然と彼の肩口を見つめる。
顎を上げようとしたが、頭を固定されて動けない。
「それって、どういう、ことですか」
「俺は父も母も憎かった。珊瑚の家の人間も全員、殺したいと思っていた。だから、殺したんだ」
明宜の声が、わずかに、ほんのわずかに震えている。
自らの罪の告白は、恐ろしいのだろう。
それでも、殺したのは理由があるはずだ。憎いだけじゃない。憎いだけじゃ、人は殺せない。
「なにか、理由があるんでしょう。あんたのことだから」
「――はは。理由、ね。理由なんかないよ。憎かったから殺した。それだけ」
「……」
頭をうごかすと、もう押しつけられることはなかった。
――これで、離れると思っているのだろう。この、珊瑚明宜は。
(だけど、おあいにく様だな。)
(あんたは優しくてひどい人間だ。それでも、それだけじゃ、嫌いにはなれない。両親を殺したと、そう言った時のあんたは、辛そうで、悲しそうだった。)
「あんたは、まだ何にも知らない俺を憎むんだろうな。……何も知らない癖にって」
これはただの免罪符だ。
まだ明宜のことも、――珊瑚の家の事もなにも永劫は知らない。
「ん?」
「でも、言わせてもらう」
たとえ人殺しだとしても、たとえ憎しみだけで親を殺したとしても、永劫は明宜を嫌いには決してなれない。
それはきっと、人を殺したときの痛みは明宜だけのものだからだ。
永劫のものにはなれない。
だからこそ、離れることができないのだ。
「あんたは、少なくとも罪に苦しんでる。憎しみだけで殺したとしても、その痛みはあんたのものだ。だから、俺には分からないし、これからもずっと分からないままだろう。でも、あんたの痛みはあんたのものでも、俺が勝手に支えるのは自由だろ。――あんたが迷惑だ嫌だって言っても、俺は勝手にあんたを支える。そう、約束したから」
「――……永劫、くん」
鈴鹿が言っていた。
支えてあげることはできる、と。
殺したことは、決して拭われない。
だけど、その痛みに寄り添うことはできる。
「偽善だって笑うかもしれないけど、俺は本当に、――真剣にそう、思ってる」




