ロウニギウス
今世界は、平和という偽りを享受していた。
世界各地では局所的に紛争や暴動、テロ活動が起こってはいるが、大多数の地区は平和で、流通もあり貨幣も回った。
なにより大国同士の和平条約も締結されている今、住人達は裕福で忙しい毎日を楽しんでいた。
だが、終わりの時は確実に、ゆっくりではあるが進行していることに、気付いている者はいなく、束の間の安息を持て余す日々が続いていた。
そんな時世に、意気揚々と古びたギターを担ぐ若者が、大国ロウニギウスの街道を闊歩していた。
若者はロウニギウスのシンボルである白い塔をその目にみとめ、一人であるが鷹揚に笑ってみせる。
すれ違う人々に若干冷たい視線を浴びせられるが、そんな事は構わないらしい。
若者は、どうやら旅芸人の様だった。
頭に薄汚れた茶色のバンダナを巻き、羽織りマントの下には村人がよく着る皮の服。
腰には何故か海賊が使用する腰帯が巻かれていた。
そして、裸で担がれた古いギター。
貧相な出で立ちだが、若者にはよく似合っていた。
若干の軽蔑の空気も気にせずに、その辺鄙な若者は、ロウニギウスの門を目指していった。
ところ変わり、ロウニギウス軍務卿室
いくつもの本棚が部屋の両脇をしめ、その中央に置かれた黒光りする机の前に軍務卿であるネルソン卿は立っていた。
様々な紋章が施されたローブを着る初老の出で立ちで、ネルソンは苛立ちをふくんだ表情で目の前の男を睨む。
「報告はそれだけか」
ネルソンに睨まれた、鎧を纏った男は低く頭をうなだれた。
「はっ。なお現在も捜索中ではありますが、いかんせん…」
ネルソンは、頑丈な机が壊れんばかりに勢いよく叩くと、興奮のあまり振動する手を固く握りしめた。
「なんとしてでも探し出せ。私が直接行きたいところだが、悪い噂も耳にするのでな」
「…エルルで御座いますか」
「そうだ。あまり娘の為に大事な手駒を動かすことも出来ん」
ネルソンは背後を振り向き、ロウニギウスが一望できる窓際へ寄った。
鎧の男は姿勢を変えない。
「…いいか。いかな手段も問わん。一刻も早く見つけ出せ…もう猶予もない」
鎧の男はその言葉で一度大きく返事し、ネルソンが命じるでもなく退室していった。
「…あの馬鹿娘が。この忙しい時に」
ネルソンは大仰に椅子に座りこむと、大陸の主要な国家が写し出されている地図を見る。
「…なにが条約だ…エルルめ」
ネルソンはそれだけ呟き、あとは無言でエルルと書かれた地区を見るばかりだった。
鎧の男は、ロウニギウス城を背に歩いていた。
「…あの軍務卿も、娘の事なんか放っとけばいいのにな」
日を浴びて光る金髪をかきむしり、愚痴を零す。なかなかの男前である。
「…ま、命令だからな。しょうがないか」
「あ、隊長。ウイング隊長〜」
そのとき城門で待っていたとされる、部下らしき大柄の男が駆け寄って来た。
「どうでした?原隊復帰すか?」
部下の望むこととは反対な結果を背負ったウイングは、苦笑まじりに言った。
「残念。引き続きだとさ」
大柄な男は、見るからに脱力した様子でしゃがみ込む。
「またですかい。…なんで俺らが家出娘の捜索なんて……とびっきりの美女なら話がわかりますがね」
ウイングは、今年15歳になったばかりのネルソンの娘を思い出す。
「…確かにね。君にはちょっと小便臭すぎるかな」
「勘弁して下さいって」
年上の部下に懇願され、ウイングはまたも微苦笑を浮かべる。
「…冗談は無しで、気合いいれて探すよ。ノード、アジトで作戦会議だ」
「あいさ」
そういうと二人の兵士は、活気溢れるロウニギウスの市街へと連れ立って歩いていった。




