第四十一話 行き先
薪を割り、少し遠くにある街に出てはそれを売り、偶に魔獣討伐に繰り出ては報酬をもらっていた。
街では年齢不詳の寡黙な美丈夫と言われていたが、それに反応することなく毎日を過ごす。
眠らなくても良くなった。腹が減ることがなくなった。疲れることがなくなった。
人間、欲がなくなるだけで、こうも枯れ果てるのかと思いながら家の扉を開けると、奥にある部屋に入りここ数百年ほど眠り続けるルゥトのベッドに目をやる。
偶にトワが気まぐれに体を使い、裸足でペタペタと歩いている事はあるが、その度にあの子が目を覚ましたのかと喜ぶのは馬鹿馬鹿しく思え、十年経った辺りから全てトワだと思うようになった。
だが、いつあの子たちが起きてもいいようにと二人分の飯を作る。
毎日二人分を食べるものだから、胃袋は大きくなってしまったが問題ない。だが寂しさと虚しさは埋まることなく穴が開く一方だ。
今日もいつものように飯を作る。トワが起きたのだろう、布団がもぞもぞと動く音が聞こえたので
「今日は食べるか?」
と声だけかけてみる。あの子は飯を食べないので、基本全て自分で消化するばかりであった。
「………………」
いつもならすぐに返事があるはずなのに今日はなく、何かあったのかと鍋の火を消して部屋を覗いてみる。
ベッドに座り、陽の光を浴びながらぼうっと窓の外を眺める。小さく掠れた声で
「ルゥト?」
と問いかけてみると、驚いたかのように少し身をビクリとさせたかと思うとゆっくりゆっくりこちらを振り返る。
「……お兄さん…?」
後にも先にも、これほど心と身体があべこべ……気持ちが先走りすぎた日は無いだろう。焦るがあまりに一度盛大に転んでしまったが、直ぐに立ち上がり、ルゥトを抱き締める。
「よかった…起きたんだな…」
「うん…うん……!」
ボロボロと涙をこぼしながら二人は必死に互いの存在を確認するかのように、抱き締めあった。
それから二人はこれまであった事を話し合った。ルゥトはあの世にいた時の話と、これからの…妹のこと。男はここに来てからの生活と状態を。
結果としてルゥトは不老となり、男は不老不死となっていた。
ルゥトの不老は眠り続ける中でも成長しないことからわかったが、男が不老不死とわかったのはほんの些細なことであった。
本当の本当にしょうもないことなのだが、頭を強く打ってしまったのだ。しかも雨でぬかるんだ土を踏んだだけという、本当に間抜けなものだ。
そこから実験的に少し血を流してみたり、飯を抜いたり、睡眠を取らずにいたのだが、血は即座に止まり腹は減らず、睡眠も不要となっていた。
もし、即死に値するものならば? と少し思ったが、あの頭の打ち方は確実に即死級だと、腑に落ちるような感覚がどこからか湧いてくる。落ちる筈なのに湧くとは奇妙なものだ。
そういった話をすること約十年。
感覚がなくなってしまっていたルゥトは、自分一人ではまだ立てないが、鼻は四季を感じ、耳は風を聞き、目は映るものをはっきり捉えられるようになった。
まるで逃げるかのようにトワが無理やり引っ張りこみ、今までいた場所と少し違う世界に来ていたので、元いた世界に来るのは随分と久しぶりであった。
男は何度かこの世界に戻ってきたことがあったので、大きく驚くことはないがやはりなんど見ても感嘆してしまう。
そして今抱かれているルゥトは目を見開き、男の服をぎゅっと握りしめる。
「これは……」
空には大小様々な島が浮いていた。そしてその下にはもともと地面があったのだろう、クレーターのようになっていたり冥府に直接繋がっていたりと様々なものであった。
少し離れたところからも見える王都もやはり、宙に浮いており、船や馬車などが浮いているのも見える。
「……私が、やったのね」
小さく小さく、ポツリと呟く。ルゥトは何となくでそれだけではないだろうと思い、男はそれに気が付きつつも何も言わない。
「ねぇお兄さん」
何かを決意したかのような声に「どうした」と答える。
「私、この惨状を戻したい」
「……けど、この世界にはお前を傷つけたやつがまだ居るはずだ」
「だとしても、この世界の皆が危害を加えたわけじゃない。関係ない人も、たくさんいる。そしてなにより…」
じっと、王都の方を見つめながら昔、店で話してくれた女性を、騎士を思い出す。そして楽しかった毎日を。例え、これから先に生きる中で、瞬きのような時間であったとしても、かけがえの無いほど大切な時間だ。
「私にはこれをもとに戻す義務と、責任があるはず。そして、この世界のどこかに縛られている妹を、その魂を拾い上げる必要がある」
男の服を更にぎゅっと握りしめる。だが男は何も言わずただ黙ってルゥトの言葉を聞く。
「何年かかるかわからない。もしかしたら百年以上かかるかもしれない。それでも私は…自分は……罪を償わなくてはならない」
この世界に降りたときから感じていた違和感。そして男も王都や近隣の村に行ったことから知っていた事実。
「……ルゥトの名前は自分の奥底深くにある大切な箱に仕舞わせてもらう。ただ代わりに、別の名前を借りる。」
風が吹き抜ける。ほんの少し冷たい風。それらは葉を散らし、どこか遠くへと舞い上がっていく。
「きっと気の遠くなるほどの時間を使う。だからこそ名前をこの借りようと思う」
「……お前がそうしたいならそうすればいいさ」
男はそう言いながら困ったような笑みを浮かべたあと、真面目な顔に切り替える。
「気の遠くなるような永い永い時間を罪を償う為に、すべてを」
その目線の先にあるのは宙に浮かぶ王都。その下にある冥府。男の視線の先にあるのはルゥトを捨てた顔。
「なら俺もまた適当に生きる人生を捨てて、お前の罪を一緒に背負おう。
……耳を。」
男は短い耳打ちをすると、一度キョトンと驚いたかのような間の抜けたような顔をするとへラリと笑いながら
「あなたはずっと私を守ってくれてたのね」
男はその顔に少し微笑み、頬を撫でる。
きっとこの穏やかな顔を見るのも、可愛らしい少女としての顔を見るのも、これで最後なのだと謎に確信めいたものを持ち、今を目に焼き付ける。
「だからこれからもずっと、俺はお前を守り続けるよ」
男がそう言うと、再度王都に顔を向ける。
表情は髪で隠れて見えないがもう少女の顔は捨て去ったはずだ。そして男もまた、彼女の保護者を捨て……てはいないが、師としての側面を持ち始める。
これはこの子だけでなく、自分の決断が招いた結果でもあるのだと、罪をともに背負いながら世界を歩き始めた。
二人だけの話は一旦ここまでです。
この約一ヶ月間ありがとうございました。




