12話
宰相様から思いもよらない提案を受けてから、数日後——。
今日から秘書官として働くため、補佐官室を訪れていた。
「キルシェ・グラントと申します! よろしくお願いいたします!」
「女性が来てくれて嬉しい! これからよろしくね」
「へえ! 君が“あの”グラント嬢か!」
「……ハルクス補佐官。初対面のご令嬢に対して失礼だぞ」
勢いよく頭を下げると、レシア補佐官、ディオス補佐官、ハルクス補佐官が迎えてくれた。
緊張していたものの、その温かな空気に胸をなでおろす。
(書記官の皆さんも、補佐官の皆さんも、いい人ばかりで良かった)
忙しい中、急な形で書記官の職を離れることになったが、書記官室の皆は笑顔で送り出してくれた。
ベリータ書記官から「宰相様には気を付けるのよ」と忠告を添えられたときには、苦笑いを浮かべることしかできなかったが——。
「グラント秘書官、貴女はこちらの席を使ってください」
レイトン補佐官の声に、はっと我に返り慌てて顔を上げる。
指し示された机には、手紙や書類が山のように積まれていた。
「これは……」
「宰相閣下宛の手紙や報告書です。とりあえず今日は、この仕分けからお願いします」
「はい」
頷くと、レイトン補佐官は一通の手紙を手に取り、小さくため息を漏らした。
「ご令嬢からの手紙は、すべて破棄してください」
「え?」
「封を切る必要もありません」
そう言うと、そばにあるゴミ箱へと手紙を放り投げる。
かさりと音を立てて落ちるそれに、なんだか申し訳ない気持ちになってしまう。
私の表情に出ていたのか、レイトン補佐官は肩を竦めた。
「本来、個人的な手紙は公爵家に送るものです。非常識な相手に、心を痛める必要はありません」
「……はい」
ご令嬢たちの言葉が、宰相様本人に届くことなく捨てられてしまうのは可哀想だと思う。
けれど、レイトン補佐官の言っていることはもっともだ。
私的な手紙を職場——しかも王宮内でも最も多忙であろう宰相様のもとへ送るのは、相手への配慮に欠けている。
私は、青い花が添えられた可愛らしい封筒を手に取ると、そっとゴミ箱へと落とした。
けれど、妙な罪悪感が胸に広がり、思わず手を合わせてしまう。
「……貴女は変わった方ですね」
「ははは……」
一連の仕草を見ていたレイトン補佐官の、呆れたような呟きに苦笑いがこぼれる。
手紙の山を処理し終わる頃には、慣れるかもしれないが——
(宛名に書かれた詩が素敵でした)
私は胸の内だけで、捨てられていく手紙たちの良いところをそっと呟きながら、ひとつひとつゴミ箱——手紙の墓場へと落としていったのだった。




