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金玉の土用干し。  作者: 萬田ぷぷっぴどぅ


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セイシの真理・8


 身体はだるいし食欲もない。常に胃はむかむかして吐き気がする。それなのに毎朝元気に勃起して、何もないのに気づけば昼間も勃起していたりする。相反する身体の症状に、勝臣はずっとイライラしていた。


 腹の中で妊娠しているわけでもないのにいっぱしに悪阻があって、なのに睾丸では胎児を育てるためにいつも以上に精子が作られているらしい。だから頻発する勃起は男性妊夫には普通のことだと楢崎に言われても、日ごろ淡泊な性衝動しかない勝臣には忌々しいことでしかなかった。


 つくづく男が妊娠する意味がわからないと勝臣は思った。こんなにしょっちゅう勃起する人間がいたら、それはもう変質者として街中ではすぐに捕まってしまう。国が男性の妊娠を禁止する理由がよくわかる。こんな人間世に放てない。変態と妊婦の区別がつかなくなってしまう。


 また少し大きくなった睾丸はりんごほどある。片方だけが奇妙に大きくなっては身体のバランスはどうなることかと心配だったが、今のところ普通に歩けている。女性の妊婦の腹帯にあたる玉帯も今はまだ着けなくていいらしい。だがいずれ、それこそ6ヶ月にもなるころには歩行も困難になり、何より胎児のために車椅子生活が始まるという。


 妊娠という名の体調不良。入院という名の監禁。望まない子供のために時間も自由も犠牲にして、勝臣のストレスは溜まる一方だった。だが父のためになんとしてでも耐えなければいけない。


 勝臣が入院してまだひと月も経っていなかった。こもりきりの病室から少しだけ気分転換のつもりで出た中庭で地面が傾いだ。


「大丈夫ですか!?多田さん!?多田さん!?」


 一番会いたくなかった誠志郎に会い、またストレスが溜まった。



 目を覚ますと自分の病室だった。廊下から声が聞こえる。ああ、鍵崎さんに見つかったんだっけと勝臣は思った。悪阻にいいとか匠海の母が送ってくれてとか聞こえてきた。勝臣は立ち上がり扉を開けに行った。


「……俺、子供捨てるんです」


 突然開いた扉に驚いてこっちを見ている誠志郎と楢崎に、勝臣は淡々と言った。


 誠志郎は一瞬呆けると、薄く微笑んだ。


「知ってる。お父さんを助けるためだよね」


 勝臣は驚き、楢崎はわずかに眉をひそめて誠志郎を見た。


「それはそれとして悪阻は辛いからさ。義理の母がたくさん送ってくれたんだけど、僕はもう悪阻過ぎちゃったから、良かったら食べて。まあ、悪阻のときに欲しくなるものなんて人それぞれらしいんだけど。ちなみに僕は梅干しとラムネ、食べる方のラムネね、あれで凌いだよ」


 タッパに入った梅干しを誠志郎に無理矢理持たされ、勝臣は何も言えずに立ち尽くした。だが、「じゃあ」と誠志郎が車椅子を回転させるとその背に叫んだ。


「俺、悪いと思ってませんから!子供捨てること!」


 誠志郎は立ち止まり、車椅子ごと少し勝美の方に向くと、ニコリと笑った。


「うん。しょうがないよね」


 誠志郎は車椅子を回転させ、また黙って進める。自室の方向に角を曲がり、姿が見えなくなる。何も言えず見送った勝臣に、楢崎は普段と変わらぬ声で言った。


「梅干しは塩分が高いですから、食べ過ぎないようにしてください」


 まだ食べる気はしなかったが、運ばれて来た夕飯と一緒に勝臣はテーブルに梅干しを並べた。


 


「無理だね~」


『おや。匠海君でも?』


「お父さんとてよ」


 ビデオ通話で繋がった父子はお互い手元の資料を見ている。ただし匠海はタブレットで、父は紙で。さらに父は老眼鏡を掛けて。


「あいつらさ~、ガチガチのプロだよ?つけ入る隙なんて無いじゃん」


『じゃあ、こっちもプロを使いましょうか』


「待って待って待って」


 匠海は慌ててタブレットから顔を上げる。


「プロってなに、プロって」


 父は変わらず資料から目を離さない。


『世の中にはいろんなプロがいますよ~。ボーリングのプロ、戦闘のプロ、殺しのプロ』


「……お父さん、うち、堅気の会社だよね?」


 いささか目の座っている匠海に父は険しい顔を向ける。


『当り前じゃないですか。法人税も法人事業税も毎年どんだけ払ってると思ってるんです』


「……事業内容であいつらと競ってるわけじゃあないよね?」


『失礼な!仕送り止めますよ!』


「ごめんなさい」


 ぷんすかと怒る父に匠海は速攻謝った。


『まあ、うちの者だけでもなんとかなるとは思いますが……。何人か腕の立つ人を雇いますから、匠海君。勉強だと思って一緒に行ってくださいね』


「落とすね~、谷」


 肩をすくめる匠海に父はにやりと笑った。


『可愛い我が子ですから』


 せめて旅に出すぐらいにしといてよ、と匠海は言った。




 クリスマスだというのに雪は降らなかった。恋人もいない、ましてや研究所でぽつんと入院生活を送る勝臣にはさしてクリスマスも関係ないものではあったが、ひと月も街の喧騒と離れていると少し寂しくもある。


 今研究所に入院しているのは勝臣と誠志郎のふたりだけである。働く職員はそれなりに人数はいるようだが、秘密保持のためか大病院ほどのにぎやかさはない。それでも辺鄙な場所で働く職員たちもクリスマスの華やかさを求めて、それなりに研究所内にも飾り付けがしてあった。


 食事にケーキが付いていた。


「悪阻、収まってて良かったですね」


 運んでくれた看護師に言われ、だいぶ数の減った梅干しのタッパを勝臣は見た。


「そうですね」




「メリークリスマース!」


 帽子も髭もズボンもブーツもサンタなのに、上半身裸で部屋に入って来た匠海に誠志郎は白い目を向けた。


「そういうのいらないから」


「え~、見て見て見て誠志郎さん、見て。だいぶいい感じに仕上がってない?」


 スポーツ万能なくせに匠海は細身である。力はあるが、筋肉の付きにくい身体をしているのだ。だが確かにしばらく見ないうちにしなやかな筋肉が胸にも腕にも盛り上がっていた。


「うんうん、いーけど、いい具合に仕上がってるけど、なに、どうしたの、鍛えてるの?」


「そーなんだよー。去年はさ、ほら、誠志郎さんがこうやって喜ばしてくれたから、今年は僕がって思って頑張って鍛えた」


 そもそも鍛えた身体をしている誠志郎は、去年のクリスマス、戯れに裸に蝶ネクタイ・ギャルソンエプロンで匠海を歓喜させたのだ。


「もう忘れなさい、あんなこと……」


 いささか羽目を外しすぎたと反省している誠志郎はこの話題を出されるといたく後悔する。


「えー、だってすっごいカッコ良かったんだもん、ほら~」


 匠海は写真ホルダをスクロールして誠志郎に見せつける。


「バカ!もう消しなさい!そんなの!」


 スマホを取り上げようとする誠志郎を躱してポケットに入れた匠海は、ベッドの上で半身を起こしている誠志郎の背中と膝裏に手を入れる。


「あのときみたいに抱っこする?」


「やめなさい!重いよ!子供もいるんだから危ない!」


「大丈夫大丈夫。僕、だいぶ力持ちになったから」


「ダーメだって!危ないって!ほら!」


「だ、誠志郎さん、じっとして。動いたら余計危ない!」


「いや!無理無理無理!ほら!危ない!」


「大丈夫だから!ほら!ちょっと!」


「ダメ!ダメだから!」


「だーいじょうぶ!ほらほら!」


「メリー……!?」


「!?」


 くんずほぐれつベッドの上で取っ組み合っていると、突然背後でクラッカーの弾ける音がした。


 振り返ると能天気な三角帽子をかぶった楢崎や松室、看護師たちが勢いよく開いた扉の向こう側で弾けたクラッカーを手に持っている。


 お互い無言で見合っている間を、スルスルと扉が閉まっていく。


 だが閉まりきる直前がしりと扉を止めた楢崎が顔を差し込んで至極冷静に言った。


「精子は胎児の栄養となりますので、くれぐれも性交はなさらないようにお願いします」


 扉は閉められた。


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