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おだまり!  作者: 倉名依都
10/33

9.月例お茶会

皇太子宮は、呼び名を水晶宮という。皇帝家に生まれた皇子は成年(16歳)を迎えると宮に移るが、皇太子の指名を受けた皇子は伝統的に水晶宮に住む。

成年時にすでに妃を迎えていれば宮の管理は妃が行うが、現在の皇太子は独身のまま宮に移った。そのため、皇太子の身の回りの世話は側近が、掃除、洗濯など雑務は幼少時からの皇子の身の回りの世話をしてきた本宮のメイドたちが、接客のような外向きのことも本宮から派遣されている執事が行い、全体の責任は皇太子自身にある。


公女が婚約者に定められてから、公女と皇太子は月に一度水晶宮でお茶会を持つことと定められている。月例お茶会は、月の10の日、午後3時から。

その意味は、一にふたりが将来ともに住む場所で会うことで未来に期待するようになること、二に水晶宮の皇太子側近が妃となる人の人柄を知り、婚姻後の奉公人・使用人の選定の役に立つこと、三に公女自身が水晶宮の習わしや住人に慣れることであった。



月の10日は、半年前から公女の憂鬱となった。10日も前からお茶会を思うと気分が沈んだ。

婚約後、1年は普通だった。お茶会の行われる部屋では皇太子が待っており、互いに挨拶する。その後、たとえば最初のお茶会では始まる前に皇子が自ら水晶宮の主だった部屋を案内してくれた。


小パーティを開くときのホール、ディナー・パーティのための長いテーブルが置かれた部屋、

皇太子が普段側近とともに執務している、中庭に面した明るい部屋、

代々の皇太子が集めた本が並ぶ書庫。階段を上がった廊下添いに並ぶ客間。

まだ準備は始まっていませんけど、と言いながらも案内してくれた、皇太子妃のためのスイーツ(続き部屋)、

皇太子妃が貴族夫人や令嬢を迎えてお茶会を開くための小ホールは西庭に面しており、フランス窓から数段の階段を降りて直接庭におりることができる。


ある日は、中庭に案内され、”今日は気持ちのいい日ですから、こちらで“と、中庭でお茶を頂いた。


水晶宮には代々の皇太子妃が刻んできた喜びと哀しみの歴史が刻まれている。公女はその場所に次の歴史を刻む人として案内されたのだ。


最初の婚約記念日には、髪の色に合わせて濃い紺色から銀色へと滲むように染められたドレス用の布と、銀にサファイアがあしらわれた装飾品一式が贈られた。“次の年迎えの宴には、これを身に着けてくださいますか”という趣旨の文が添えられていた。


お返しの贈り物には、皇太子の柔らかな金茶の髪色に合わせて、濃い茶色の温かな布に公爵夫人はじめ侍女一同が手を掛けて金糸で刺繍を入れたひと巻きを用意した。皇宮縫子部屋でコートに仕立てた時に、背中の上部、左胸、襟、袖口に刺繍が入っているように注意深く計算されている。

少女ジュラルディンは最初の一針を緊張に震える手で刺し、後は邪魔にならないように針に糸を通したり、たまに小さな模様を刺すことを許されたり。

作業してきた全員を集めた場で、最後の一針を持たされ慎重に差した時には、侍女やメイド、縫子たちの品のいいため息と、右手指で左手の甲を打つという静かな拍手を満場で受けた。

それなりに楽しい1年目だったのだ。


2年目、侍女セミノの“指導”が厳しくなった。

その頃から、水晶宮の様子が変わってきた。約束の時間に訪ねたにもかかわらず、侍従が現れて“殿下は執務に時間がかかっておりまして”と言われ、いつもお茶会を開く部屋で侍女セミノ、メイド・カレンとともに半時間ほど待たされた。

皇太子が部屋で婚約者待ち受けることは無くなり、部屋に顔を出す時間もどんどん遅れ、先月は遂に“ただいま帝宮においでにございます”と言われ、会えないままに帰って来た。



10日を迎え、レンは異常に張り切っていた。

「行くぜジュリ、黙って待ってたりしないぜ、いいな。どうせ奴は出てこねぇ。オレと一緒に皇太子を探して、水晶宮を全部歩くぜ、覚悟しろよ。ハイヒール絶禁な」

「一姫さま、それはなりません、案内も無く水晶宮を歩き回るなど」

「気にすんな、言い訳は用意してあんぞ。

“1年後に婚姻を控えております。わたくしの部屋の準備がどこまで進みましたか拝見させていただきますわ、すでに家具などは我が方から運び入れられておりますよね”

とーかなんとか言いながら見て回るんだ。どうせやってねーからな。

“まあ、準備は遅れておりますのね、公爵家の手落ちでございます。父に苦情を申し入れますわ” ってなもんだ」


「そうだ、チャンスだぜジュリ、おまえオレが制止されたら侍従に言ってやれ。“おだまり! 身分をわきまえてお下がりなさい”とな。スッキリするぜ、な? いままで痛めつけられてきた分全部返してやれ、世界が許さなくてもオレが許す。オレを信じて前に出ろ。

ふっふっふ、真っ青になりやがれ。よし、今から“蔑みの視線”の練習だ」



午後1時、サスキント家から月例お茶会のための馬車が門を通過するという先触れのフットマンが出る。

午後2時、馬車列が公爵家を出る。先導はサスキント騎士団副団長、馬車に乗るのがサスキント公爵家の者であることを示す三角旗を左手に掲げ、たてがみを編み込んだ美しい栗毛馬に乗っている。その後ろは4頭立ての女馬車で、柔らかな印象を抱かせる艶のある茶色の馬車の横にサスキント公爵夫人の女紋が入っている。乗っているのは、ジュラルディン、コンパニオンのジュリエッタ、メイドのケイの3人だ。

後ろには、警護の騎士2名が乗馬して並列で続く。

騎士3名、御者、馬車の後ろステップに立ち乗りしている従僕、計5名が警護の役を果たす。


馬車は、午後2時30分ごろ皇族及び準皇族が常の出入りに使う暁門を通過した。門番と脇に控える先行したフットマンが先導騎士の掲げる公爵家の三角旗を確認、一礼して通過を見守る。門番は目で通過人数を数え、馬車の窓を失礼がないようにちらりと見て、サスキント公爵令嬢の横顔を確認する。

そして、門番小屋の中に控える下級文官に、通過時刻・護衛人数・三角旗の家紋、女馬車の女紋を記録すべく口述し、サスキント家令嬢および侍女と思われる女性ふたりの乗車を確認、と付け加えた。


女馬車は水晶宮に続く小径をゆっくりと進み、水晶宮門前に到着した。

ジュラルディン(レン)は、水晶門からまっすぐ続く道の先にある水晶宮を見て、ちっ、と舌を鳴らした。

ジュリとケイが驚いて一姫を見る。

「嵌められたぜ、よし、みてろ」


「あの野郎、卑怯者がバックレやがって、ただでは済まさん!」

本物の公女は、事態に驚き、レンの怒気に怯えて心拍数が上がり気を失いそうになっている。

レンは公女を抱きかかえ、耳元で囁いた。

「ジュリ、大丈夫だ。絶対に許さねぇ。身代わりが間に合ってよかったぜ」


レンはケイに命じて専用の棒で馬車の天井を軽く突かせて馬車を停めさせた。すぐに従僕が馬車の扉外から声を掛ける。

「姫君、ご用を承ります」

「先導のマルキア卿を呼びなさい」

「は」


「マルキア、御前に」

「卿、気が付きましたか、皇太子旗が上がっておりません」

「は、確認いたします」

マルキア卿は、いつもなら水晶宮正面に掲げられている皇太子旗が確かにそこにないことを確認して、驚きとともに姫に話しかけた。

「おっしゃる通りにございます」

「皇太子旗がないということは、現在皇太子殿下は帝宮においででないということ。

説明の為に侍従が来ているかどうか、水晶門を確認しなさい」

「は」


「確認してまいりました。水晶門門番は、何も聞いておらぬ、宮からは誰も来ておらぬ、とのことです」

「マルキア卿。直ちに帰ります。この場から帰りますので、水晶宮門番にサスキント家の馬車が来た時間、馬車に乗っていた者はサスキント公爵家長女であること、門を通過することがなかったことを書き残すように申し伝えなさい。

卿の名を告げ、門番の名を聞きなさい」

「承知いたしました」


マルキア卿が報告に来るまでには若干の時間がかかった。卿は、門番が訪問者を記載する報告書に書き込むところを確認してきたのだ。

若干渋る門番ではあったが、卿は「本日は月の10日、定例お茶会の日であることは、水晶宮の者なら知っておろう。私はただ、サスキント家の姫君が月例通りに水晶宮を訪問したことを記載してもらいたいだけだ。何か問題でもあるか」と強硬に申し入れ、目の前で記載するまでその場を離れなかった。


門番はもちろん不思議に思っていた。水晶宮の主は、3日ほど前から留守だ。定例お茶会はもちろん中止だろうし、留守の宮に訪ねる者などあるはずもないから、座っているだけの楽なお勤めだと思っていたのに。

彼は単なる門番で水晶宮の内々のことは知らない。だが、仮に皇太子が連絡もなく婚約者との顔合わせをすっぽかしたとなれば大問題になることは想像がつく。だから、マルキア卿が主張するままに事実を書き残すことにした。揉め事に巻き込まれて、どこかで証言させられるなどまっぴらだ。


暁門でも、驚きが走った。

皇太子が留守であることは、門番は知っていた。皇太子が側近を連れて視察に出たこと、まだ帰っていないことは申し送りを見れば一目瞭然だ。在宮していない皇族は門番小屋で把握している。

サスキント家の姫が水晶宮を訪れることについては若干の疑問を抱きはしたが、なんといっても1年後には水晶宮の女主人となられる高貴な姫君である。たとえ主が留守であろうとも、準備の為に宮を訪れることに何の問題もない。

ところが、サスキント家の女馬車は、通過して間もなく戻ってきた。

馬車は閉まっている暁門で一時停車した。

「暁門門番に申す」

門番は門番小屋から飛び出して直立した。

「は、承ります」

「サスキント家一の姫は、約定に従い水晶宮を訪問したが、宮には皇太子旗が掲げられていなかった。よって、水晶門門番に問うたが、水晶宮からの迎えあるいは説明をする者は控えていなかった」

「はい」

門番は多少の疑問を抱いた。サスキント家は知らなかった?


「主のおいででない宮に入ることはできないとの姫君の仰せである。

水晶門を通過することなく、公爵家にお戻りあそばす」

「は、承りました」


暁門は衛兵によって開門され、少し沈んだ音を立てて女馬車が通過した。


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