何が言いたいって、つまりクソってことだ
「じゃ、そういうことで。あでゅー」
彼女が用件を告げた途端、ちょうど我が家についてしまった。言うことは全て言ったとばかりのペドガスキーにタクシーを追い出され--正確にはペドガスキーの指示を受けたバトラーに追い出され--彼女はそのまま去っていった。
遠ざかるエンジン音。残される沈黙。呆然。
魔力式の街灯がぼんやりと照らす夜の住宅街。建築技術の発展により、うんちゃら風だのなんだの、統一感のない家々が並ぶ。
その中でも一際ぼろっちい木製アパートの前に立ち尽くすカルロを含めた私たち三人の間を、どこかの家の夕飯の香りが通り過ぎた。
「はぁぁぁぁ……」
「セシリア様、セシリア様、ため息をつかれると幸せが逃げると言います」
「あぁ?」
私の両脇を手で支えて抱えたままのバトラーを、首をグルンと後ろに倒して見上げる。機械らしい無表情がそこにあった。
なるほど、それもそうかもしれない。ため息も我慢して、与えられた幸せを大事に抱えていれば。幸せかも……
うん?
与えられた?幸せ?
ちょっと待て、そもそもの話として。
「逃げる幸せなんてどこにもねぇじゃねぇかぁぁぁぁ!」
「セシリア様、セシリア様違います。やって来る幸せが逃げるのです」
「じゃあおめぇ今日何が来たか言ってみろ!」
「怪人とペドガスキー様ですね」
「ほれみろ幸せなんてねぇ!」
足をブンブンと振り、ようやっとスリープから起動した義手もブンブンと振り。道行くおばさんがあらあらと口元に手を当てて去っていく。ファックサインをくれてやった。
「てつゆびひめさま、それ、どういういみなんですか?」
「知らないのか?魔法少女界で『ご機嫌麗しゅう』って意味だ」
「へー、そうなんですか!」
そして、私に倣ってファックサインを送るカルロ・ジーンアス7歳。おばさんはあからさまに眉根を潜めて去っていく。
「あはっ、あははっ、あっはっは!」
「えっ?なんですか?もしかしてぼく、なにかまちがえました?」
いやー、愉快愉快!
私は今日も、あまりに純真すぎるカルロ君を現代社会に似合う灰色に近づけてやった。社会教育において、私ほどの経験主義教育が出来るものもいまい。何より、オロオロするカルロがバトラーに助けを求め、真実を知ったカルロの顔面蒼白っぷりが愉快だ。
あっはっは。
あっはっはっは。
あっはっはっはっは……
「はぁ……」
「中に入られますか?」
「あぁ、帰ろう……。バトラー」
「あっ、まってくださいてつゆびひめさまっ」
ただただ虚しかった。
◇◆◇
アパート『海沈荘』の二〇二号室、そこが私の住まいだ。他にも人が住んでるらしいが、近所づき合いとかめんどくさいので全く会わないようにしている。だって、名前通り海の底に沈んでそうなくらいボロいこのアパートに、ろくなやつが住んでるはずがない。
「てつゆびひめさま、いつみても、これはさすがにひどいです」
「私の家なんだ、いいだろ」
雑誌、漫画、ゲーム機、下着。人が二人寝れるほどの部屋には、物が溢れかえっている。人は片付けろと言うが、私にとってはこれで整理されてる状態だ。ちゃんと足の踏み場があるし、真ん中に敷いてある布団に寝っ転がると、全てに手が届く。
私は早速、バトラーに命じて休日だってのに着用を義務付けられていた鉄指姫コスチュームを脱ぎ、そこらに投げる。
「あっ、しわになっちゃいますよ」
慌てて拾いに行ったカルロが足元の何かしらにつまづいてコケた。無様に倒れ、そして、鉄製のヘルメットが取れる。
ヘルメットが、取れる。
「あーあ、めんどくせ」
「セシリア様、セシリア様、如何致しますか?」
「いつも通りはめ直してやれ」
「承知しました」
あれこそはペドガスキー謹製のれっきとした魔動具であり、カルロがペドガスキーに恩義を感じてしまう原因。その名も『アタマガヨクナールα』。どんな頭にもピタリとくっつき、そして知能指数を向上させる。
つまり、あれがないとカルロは--
「あっぱらぱー」
ぶっ壊れてしまうのだ。
かばりと起き上がったカルロは、明らかにヤバイ目であたりのものを掴んでは振り回す。やめろ、私の部屋を汚すんじゃない。
果てには私のコスチュームを自ら着込み出し、意味不明な言葉を吐き出しながらマサイ族じみたダンスをする。マサイダンスとか知らんけど。
ちなみに、アタマガヨクナールの着用条件があるので、頭髪はない。
「あぶばー」
そんなハゲ魔法少年が、私の芸術的整頓術の作り出した腐海の中、ヘルメットを拾い出そうとするバトラーに抱き着く。
「邪魔です」
「ゔぉぅのぉ!」
弾き飛ばされた。
「うごほぉぉお!」
何が楽しいのか再トライするツルピカマジカルショタ。
「死になさい」
「ぶべらぁぁぁ!」
迎撃を喰らい、両の頰を腫らす。それでもゾンビみたいに起き上がるカルロに人間の狂気を見る。こわっ。
そして、こんなに重度の知的障害を解消しているペドガスキーの技術にも嫌々ながら感心してしまう。ヘルメットを付けた状態でも、きっと文字化したら平仮名だらけで読みにくいであろう舌ったらずっぷりだが、コレを見てしまうと十分すごい。
ついにヘルメットを手にしたバトラーが、突進してくるカルロにカウンター。謎の元気を消失させて立ち止まり、やっとの事で焦点を結ぶ瞳。
彼はしばし立ち尽くした後、叫んだ。
「いたいぃいいぃい!」
「セシリア様、セシリア様のご命令を達成しました」
「いやお前、流石にそりゃひどいと思う」
私の指示はいたいけなカルロを泣かせることだったろうか。
頰を抑えてギャン泣きするカルロ。世界でも終わるみたいだった。私の玩具の扱い方として最悪のものだ。
非常にうるさい。
私は責任を大事にするから、バトラーに命じてカルロをなだめさせる。簡単なことで、飴玉の一つでも口に入れてやれば自然に泣き止む。簡単だけど、やっぱ責任は大事だからバトラーにやらせる。正直いうとめんどくさい。
バトラーが飴を口に押し込んで三十秒と少し、ぐしゅっと鼻をすするに合わせ、カルロが泣き止む。
「しゅいましぇん」
「いいから、さっさと私の服を脱げ」
「えっ……あっ!」
頰を赤らめながら、カルロはいそいそと服を脱ぐ。何を恥ずかしがるか。小学生なんてみんな性別ガキだろう。
彼は、脱ぎ終えたコスチュームを丁寧にはたいて埃を落とし、ちゃんとハンガーに通した後、バトラーにカーテンレールにかけてもらっている。
「そこまでしなくていいだろ、そんなの」
「だめです!てつゆびひめさまの、しんぼるなんですよ!」
「はっ、鉄指姫なんて大層なもんでもないだろうが」
拾い上げただるだるのTシャツ、無地でほのかに自分の汗の匂いの染み付いた部屋着。それを着込んで、敷きっぱなしの布団の上にどっかり座り込む。わざとデカめの服にしたから、ワンピースみたいに一着で済んで楽だ。
それに、伸びきった襟ぐりから覗く鎖骨や肩を見て、目のやり場に困るカルロが見ていて面白い。
「カモフラージュとは言ったって、現場に居合わせたやつには役人さんが口封じの誓約書を書かせて回ってんだろ?」
「それは、そうですけど」
「つまりは、イメージアップじゃないか。私みたいないたいけで、純真で、可憐な小学生にさせているのは、そんな血みどろのものではありませんよっていう」
「でも、でも……」
ぼそぼそと口ごもるカルロを鼻で笑って、私は布団にどさりと倒れこむ。
義手についた魔術的隠蔽で普通の女児に見えるとはいえ、不本意ながら。休日でもコスチュームを着てなければいけないくらい、怪人どもは溢れている。
けれど、軍隊は彼らを撃てない。
怪人も、人なのだ。綺麗事を並べた法律は、障害者である怪人を撃つことを軍隊に禁止する。軍隊は無能だが、根拠ある無能だった。
魔力量過多と、放出異常。この二つを兼ね備えてしまった人間は、過剰な魔力によって変態し、怪人と呼ばれるようになる。その姿形は、法律など関係なしに人々の差別の対象となり。社会から爪弾きにされた怪人どもが集まって、現在の社会vs怪人どもの構図が作られてきた。
「バトラー、食いもんよこせー」
「セシリア様、セシリア様が指示なさいませんでしたから、食料が買い足されておりません」
「あー、ペドガスキーのせいで忘れてた。じゃあ菓子でいいからよこせ」
「かしこまりました」
えっちらおっちら、物の海を慣れた爪先立ちで歩いてきたバトラーが両手で差し出したのは、デフォルメされた私(の役者)がプリントされた子供向けの食玩だ。箱を破り、出てきたちゃっちいフィギュアを投げ捨てながら、詐欺レベルに小さいガムを口に放り込む。
製造会社から箱ごと送りつけられたやつだが、こんなのが作られるほど私の人気が、怪人である私の人気があるのは奇跡だ。
私の変態が脳から始まったことと、他の部位の変態が始まる前に、ペドガスキーに目を付けられたことと。二つの偶然が重なった、奇跡。
そんな奇跡の少女が、救われた恩に報いるため、この世の悪を狩っていく。どうやらそれは、都合の良い美談らしい。
「てつゆびひめさま、おこってます?」
「怒ってねぇよ。むしろそうしてオドオドしてる方がムカつく」
「すいません……」
クチャクチャとガムを噛んでいると、カルロが恐る恐るの上目遣いで聞いてきた。別にどうでもいいが、すぐそばで落ち込まれていて気分が良いものでもない。
寝返りをうって、腹をぼりぼりかきながら、テレビをつける。賑やかなバラエティが始まった。始まったけれど、それでもやはり背後から湿っぽいオーラがにじり寄ってくる。
あー、もう、仕方ない。
「おい、仕事しろ」
「……はい?」
「ペドガスキーが言い残した、なんだっけ」
「怪人の拠点を壊滅させろ、というご指示のことですね」
「そうそう、そのご指示。お前は詳細を聞いてんだろ、マネージャーとして」
わずかの空白があったが、かすかに画面に反射するカルロはふんすと胸を張った。おままごとみたいなスーツの内ポケットから鉄指姫のプリントされたスケジュール帳を取り出して、パラパラとやる。
「えっと……まだきょてんのばしょはわからないので、かんぶをしらみつぶしにつぶして、うごきをひきだせ、だそうです」
「雑な仕事だなオイ」
諜報くらいまともにやって欲しかった。
「でもでも、そのかんぶのすんでるあぱーとはわかってて」
「あー、だろうね。もう私も大体わかったよ」
「えっ、そうなんですか?『かいじんそう』っていうらしいんですけど」
「ほらやっぱりー」
そんなこったろうと思った。そも、怪人なんて受け入れるアパートの方が珍しいのだ。なんならバトラーだってそのアパートを知ってるし、知らないのは漢字の読めないカルロくらいのもの。
私の唸り声に近い言にビビるカルロに、懇切丁寧に教えてやる。
「いいか、カルロ。その『かいじんそう』はな、ざぶーんってする『海』に、沈むの『沈』って書いてな」
「ほえ?」
「あー、わかんないか。バトラー、書いてやれ」
「承知しました」
バトラーがそこらに落ちてるチラシの裏に、書いて見せてやってる気配がする。『海沈荘』って書いてやってるはず。
「こ、これって……」
「そう、お前の思う通りだよ」
途端、慌てるカルロの気配。気持ちはわかるさ。誰だってそうなる。
だって--
「それって、ここじゃないですか!」
そう、私の住むアパート、『海沈荘』に件の幹部はいるらしく。
ペドガスキーの悪役面が、テレビ画面の後ろに見えるようだった。




