クソにクソを加えてクソに注ぎ込んだレベルだぞ?
三十六計、逃げるに如かず。私よ走れ、脱兎の如く。
「バトラー、捕まえなさい」
「……」
「わっ、こらっ、離せよバトラー!」
けれど、四十八手をマスターするペドガスキーには敵わない。三十六計<逃げる<四十八手だ。
首をぶらんぶらんさせるバトラーに両脇をがっちりと抑えられ、タクシーへ投げ込まれる私。ペドガスキーは、シートにぼすんと弾む私の身体をノータイムでキャッチし、膝の上に載っける。
「スリープ」
「うげぇ……」
そして、彼女の両の手が私の義手に触れた時、彼女の唱えた起動因子とともに私の義手の機能が停止する。おっも。持ち上げようもんなら、接続部に当たる手首が音を立ててちぎれそうだ。
それもそのはず、小学生女児には重すぎるこの義手は普段、床に置けば三ミリメートル浮き上がるくらいの浮力を魔術によって発生させている。制作者であるペドガスキーの思いやりが詰まった、ひみつ道具なのだ。
もっとも、制作者権限で強制スリープがかけられるよう設定されてることを除けばだが。
「命の恩人から逃げるもんじゃあないわよ、セシリアちゃん。お姉さん、寂しい」
「いやー、すいません。私の癖っ毛がピンと立つ気配を感じて、これは新手の怪人かなーと」
「カルロ?」
「はいドクター! そんな報告はありません!」
「てめぇ、後で覚えとけよ!」
助手席から顔を覗かせたカルロが、一瞬で首を引っ込める。小動物かお前は。
けれど、私は現状、鎖に繋がれた犬であるから噛み付くこともできず。頭上で「どうしたの?」と満面の笑みを浮かべるペドガスキーに引きつった愛想笑いを送ることしかできない。
そうこうしてる間にバトラーも乗り込んで、ついにタクシーは発進してしまう。
つまり、あの魔の儀式が始まる。
「はぁん、それにしても、セシリアちゃん可愛いわぁ」
「ソウデスカ」
細く伸びやかな彼女の腕が、私を抱きすくめる。
「今日も綺麗な金髪。映画館の座席に座って少し蒸れた、その汗の匂いがたまらないわぁ」
「ソレハナニヨリ」
癖っ毛のせいで僅かな厚みのある私の金髪に鼻を埋めて、私の頭皮を湿らせながら彼女は喋る。鼻息うるせぇ。
私はしかし、それにひたすら耐える。鉄指姫が鉄指を失ってしまった以上、あとはただの姫としてプレイされるしかないと、今までの人生で彼女に叩き込まれた。
助けを求めようにも、カルロは彼女に恩義を感じてしまってるし、私の鉄指と同じくペドガスキーの製造物であるところのバトラーはペドガスキーに逆らえない。
要するに、ミッション・インポッシブル。誰かタクシーの屋根裏からロープで降りてきて、私をどこかへ連れ去って?
「どうしたの、そんなに硬くなっちゃって」
「ひゃん!」
誰の声だ。
私の声か。
耳元で囁かれる声に、思わず声が漏れていた。「かーわいい」と独りごちて、ねっとりと私の耳を舐め上げ「ひぃんっ」るペドガスキー。
ちょっと待て今の誰の声だ。
私の声だ。
くそっ、だから嫌なんだ。
「いいのよ、恥ずかしがらなくて。運転手は私のオートマタだから」
「問題はそこじゃ--んっ……」
私を捕らえていただけの腕が、その手が、そして指先が。羽根のような軽さで、私の太ももをなぞっていく。
背筋を駆け上る。くすぐったさ。いや違う。認めたくないが、これは--
彼女の手はじわじわと焦らすように、しかし着実に。私の身体を上へ上へと蹂躙して。
あっ、いやっ、だめっ……。
あーーーーーーっ!!!
◇◆◇
「てめぇ……、このクソアマ……」
「あら、やっぱりその口調の方が素敵よ?」
疲れた。頭がぼーっとしている。言葉が出ない。無駄に顔をツヤツヤとさせたペドガスキーの膝の上で、私の身体は弛緩しきっていた。
「バトラー、義手がスリープ状態のこの子を膝に乗せとくと私も辛いわ。代わって?」
「……」
「ねぇ、なんとか言いなさいよ」
べちん。
バトラーに100のダメージ。
がちょん。
バトラーは回復した。
「ペドガスキー様、ペドガスキー様、ありがとうございます。実に三十分ぶりの音声でございます」
「あら? もしかして、あなた壊れてたの。まったく、使えないわね」
「申し訳ございません」
言いつつ、バトラーは私の義手を何でもないように持ち上げて、私の腹の上に重ねておく。そしてそのまま私の身体で義手を包むように、お姫様抱っこで私を回収する。
バトラーの膝は、服こそ来ているがオートマタであるから、ゴツゴツと無機質に硬い。だが、柔らかさより大事なものがそこにある。
圧倒的安心感--!
身体に残った不本意な火照りを吐き出すように、長いため息をつく。バトラーが着衣を整えてくれるに任せながら、私はようやっと呼吸を整えた。
隣のペドガスキーはと言えば、頰に手を当てて恍惚と中空を見つめている。反芻していると思うときしょい。AV女優でもやってろ。
そんな彼女に、助手席のカルロが振り返る。
「ドクター。そろそろほんだいにはいらないと、てつゆびひめさまのごじたくについちゃいますよ」
「そうね、可愛いカルロ。ありがとう」
「そりゃあ、ぼくはてつゆびひめさまのマネージャーですから!」
カルロはえへんぷいと、小さな胸を目一杯に張る。
カルロやカルロ、何でお前さんはそんなに純真なんだい? 私とペドガスキーの板挟みにあって真っ白なその心は、もしや塩素で充填されてやいないかい?
どうせ花丸大正解のもらえる答えは『ガキだから』になるその疑問はおいといて。
いつものように、にんまりとした悪企み顔に戻ったペドガスキー。彼女の持って来た用事とは何か。
そんなの、考えるまでもない。
いやごめんなさい嘘つきました。考えたくもない。
あのロリコン地獄絵図事件や人間竹トンボ事件を起こしてきたイカレポンチだ。そいつの用事なんて、予想しただけで頭がイカレるに決まってる。
つい、その嫌悪感を顔に出してしまったものだから、ペドガスキーの笑顔が深まる。
もうお家帰りたい。
あっ、もうお家帰ってるとこだった。
死にたい。
「用事っていうのはね」
「あーあー! 聞こえないー! セシル疲れちゃったからもう寝るねおやすみ!」
「えっ? セシリアちゃんの身体をお姉さんの好きに犯していいって言った?」
「謹んでご用件をお聞きさせていただきます」
時既に時間切れ。絶望の選択肢と絶望の選択肢が両方そなわり絶望に見える。私の寿命はストレスでマッハ。想像を絶する悲しみが私を襲う。
「明日ね、この地区の怪人の拠点に乗り込んで、壊滅させて来て?」
「わっつ?」
あの、魔法少女、辞めたいんですけど……。
ロリコンヌ・ペドガスキー博士の事件簿
File2:人間竹トンボ事件
公園に集まっていた三人の男の子が、竹トンボを飛ばして遊んでいた。
「僕も空を自由に飛びたいな」と太郎。
「頭に竹トンボを付ければ飛べるかな」と次郎。
「でも、それじゃちっちゃすぎるよ」と三郎。
「じゃあ、キミらが竹トンボになってみるかい?」とペドガスキー。
そう、ペドガスキー。
後日、きりもみ回転しながら大空を舞う、三人の男の子が注目を集めたそうな……




