くそってレベルじゃねぇぞ?
斜陽に影の面積を広げるショッピングモール。撮影を称した人払いの結果、映画館の前にだけ気色の悪いほどの人だかりができている、らしい。
「おつかれさまです。さすが、てつゆびひめですね!」
「あー、どうもどうも」
騒動の後、押っ取り刀で駆け付けたテレビスタッフ、もとい政府の犬から事情聴取をその場で受け、従業員用の通用口からショッピングモールを抜け出したところ。タクシーを背後に待ち構えていたのは、私と同じ背丈のマネージャーだった。
カルロ・ジーンアス。おままごとみたいなスーツに身を包んだこのちんちくりんは、正真正銘私のマネージャーで、今日みたいな休日でもなければ一日中私につきっきりのうざい奴だ。舌ったらずな声も、もどかしくて好きじゃない。
そして、どこぞのお坊ちゃんみたいなそいつのトレードマークは、何やらボルトや配線の飛び出た金属製のヘルメット。夕日を映して、今はほんのり茜色をして。
そんなアニメかライトノベルのキャラみたいなカルロは、ヒーローを目前にしたガキみたいに瞳をキラキラとさせて私を見上げていた。ていうか、事実ヒーローを見上げていて、事実ガキなのだろう。辟易する。
「なぁ、お前マネージャーならちゃんと怪人どものスケジュール管理もしろよな」
「ふぇぇ……。そんなのムリですよぅ」
「セシリア様、セシリア様はいじめをなさるのですか」
「はぁ? 冗談も通じないやつのことまで考えて喋ってられるか」
口をあわあわとさせるカルロを見下ろして、淡々と言うバトラー。別に心配しているとかでなく、純粋な疑問を口にしているだけのバトラーを、頭をぺちぺち、もとい義手でごちごちして黙らせる。肩車させているから、とても叩きやすい。
ちょっとすっきりしたから、「かいじんさん、どこにでんわすればつうじるのかな」なんて頭を抱えだしたカルロに冗談だと伝えてやる。本気で胸をなでおろすこいつが、普段どうやって私のスケジュールを管理しているのか謎だ。
いやそれにしても。バトラーの頭、やっぱすごい叩きやすい。
あー、癒されるわ……
「ちょ、ちょっと! バトラーさんこわれちゃいますよ!」
「ん? あぁ、そりゃあちょっと困るな」
ぴょんぴょんと跳ねて言うカルロに、現実に引き戻される。そういや静かだと思った。変な角度にかしいでいたバトラーの首を、力任せに元に戻す。
ごきり。
音声回線が復活したらしいバトラーが思い出したようにしゃべりだす。
「セシリア様、セシリア様困ります。困ります。そんなに力強く執拗に叩かれると困ります。あーっ」
「うっせぇ」
ごちん。首が百八十度回転する。
「あぁあぁぁああああ! バトラーさんの首がぁぁぁ!」
「やかましい。戻しゃあいいんだろ」
ごきごきり。
「セシリア様、セシリア様。いくら私がオートマタだからと、そう雑に扱われると困ります」
「そうですよっ! ものはだいじにしなきゃいけないって、ドクターも言ってたじゃないですか!」
「知るかよ。バトラーは私のもんだろ。好きにさせろ」
「セシリア様、セシリア様は今、ワタクシに告白されたのですか?」
「やっぱお前首が折れかけの方がかっこいいぞ」
ごちん。首の座らない赤子みたいに、私の太ももにのしかかる頭部。痛みに悶えたりはしない。所詮は、私の魔力で動いているだけの魔動人形だ。それなのに、カルロは何を共感しているのか、顔面蒼白にして首のあたりをさすっている。
「おい、もう帰るぞ。ほら、歩けバトラー」
「……」
「ぼく、オートマタじゃなくてよかった……」
物言わぬバトラーが歩き出す。こいつ、KYと純真無垢な慇懃無礼がなければ高性能なのだ。変な機能を付け足したドクターが恨めしい。私にこの鉄製の義手をつけたのも、カルロに変なヘルメットを付けてマネージャーとして私に当てたのも全部あのマッドサイエンティストだ。超むかつくから、バトラーの頭をもう一回殴った。
――あっ、ちょっ、止まんな。ごめんて、壊したいけど壊したいわけじゃなかった。
もはやしおれた朝顔みたいなバトラーの首を焦ってぐにぐにと動かしていると、なんとか再起動してくれて一安心。ちょうど、カルロがタクシーの扉を開けてくれていた。仕方ないから、バトラーをしゃがませてその肩から降りる。
降りて、一瞬で後悔する。
あぁくそ、目があってしまった。肩車されていたせいで見えなかったそいつと。白衣をいつでもどこでも着用し、キツネみたいな笑顔を張り付けた。自分の快楽のために面倒をばらまき続ける、歩くうんこ製造機。
「やぁやぁ、今日も可愛いね、セシリアちゃん」
後部座席で足を組んで手を振ってくる彼女こそ、悪名高きロリコンヌ・ペドガスキー博士だった。
ロリコンヌ・ペドガスキー博士の事件簿
File1:ロリコン地獄絵図
あれはある日の昼下がり、都内某所のカラオケボックスで行われた全日本ロリコン学会においての出来事だ。つまり、ヤバめのロリコンたちのオフ会だ。
壮絶にキモくなることが予想される会場に、五分遅れで彼女は姿を現した。
「紳士であらせられる皆様にあっては、イエスロリータノータッチを守り、純粋な愛でもってロリコン道を歩んでいると思われますが」
彼女の巧みな話術によって、ロリコンたちはたちまち静まり返り彼女の言葉に耳を傾けた。普段女性に接点のない彼らの女性免疫のなさが原因とする学者もいるが。とにかく耳を傾けた。
「ここに取出だしましたるは、ヴァーチャルロリ、つまり、VRゴーグル。これをかけることで、皆様は架空のロリとの触れ合いを楽しむことができるのです」
彼らは疑った。
デュフフ、そんなわけないでござるぞ。拙者、魔動工学には詳しいのでwww
そんな彼らに、物は試しと強引にVRゴーグルを装着させる彼女。
なんということでしょう。
男しかいない悲しみの深いカラオケボックスに、ロリがあふれたではありませんか。
劇的ビフォーアフターに言葉を失う。欲望のはけ口を眼前に広げられた彼らが次に取る行動は、言うまでもなかった。
◇◆◇
その後、時間が過ぎても退出しない彼らを追い出しに来た店員が見たのは、地獄絵図だった。
謎のゴーグルをかけて、くんずほぐれつする大の大人たちと、それを見て高笑いする白衣の女性。呆然とした彼に、ゴーグル越しの視線が集まる。
これ以上は、なろう様に削除されたくないので語らないことにしよう。