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とある僕らの殺害屋日記  作者: ねこやなぎ。×Noa
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第九話 授業

第九話 「授業」


 朝。

 先ほど出会った後輩の姿を悶々と思い浮かべながら、私は自室に戻るでもなく寮の廊下を歩き回っていた。窓から差し込む光は眩しい。今日の空は雲が少ない。歩いていく途中で何人かの生徒とすれ違う。みな眠そうな表情だった。

 「…はぁ」

 憂鬱、とはこのような感情をいうのか。

 思考は何度も何度もあの後輩の台詞を繰り返す。


 『守りたいものがあるんです』


 守りたいものか。

 どうしてそんなモノがあると言えるんだろう。こんな、何もない場所で。

 いや、自分の主観で人を考えてはいけないことはよく分かっている。…だからこそ、あの答えは美しかったのだろうが。

 私にそんなものあるのだろうか。

 何もない私に。


 「…何か、考え事?」

 

 「!」

 唐突に聞こえたその声に、驚いて立ち止まる。

 振り向くと、そこにいたのは、

 「雫川…?」

 チームメイトの、雫川だった。彼は先ほどすれ違った生徒と同様に、眠そうにあくびをしながら「やぁ」と言った。

 「何してるの」

 「暇だったから。歩いていただけ」

 「…そう。じゃあ」

 そう言って踵を返し彼から離れようとすると、冷たい感触が私の手を包んだ。

 「!!」

 「待って」

 雫川はその華奢な体からはあまり想像つかないほどの強さで私の手を掴み…私を静止する。

 「っ、何」

 振りほどこうとしても、解けない。彼はその体勢のまま私の目を見据える。それは…彼に心を覗かれているかのようだった。

 気味が悪い。私はそっと彼から目を逸らす。

 「こっちからの質問に、答えてもらってないよ」

 「っ…」

 なんなんだ、こいつは…。疑念を抱きながら、睨みつける。しかし雫川はひるむ様子は全くなく、手に込める力を強くしてくる。

 「…考え事、してたけど」

 仕方なく、答える。なぜ、こんなことを質問されなくてはいけないのか。

 「どんな」

 「っ。なんで、そこまで教えなくちゃいけないの」

 雫川に私の思考を知る必要なんてないはずだ。やはりこいつは…何を考えているかわからない。

 「……それもそうか…」

 私の答えを聞いて、雫川はそっとその氷のような手を離した。

 「ごめんね」

 「……」

 謝罪には答えず、そのまま彼を睨みつける。なんなんだ。本当…。

 そして、時間が止まったように私も雫川も動かない。

 雫川は私とは相反して、何の感情も持たない目で私を見ていた。

 どうしようかと思索していた、そのときに。


 ----キーンコーンカーンコーン。


 「あっ…?」

 1限目予鈴のチャイムが寮内に鳴り響いた。

 もう、そんな時間なのか。急がなくてはいけない。

 少しも急ぐ気配のない雫川の横を通って校舎へむかおうとしていると、雫川が再び私に声をかける。

 「授業、出るの?」

 「…はっ?」

 彼は急ぎかける私を不思議そうな目で見ている。……こいつは何を言っているんだ。

 「…出るのか…。じゃあ僕も久々に受けようかな」

 「久々に…?」

 「うん」

 「…」

 雫川はなんの違和感も残さず、そう答えて見せる。

 「…そう」

 サボり魔、とやらだろうか。

 まぁ雫川が授業を受けようが受けまいが、私には関係のない話だ。追求する権利なんてない。興味もない。

 「じゃあ、私は行くから」

 私は何も聞かなかったことにし、その場を去って教室へと向かった。


 この学校の授業の仕組みは、基本的に「自分が知りたいと思う」授業を選択し、受けるというものだ。

 故に私と彼との選択科目は違う、はずだ。現に今までの授業で一度も会ったことがない。

 …だが。

 

 「…なんで」

 「?」

 雫川はあのあと平然と私についてきて…今私の隣でノートを広げて授業を受ける準備をしていた。

 意味がわからない。本当にわからない。

 耐えかねて問いかける。

 「なんでついてきたの」

 「面白そうだから」

 「…」

 聞くだけ無駄だった。

 おそらく理由なんてないのだろう。雫川の持っている雰囲気がそれを雄弁に語っている。この、自由奔放な雰囲気が。

 理解に苦しんでいると、初老の男教師が教室に入ってくる。

 私と雫川を含む生徒はみな立ち上がり、教師に一礼だけして着席する。昔ながらの風習だそうだ。

 私は隣の雫川など気にしないようにして、ノートを開く。

 教師が黒板に書きつけていくいろいろなものをただただノートに移していくだけの授業。だがその中には実践で役立つだろうこともたくさんある。

 だから私は授業はちゃんと受けている。

 しかし…、隣のこいつはなんなんだろう。

 気にしないと決めた直後に考えている自分を殴りたくなったが、やはり雫川は謎だ。

 先ほどのように不可思議な行動をすることが多い。それに何を考えているのか全く読めない。もしかすると何も考えていないのか。いや、そんなことはないはずだ。

 彼のノートにチラ、と目をやる。

 「…!」

 すると、彼がノートに何か書きつけていることに気づいた。

 …それは、落書き…というのだろうか。

 描いているのはおそらく木の絵。なかなか上手いと思う。絵などあまり見ないから良く分からないが。

 描いている彼の表情はいつも通り無機質で…だが、どこか楽しそうにも見える。

 だが、授業のことを全くノートにとってない。

 もしやこのノートは雫川の絵しか描かれていないのだろうか。そんな考えが頭をよぎる。

 まぁ、いいか。

 思考するのをやめ、そのまま雫川のノートを見つめたまま、授業を聞く。雫川はこちら側からの視線に全く気づいてない。

 木か。木といえばこの学校の敷地内に大きな気が一つ生えていたな、ということを思い出す。名前は戦争樹…それは第3次世界大戦で生き残った巨木だった。

 思えば雫川の落書きの木はそれに似ているような気もする。確定はできないが。

 「……?」

 私がそんなことを考えている最中に、唐突に彼は絵を描くのをやめ、…なにかの文字を書く。

 なんて書いてあるのか。少々気になって、よく見ようとすると、

 「…どうしたの?」

 「っ!」

 私の行動を不審に思ったのか、雫川に、声を掛けられる。私ははっと我に返り、「なんでもない」と言った。

 興味無いはずだろうが。自分。何やってるんだ…。

 だが、彼が書いた文字は見えてしまった。


 ''I was boring''


 見たこともない、なんて読むのかもわからない文字だったが、…それは何故か私の目に焼き付いた。

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