第一話 見知らぬ天井
……痛い。
最初に感じたのは、全身を砕かれたような鈍い痛みだった。
まぶたを開ける。
そこにあったのは、病院の白い天井ではない。
黒ずんだ木の梁がむき出しになった、古びた天井だった。
(ここは……どこだ?)
身体を起こそうとした瞬間、胸と背中、右腕に鋭い痛みが走る。
「ぐっ……!」
思わずうめき声が漏れた。
「レオン!」
若い女性の声が部屋に響く。
振り向くと、やつれた顔の老婆が涙を流し、その隣では三十代ほどの女性が安堵したように胸をなで下ろしていた。
「気が付いたのかい……。」
「神様、本当にありがとうございます。」
(レオン? 誰だ……。)
私は口を開こうとした。
「ぼ……」
しかし出てきた声は、自分のものとは思えないほど少し低く、聞き慣れない響きを持っていた。
「水……。」
女性は急いで木の器を持ってくる。
ゆっくりと口元へ運ばれた水を飲み込みながら、私は必死に状況を整理しようとした。
(俺は……結城智也だ。)
難関大学を卒業し、大企業から内定をもらった。
そして——。
(通り魔……。)
腹を刺され、倒れた。
救急車のサイレン。
青空。
そこで記憶は途切れている。
なのに今、私は見知らぬ家の寝台に横たわっている。
(夢か?)
そう思った瞬間だった。
頭の奥で、激しい痛みが弾けた。
「うっ……!」
知らない景色が、次々と流れ込んでくる。
黄金色に実る麦畑。
大きな川。
紙を干す広い工房。
インクの匂い。
笑顔でパンを焼く女性。
優しく頭を撫でてくれる老人。
そして——。
「レオン。」
その名前が、胸の奥から込み上げてきた。
私は知っている。
いや、知らない。
いや、知っている。
混乱する意識の中で、二人分の人生が重なり合っていく。
レオン。
それが、この身体の持ち主の名前だった。
年齢は十八歳。
近くの大都市にある紙工房で働き、紙漉きや製本の手伝いをして生計を立てていた。
父親は数年前に病で亡くなっている。
家族は母と祖母の三人だけだった。
だが、数か月前、母が重い病に倒れた。
畑を耕せる者がいなくなり、レオンは仕事を辞めて故郷へ戻った。
昼は畑を耕し、夜は母の看病。
しかし、その努力も報われず、母は先日、静かに息を引き取った。
薬代。
医者への謝礼。
そして葬儀。
わずかな蓄えは底を尽き、ついには父から受け継いだ畑まで手放すことになった。
村一番の地主へ土地を売り、その代わりに、その土地の一部を借りて小作人として生きていく。
それが、今日決まったことだった。
地主の屋敷から村へ戻る帰り道。
村人たちと山道を歩いていたレオンは、足を滑らせた。
崖の斜面を転げ落ち、大岩に身体を打ちつけ、そのまま意識を失った。
村人たちは慌ててレオンを家まで運び込み、医者を呼び、寝台に寝かせた。
そして——その目が開いた時。
そこにいたのは、レオンでありながら、結城智也の記憶を持つ、一人の青年だった。
「……ここが、異世界なのか。」
誰にも聞こえないほど小さな声が、静かな部屋に消えていった。




