ショート幕間 ネムの受付外処理――死んでも戻せない死
ネムが、最後の死亡処理を説明します。
いつもの受付ノリで始まるのに、内容はまったく笑えません。
死んでも戻れる物語で、戻れない条件が出ます。
死神ネムの受付は、今日も眠そうだった。
黒いパーカーの袖から、白い指が少しだけ出ている。机の上には、いつもの受付札。湯気の立つお茶。死亡記録簿。あと、なぜか「練習用」と書かれた小さな番号札が置かれていた。
「死亡受付番号、コヨリさん」
「まだ死んでない!」
「練習です」
「練習で受付番号出さないで!」
ネムは、番号札を引っ込めない。むしろ、静かにもう一枚出した。
「予備です」
「予備もいらない!」
「最後の処理は、失敗できないので」
その一言で、コヨリの抗議が止まった。
ネムはいつも、死を軽く扱う。常連様ですね、とか、今回も調子に乗った死です、とか、定時内にお願いします、とか。だからこそ、ネムが真面目な声を出すと、拠点の空気が少しだけ冷える。
「最後の処理って、帰還最終シードのこと?」
「はい」
「死んだら戻れないやつ?」
「正確には、通常の戻し先が使えません」
「それ、戻れないってことじゃん」
「はい」
ネムは死亡記録簿を開いた。
【通常死亡処理】
【死亡確認】
【死因ログ作成】
【シード終了】
【拠点帰還】
【レベル・経験値・未登録品ロスト】
【拠点記録保存】
「いつものやつだ」
「はい。いつものやつです」
「いつものやつって言えるくらい死んでるの、つらい」
「常連様ですので」
「嬉しくない常連!」
ネムは、次のページを開く。
【帰還最終シード死亡時】
【通常リスポーン:不可】
【拠点帰還:不可】
【死因ログ保存:不可】
【ログル同行権:消失】
【帰還門接続:破棄】
【世界種安定:未保証】
コヨリは、しばらく文字を読んだ。
読めているのに、意味が遅れてくる。
「死因ログ保存不可?」
「はい」
「死んでも、次の学習にならない?」
「はい」
「拠点帰還不可?」
「はい」
「死んだら、帰る場所がない?」
「はい」
ネムは、嘘をつかなかった。
「戻す場所を、帰還門の素材に使うからです」
コヨリの手が、冷たくなる。
死ぬのは嫌だ。今までも嫌だった。でも、死んだら戻れるという前提があった。レベルは消える。装備も落とす。持ち帰れなかったアイテムは泣くほど悔しい。けれど、拠点は残った。ログルがいた。死因図鑑室が増えた。次は一手だけましになった。
その全部が、使えない。
「神様、最後だけジャンル変えてない?」
「むしろ、古いローグライクに近いかもしれません」
「ネムまで嫌な説得力出さないで!」
ログルが小さく言う。
「死亡したら、通常の死因学習ができません。なので、事前に全部学習しておく必要があります」
「全部って何」
「未識別、満腹度、罠、射線、倍速、三倍速、時間停止、思考割込、神域干渉、ログル保護、帰還鍵使用判断」
「並べるなあああああ! 怖いものリスト作るなあああああ!」
ネムは淡々と、別の紙を差し出した。
【死亡受付外処理に関する注意】
【失敗時、受付側からの救済不可】
「ぼくも、迎えに行けません」
その言葉が、一番重かった。
コヨリは、ネムを見た。いつも眠そうで、事務的で、死にすぎるコヨリを常連扱いする死神。けれど、迎えに来られないと言うネムの顔は、少しだけ困っていた。
「ネム」
「はい」
「使わないようにする」
「それが一番です」
「死亡受付、休んでて」
「定時退勤できます」
「そこは嬉しそうでいいんだ」
少しだけ笑えた。
ネムは、最後に小さな札をコヨリへ渡した。
【受付外通行証】
「これは?」
「死ぬための札ではありません。死なないために、死亡処理の穴を一度だけ見られる札です」
「穴を見る?」
「危ない場所が、少しだけ分かります」
ログルの宝石が反応する。
【神域死亡処理警戒:仮登録】
「ネム、ありがとう」
「死なないでください」
「うん」
「できれば、定時内に帰ってきてください」
「最後だけ急にいつものネム!」
コヨリは札を胸にしまった。
死んでも戻れない。
その言葉は怖い。でも、怖いからこそ、ちゃんと準備する。
ネムは受付外通行証の裏に、小さな注意書きを足した。
【使う前に深呼吸】
「それ、スキル名みたい」
「死亡処理でも、焦る人は失敗します」
「死神の言う焦る人、説得力が重い」
コヨリは通行証を裏返し、文字を指でなぞった。深呼吸。簡単だ。だから、忘れる。HP1で敵が隣にいて、満腹度が尽きかけて、ログルが危険な顔をしている時ほど、簡単なことから消える。
「覚えとく」
受付の奥では、いつもの死亡ログ棚が静かに閉じていた。ネムはその棚に鍵をかける。
「最後の間は、ここを開けない予定です」
「死なないから?」
「はい」
「じゃあ、閉店札出して」
ネムは少し考え、棚に【本日死亡受付休止希望】という札を貼った。
「希望なんだ」
「確定ではないので」
【今回の勇者ステータス】
現在シード:管理画面シード/ネタバレシード
死亡回数:1100回(この話では増加なし)
クラス:帰還者/死因学者/拠点管理人 複合状態
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
獲得済み主要スキル:【危険察知 Lv.3】【未識別警戒 Lv.3】【足元確認 Lv.3】【射線確認 Lv.2】【満腹度管理 Lv.2】【帰還接続管理 Lv.1】【相棒再分類拒否 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【神域死亡処理警戒 Lv.1】
拠点施設:【椅子】【死因図鑑室】【鑑定机】【厨房】【思い出ログ棚】【罠訓練場】【魔物休憩所】【シード地図室】【反省会テーブル】【拠点酒場】【魔王相談窓口】【魔王軍資料室】【死因研究室】【仕様書保管棚】【一フレーム道場】【帰還門建設予定地】【管理画面の扉】
【登場人物紹介】
・この話の焦点:死神ネムが、戻れない死亡処理の怖さを淡々と告げます。
・コヨリ:神様の仕様書を読む側に回った幼女勇者。怒りと怖さを抱えつつ、帰る意志だけは曲げない。
・ログル:解析神獣。端末扱いから相棒へ再分類されつつある。冷静だが、もう完全に情がある。
・ネム:死神受付。淡々としているが、最終シードの死亡処理にはいつもより慎重。
【ローグライクあるある解説】
死亡時リスポーン不可を、拠点を素材にする設定へ接続。恒久ロストやセーブ不能の緊張を、死因ログ保存不可として作品の核に置いています。
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