魔王役割表――ゼルドが怒っていい書類
ゼルドの怒り、さらに深掘り。
魔王は便利な壁でも、勇者育成用ボスでもありません。
魔王さん、正式に殴る準備へ。
魔王役割表の詳細版は、黒い表紙だった。
表紙の端には、魔王軍の紋章に似た飾りがある。けれど、ゼルドがそれを見た瞬間、眉間のしわが深くなった。
「これは魔王軍の正式様式ではない」
「偽物?」
「神々が、それらしく作ったのであろう」
「神様、勝手に魔王軍っぽいデザイン使ったの?」
「余の許可は出しておらぬ」
「著作権とかない世界でも怒っていいやつ」
ベルが無言で別紙を出す。
【紋章意匠無断使用に関する抗議文】
「もう用意してる」
「当然です」
詳細版を開くと、そこにはゼルドの配置記録が並んでいた。
【シード066:初期村隣接魔王城】
【目的:勇者の早期死亡圧力】
【想定結果:勇者死亡ログ取得】
【シード100:魔王城地下帰還門配置】
【目的:帰還因子探索誘導】
【想定結果:魔王討伐誤認維持】
【複数シード共通】
【役割:最終試験官】
【敗北後:世界崩壊点固定】
コヨリは、途中でゼルドを見上げた。
「魔王さん」
「何だ」
「怒っていいよ」
「すでに怒っている」
「静かすぎてこわい」
ゼルドは、ゆっくり息を吐いた。
「余は魔王だ。勇者と戦うことそのものは、否定せぬ」
「うん」
「だが、敗北するために立てと言われた覚えはない」
黒い魔力が、机の上で揺れた。書類の端が少しだけ浮く。ベルが即座に文鎮を置いた。
「魔王様、書類が飛びます」
「すまぬ」
「怒りは申立書にお願いします」
「分かった」
魔王が怒りを申立書に書く。すごい光景だった。コヨリは、これを第1話の自分に見せても絶対に信じないだろうと思った。魔王はラスボスで、倒せば帰れる。そう聞いていたのに、今は魔王が神様への苦情文を書いている。
詳細版の最後に、嫌な項目があった。
【魔王側記憶保持:非推奨】
【理由:勇者との共闘可能性が上がるため】
ゼルドの目が、さらに冷える。
「ほう」
「魔王さん、今の『ほう』、こわい」
「勇者との共闘が、不都合であったらしい」
「神様にとってはね」
「ならば、なおさら共闘する価値がある」
ベルが頷いた。
「魔王様。こちら、共闘妨害に関する追記欄です」
「今書く」
コヨリは机の端からペンを一本取った。太い。幼女の手には少し大きい。
「わたしも書く」
「勇者様、何を」
「魔王さんは便利な壁じゃない、って」
ゼルドが少しだけ目を見開いた。
「勇者が、それを書くのか」
「書く。だって、わたしも便利なテスターじゃないもん」
コヨリは、字を大きく書いた。
【魔王さんは、便利な壁じゃない】
【勇者も、便利なテスターじゃない】
字は子供っぽい。線も揺れている。けれど、ゼルドはその文字をしばらく見ていた。
「幼き勇者」
「なに」
「感謝する」
「うん。あとで神様殴る時、手伝って」
「無論だ」
ログルの宝石に、静かなログが浮かんだ。
【魔王側異議申立:成立】
【帰還最終シード支援候補:魔王の影】
【特殊効果:ラスボス役割表破損】
「魔王の影って強そう」
「強いです」
「でも味方?」
「今回は」
「今回はって言わないで」
ゼルドは、黒いマントを整えた。
「勇者よ。深層で余の影が現れたなら、迷わず使え」
「魔王さんをアイテムみたいに使うの?」
「神に役割として使われるのは不快だが、余が自分で貸す影ならば構わぬ」
コヨリは少し考え、うなずいた。
「じゃあ、ちゃんと借りる」
「それでよい」
ベルが最後に、殴打順申請書をゼルドへ差し出した。
「魔王様、主神様への攻撃ターン希望欄です」
「一番強く殴れる位置を希望する」
「承知しました」
コヨリは笑った。
書類の山の向こうで、魔王が怒っている。けれど、その怒りはコヨリを怖がらせなかった。
同じ方向を向いた怒りだったからだ。
ゼルドは、怒りを書き終えると、今度は魔王軍の部下の名簿を一枚足した。そこには、シードごとに違う配属、消えた部隊、再生成で別人のような配置になった兵たちの名前があった。
「余だけではない」
ゼルドは言った。
「余の部下もまた、役割として並べられていた」
コヨリはその名簿を見て、魔王城を敵の基地としてだけ見ていた頃の自分を思い出した。知らなかったことは罪ではない。でも、知ったあとに知らないふりはできない。
ベルは名簿の横に、深層支援候補の欄を作った。魔王の影だけではなく、魔王軍の盾、厨房の火力、補給路の記憶。どれも本物を持ち込むわけではないが、記録としてならつながる可能性がある。
「魔王軍、便利」
「便利と言われると複雑だ」
「じゃあ、頼れる」
「それならばよい」
ゼルドは少しだけ満足そうにうなずいた。
役割表の最後には、余白が残っていた。ゼルドはそこへ、ゆっくりと書き込む。
【魔王は、自分の意志で勇者を支援する】
その文字が浮かぶと、管理画面の役割表に小さな亀裂が入った。神様の決めた役割に、本人の意思が割り込んだ音だった。
【今回の勇者ステータス】
現在シード:管理画面シード/ネタバレシード
死亡回数:1100回(この話では増加なし)
クラス:帰還者/死因学者/拠点管理人 複合状態
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
獲得済み主要スキル:【危険察知 Lv.3】【未識別警戒 Lv.3】【足元確認 Lv.3】【射線確認 Lv.2】【満腹度管理 Lv.2】【帰還接続管理 Lv.1】【相棒再分類拒否 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【魔王の影連携 Lv.1】
拠点施設:【椅子】【死因図鑑室】【鑑定机】【厨房】【思い出ログ棚】【罠訓練場】【魔物休憩所】【シード地図室】【反省会テーブル】【拠点酒場】【魔王相談窓口】【魔王軍資料室】【死因研究室】【仕様書保管棚】【一フレーム道場】【帰還門建設予定地】【管理画面の扉】
【登場人物紹介】
・この話の焦点:魔王役割表を壊し、ゼルドが自分の意志で支援する流れを作ります。
・コヨリ:神様の仕様書を読む側に回った幼女勇者。怒りと怖さを抱えつつ、帰る意志だけは曲げない。
・ログル:解析神獣。端末扱いから相棒へ再分類されつつある。冷静だが、もう完全に情がある。
・ゼルド:魔王。ラスボス役を押しつけられていた被害者代表。怒り方が静かで怖い。
・ベル:魔王軍秘書。正式抗議文で神様を詰める有能事務担当。書類は物理的にも重い。
【ローグライクあるある解説】
過去ボスが支援影になる準備。深層では過去に苦戦したボスのギミックを味方として再利用する、ローグライク的な「過去資産の転用」です。
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