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『千回死亡幼女勇者』 ――神様のクソゲー異世界だけど、拠点だけはリセットされません――  作者: 勇者ヨシ君
第22章 消えたシードの墓場――覚えているのは、わたしだけじゃない

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覚えているのは、わたしだけじゃない

目を覚ますと、黒い通路は消えていなかった。

拠点が、消えたシードを覚え始めていた。

 コヨリが目を覚ますと、白い椅子の前に黒い扉ができていた。


 いや、扉というほど立派ではない。死因図鑑室の奥に残っていた黒い通路が、拠点の壁へ根を張り、棚のような、入口のような形に変わっている。縁は黒く、内側は白い。消えたものを入れるための棚なのに、そこだけは消えなかった。


「ログル」

「はい」

「残ってる」

「はい。拠点施設として安定化しています」

「わたしだけの見間違いじゃない?」

「違います。ぼくにも見えています」

「ネムは?」

「見える」

「ベルは?」

「書類棚としては不安定ですが、存在しています」

「魔王さんは?」

「余にも見える。胃にもくる」

「胃は関係ある?」


 ゼルドは真面目な顔で紅茶を飲んでいる。ベルは新しい棚の寸法を測り、ネムは黒い札へ仮番号を振っている。リュシアが遠くから温かい飲み物を運び、ミネルが説明書を書きかけて、コヨリに「短く」とにらまれていた。


 コヨリは立ち上がり、黒い棚へ近づいた。棚には、いくつかの小さな箱が収まっている。


【墓標ログ分類台】

【残影棚】

【未帰還ターン保管箱】

【破棄ログ調査中箱】


 どれも完全ではない。中身は少ない。名前も空欄が多い。それでも、前はなかった。死因図鑑室はコヨリの死に方を並べる場所だった。思い出ログ棚は、出会った人を忘れないための場所だった。今度の棚は、そのどちらでもない。


 消えたシードを、なかったことにしない場所だ。


「ログル。これ、拠点の正体に近い?」

「はい。拠点は、リセットされない待機部屋ではありません。記録を根にして、世界の種へ育つ領域です」

「世界の種」

「消えたシードをすべて戻す力ではありません。でも、消された記録の一部を、次の攻略へつなげることはできます」

「万能じゃない」

「はい」

「でも、ゼロじゃない」

「はい」


 その言い方が、今は一番信じられる。


 コヨリは残影棚の一段目を見た。焦げたパンの匂いだけが入った紙袋。受付印の写し。木剣の横に立てた「渡されなかった」の札。怖がっていい、と半分焦げた紙。名前の空欄。未帰還ターンの糸。どれも小さく、頼りない。けれど、全部が拠点の白い壁に影を落としている。


「覚えてるの、わたしだけじゃなくなったんだ」

「はい」

「ログルも?」

「覚えています」

「ネムも?」

「番号振ったから」

「ベルも?」

「保留書類として管理しています」

「魔王さんも?」

「余は、魔王役墓標の山を忘れられぬ」

「それは胃に悪いね」


 コヨリは少し笑った。笑ったら、胸の奥がきゅっと痛んだ。嬉しいのに、泣きそうになる。何かを取り戻したわけではない。死んだ人が戻ったわけでも、壊れた世界が直ったわけでもない。ただ、消されなかった。それだけなのに、たぶん、その「それだけ」を何百回も欲しかった。


 黒い棚の中央に、まだ空いている段がある。そこへ、ログルの宝石から文字が浮かんだ。


【世界種保存 Lv.1:確定】

【墓標ログ読解 Lv.2:更新】

【残影識別 Lv.1:安定】


 コヨリは深く息を吸った。


「Lv.1かあ」

「上位スキルですが、できることは限定的です」

「説明して」

「保存できるのは、名前の空欄、死因の一部、未完了の一手、残影の輪郭、破棄ログの札などです。本人復活、世界復元、死亡回避はできません」

「できないことが多い」

「だから、使えます」

「強すぎると、神様がまた変な仕様にしそうだしね」

「それもあります」


 その時、白い窓が開いた。アドミニスだ。前より少し遠い位置にいる。気軽に椅子へ腰かけるような軽さはない。


「勇者ちゃん。きみ、また面倒なものを作ったね」

「作ったのは、神様が捨てたものの置き場」

「言い方」

「事実」

「うん。事実だね」


 アドミニスは黒い棚を見た。顔に浮かんだ表情は、怒りではない。警戒と、困惑と、少しだけ安堵が混ざっているように見えた。


「その棚が増えすぎると、シード生成に干渉する」

「じゃあ、ちゃんと説明して」

「説明したら、きみは止まる?」

「止まらない」

「だよね」


 コヨリは窓の前へ立った。背は小さい。神様の窓は高い。それでも、もう見上げるだけではない。足元には拠点のマス目があり、背後には黒い棚がある。ログルが肩に乗り、ネムが番号札を持ち、ベルが書類を構え、ゼルドが腕を組む。


 ひとりではない。


「神様。わたし、七百回以上死んだ」

「知ってる」

「もう八百五十に近い」

「......うん」

「千回目、近いんでしょ」

「近いよ」


 窓の光が少し揺れた。アドミニスは笑わない。


「千回目に何が起きるの」

「まだ確定していない」

「未確定って便利な言葉だね」

「本当に未確定なんだ。きみが、予定と違うものを増やしすぎた」

「褒めてる?」

「困ってる」

「じゃあ褒め言葉」


 ログルの宝石が、勝手に光った。いつもの死因ログではない。もっと深い、管理画面に近い表示。


【千回死亡条件:未確定】

【死亡対象:勇者コヨリ】

【上書き候補:神様仕様】

【必要要素:世界種保存/未完了ターン視認/削除前兆感知/名前・役割分離】


 拠点が、静まり返る。


 コヨリは表示を読んだ。怖くないわけではない。千回死ぬ、という言葉は、数字が大きすぎてギャグみたいだった。でも、もうギャグだけでは済まないところへ来ている。


「ログル」

「はい」

「千回目で、わたしが死ぬ予定?」

「表示上は、そうです」

「でも、上書き候補がある」

「はい。神様仕様を死亡対象にできる可能性があります」

「神様を殺すって意味?」

「神様本人ではなく、死亡判定仕様です」

「仕様なら、殺していい?」

「攻略対象です」

「よし」


 アドミニスが額を押さえた。


「勇者ちゃん、仕様を殺すって言い方、物騒だよ」

「初見殺しは犯罪ってずっと言ってる」

「犯罪では」

「犯罪!」


 コヨリは黒い棚へ向き直り、空いている段へ手を置いた。冷たいと思ったのに、ほんの少し温かい。焦げたパンの匂い、ピヨラの怖い声、アリアの受付印、ゼルドの役割札、名前の空欄。全部がそこにある。


「覚えているのは、わたしだけじゃない」

「はい」

「じゃあ、千回目も、わたしだけで受けない」

「はい」


 コヨリは反省会テーブルの一番目立つところに、新しい紙を貼った。


【千回目の死亡は、わたしの終わりにしない】


 ネムがその下に小さく書く。


【受付保留】


 ベルが印を押す。


【異議申立準備中】


 ゼルドが腕を組む。


【魔王側、証人として待機】


 ログルは、最後に宝石の光で一行を足した。


【相棒、記録継続】


 コヨリはそれを見て、泣きそうな顔で笑った。


「ログル、それちょっとずるい」

「事実です」

「じゃあ、事実ならしょうがないね」


 黒い棚が静かに閉じる。閉じても、消えない。拠点の壁に、新しい部屋の名前が浮かんだ。


【消えたシードの墓場】


 コヨリはその文字へ、そっと手を当てた。


「次は、千回目の条件を見に行く」

「はい」

「神様ァ! 仕様書、今度こそ出して!」

「出せる範囲で」

「全部!」

「困るなあ」

「困れええええええええええ!」


 拠点に、久しぶりに大きなツッコミが響いた。ここなら大声を出しても、墓標は動かない。仲間たちが一斉に笑ったので、コヨリも少しだけ胸を張った。


 八百五十回近く死んでも、まだ終わりではない。


 むしろ、ようやく神様の仕様へ手が届き始めていた。


【登場人物紹介】

コヨリ:消えたシードを拠点に保存し、千回目の死亡を自分の終わりにしないと決める。

ログル:記録対象としてではなく、相棒として記録を続ける解析神獣。

ネム:死亡受付を保留にする死神。番号を振ることが、消さない抵抗になる。

ゼルド/ベル:魔王側の証人と事務方として、神様仕様への異議申立に備える。

アドミニス:警戒しつつも、コヨリの作った棚を否定しきれない主神。


【今回の勇者ステータス】

死亡回数:842回 → 850回

クラス:帰還者候補/死因学者系統

基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動ワンターン・ワンアクション


【獲得済み主要スキル】

【死因学習 Lv.3】【足元確認 Lv.5】【未識別警戒 Lv.5】【ミミック警戒 Lv.2】

【総合盤面確認 Lv.2】【帰還門感知 Lv.3】【ログ管理 Lv.2】【一フレームの神様 Lv.2】

【神様操作前兆 Lv.1】【滅亡前兆視認 Lv.1】【滅亡原因分類 Lv.2】【消えたシード保存 Lv.1】

【世界の死因学習 Lv.1】


【今回の新規獲得・更新】

新規獲得:【世界種保存 Lv.1】

更新:【墓標ログ読解 Lv.1】→【墓標ログ読解 Lv.2】

安定化:【残影識別 Lv.1】


【新規拠点施設】

【消えたシードの墓場】

【墓標ログ分類台】

【残影棚】

【未帰還ターン保管箱】

【破棄ログ調査中箱】


【次章への接続】

千回死亡条件が未確定化。死亡対象を【勇者コヨリ】から【神様仕様】へ上書きできる可能性が見えた。


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