■スピンオフ:「三尺」
机の上。
スマホの画面。
拡大された写真。
古びた紙。
かすれた文字。
『其ノ寸法、三尺ニシテ整然トス』
「……三尺」
呟く。
数字じゃない。
単位。
昔の。
だが。
頭の中で、引っかかる。
「……整然?」
整っている。
揃っている。
バラバラじゃない。
——規則がある。
「……」
視線が、止まる。
あの光景。
暗転。
赤い点。
格子。
「……まさか」
椅子が、軋む。
立ち上がる。
部屋の隅。
工具箱。
ほとんど使っていない。
中を開ける。
メジャー。
黄色いテープ。
「……これで」
手に取る。
冷たい。
現実の重さ。
「……測れるんか?」
誰に言うでもなく、呟く。
答えはない。
それでも。
確かめるしかない。
外。
昼。
人通りは、そこそこある。
いつもの道。
いつもの電柱。
「……」
立ち止まる。
周りを見る。
誰も気にしていない。
ただの通行人。
ただの風景。
「……」
手を伸ばす。
電柱。
触れる。
——暗転。
黒。
無音。
そして。
赤。
——REC。
点が、広がる。
等間隔。
規則的。
空間を埋める。
格子。
「……」
息を、止める。
やっぱり。
揃っている。
だが——
「……測られへん」
当たり前だ。
ここでは。
触れられない。
現実じゃない。
手を離す。
——戻る。
視界が、戻る。
昼。
車の音。
人の声。
現実。
「……」
ポケットから、メジャーを取り出す。
カチ、と音を立てる。
テープを引き出す。
スルスルと伸びる。
黄色い帯。
「……どこや」
空間を見る。
何もない。
だが。
さっきまで、あった。
確かに。
「……このへん」
感覚で、位置を決める。
端を、固定する。
もう片方を伸ばす。
ピン、と張る。
……が。
すぐに。
ベロン。
折れる。
「……っ」
舌打ち。
もう一度。
伸ばす。
今度は、少し低く。
固定。
慎重に。
……ベロン。
「……なんやねん」
小さく吐き捨てる。
通行人の視線。
ちらり。
ちらり。
明らかに、変な目。
道路脇で、空中に向かってメジャーを伸ばしている男。
意味不明。
「……」
気にしない。
無視。
もう一度。
位置を変える。
角度を変える。
縦。
横。
斜め。
何度も。
何度も。
ベロン。
ベロン。
ベロン。
「……くそ」
息が荒くなる。
だが。
やめない。
ここまで来て。
やめる理由がない。
「……」
深く、息を吸う。
目を閉じる。
位置を、思い出す。
赤い点。
格子。
距離。
間隔。
「……ここや」
目を開く。
今度は、迷いがない。
端を固定。
もう片方を、ゆっくり伸ばす。
張る。
止まる。
……折れない。
「……っ」
そのまま。
手を、離す。
——触れる。
暗転。
赤。
点。
格子。
その中に。
さっきの自分。
メジャーを持った姿。
「……」
すぐに、右側を押す。
早送り。
景色が流れる。
時間が跳ぶ。
さらに。
さらに。
「……どんだけ前やねん……っ」
こめかみが、痛む。
ズキズキと。
強くなる。
それでも。
止めない。
探す。
数分前。
さっきの自分。
メジャーを伸ばしている瞬間。
「……あった」
止める。
ゆっくり。
再生。
視線を、凝らす。
赤い点。
メジャー。
目盛り。
重なる。
「……」
息を、止める。
確認。
もう一度。
別の角度。
縦。
横。
斜め。
全部。
見る。
「……」
そして。
呟く。
「……同じや」
全部。
同じ間隔。
ズレがない。
誤差もない。
「……」
数字を読む。
目盛り。
位置。
距離。
「……910……?」
一瞬、止まる。
頭の中で、繋がる。
古文書。
三尺。
「……」
ゆっくりと、口が動く。
「……三尺か」
その瞬間。
背中が、冷たくなる。
自然じゃない。
偶然じゃない。
これは——
揃えられている。
誰かに。
何かに。
「……」
赤い点が、広がる。
無限に。
規則的に。
世界を埋めるように。
「……」
理解が、追いつく。
これは。
記録じゃない。
ただの現象でもない。
もっと。
根本的な。
構造。
「……」
視界の端。
赤い点。
——REC。
それが。
今までとは、まったく違う意味を持って。
そこにあった。




