魔女の器は穢れて黒く
「――何故…とは、どう言う意味だ」
俺は今、目の前にしている〝穢れた娘〟へそう言いながら、観察を始める。
姿形はやはり、推察の通り〝リリア王女〟と合致していた…目鼻立ちは整い、本来は上等な物だろう白い寝間着を着た少女は、その身体を呪いの泥で黒く汚していなければ〝美少女〟と断言出来ただろう…故に〝穢れた娘〟と、俺は最初にそう思った。
『何故……貴方がソレを…持っている…』
俺の問いに、少女はそう答える…いや、或いはソレは独り言だったのかも知れない…彼女の声は酷く冷たく…心臓を握り潰す様な強い殺意が俺を貫き…周囲の屍肉の壁や床から伸びた手が、俺を捕らえようとしていた。
「――落ち着け、レリオットは無事だ…死んでいない」
俺がそう言うと…その言葉に壁と床の屍肉が動きを止める。
「コレはレリオットから借り受けた…〝お前〟を探す為だ」
『……』
俺はそう続け、リリアを見る…その視線は色褪せていたが確かに俺を捉え、何かを探しているのか…俺へ視線を注いだまま…小さく紡ぐ。
『……〝悪竜の人〟…貴方を…私は知っている』
「嗚呼…〝何度も〟会ったからな」
リリアの言葉の意味を理解し、俺はそう言うとリリアは俺に指を指す。
『――貴方は…触れた、〝魔女の呪い〟に…呪いは深く、貴方の心臓に根を張り…やがて私と同じ様に…御免なさい、私にはもう、私の身体を制御する事が出来無い』
リリアがそう言うと、俺の身体に黒い痣が生まれ…ソレは身体を細胞一つ分這い進む度、常人には耐え難い苦痛を与える…。
『――〝苦痛の呪い〟…私が貴方へ施す呪い、貴方の〝眠り〟を遠ざける〝防壁〟…ソレは魔女の呪いを喰らい、その力を中和する』
「――ッ……〝成る程〟」
『けれど、急いで…もう〝猶予〟は無い…〝魔女〟は〝鼠〟に勘付いた』
リリアがそう告げると、その瞬間屍肉の世界は蠢動し…その肉壁を掻き分けながら〝黒い霧〟が出現する。
『〝魔女の残滓〟…古い昔の〝魔女の使い〟…願われたのは――』
〝魔女の甦り〟
リリアがそう言うと、瘴気の〝獣〟はその声に反応し、リリアへ迫る…。
「ッ――させるか…!」
そんな獣の動きに、俺は体勢を立て直してリリアの前に立ち塞がる。
『――〝無意味〟よ…アレは〝実体〟無く…この場所に有っては〝姿形〟等意味を持たない』
しかし、そんな俺の行動を嘲る様に奴はその姿を霧散させ…俺の身体を透過するとリリアの身体を掴む。
「ッ――待て…!」
リリアを摑み取ると、奴の身体が死肉の中に沈んでいく…その穴から噴き出した暗闇は、俺を覆い隠し…リリアの姿を眩ませる…。
『――私にも、〝魔女の居場所〟は分からない…でも、〝魔女はこの街の全てを視て、獣は待ちの外には出られない〟』
「ッ…!」
『――急いで、魔女の産声は近い…そして――』
『■■■■■』
最後の言葉は、聞こえなかった…リリアが消えた空間は、やがて黒く暗い〝瘴気の霧〟に満たされ…視界には何も映らなくなる…しかしそんな状態が長く続く事はなかった。
――ブワッ――
瞬間、暗闇の中…俺の胸、心臓から〝光〟が差す…ソレは俺を包むように暗闇を白く染めると…その瞬間、俺は引っ張られる様な感覚と共に、全身が軽く成る…。
「――ギャウッ!」
意識の混濁に妨げられていた覚醒は、ウィゴーの体当たりによって引き起こされる……目を覚ますと、其処は聖域だった。
「――コレは…成る程…〝ルイーナ〟か…」
俺は身体を起こし、此方へ駆け寄るアイリスとアンフォート…追って此方へやって来るルイーナの姿を見て、ルイーナ等が何をしたのか理解する。
「――〝ありがとう〟…助かった」
俺がそう言うと、ルイーナは険しい顔を少し緩ませながら、溜め息と共に俺へ言う。
「御前様は本当に…ハァァッ…――言いたいことは色々有るが…どうじゃった、〝収穫〟は?」
その言葉に俺は頷き…皆へ告げる。
「〝魔女の狙い〟が分かった…それと〝時間〟が無い」
俺がそう言うと、場の空気は一瞬張り詰める…しかし、そんな空気の中でもルイーナは変わらぬ口調で話を進めてゆく。
「――ならば直ぐに出立じゃな…〝場所の目星〟は?」
「…恐らくだが〝一つ〟だけ心当たりが有る」
「良い…では早速向かおうか…と、言いたい所じゃが」
その言葉に俺が起き上がろうとした…しかし、その時…俺の動きを止めるようにルイーナが俺の前に立ち…その手で俺の胸へ触れる。
「――御前様よ、服を脱げ…御前様の身体にはまだ、呪詛の滓が残っておる…ソレを取り除いてから向かうべきじゃ」
「……そうだな、頼めるか」
「――任せておけ」
ルイーナが浄化を俺へ施している間…俺は先程起きた、聞いた〝事実〟を仲間達へ共有し…俺達が果たすべき〝目的〟を新たにする…。
そして、その後俺達は…既に役目を終えた聖域を立ち去り…〝魔女の潜む場所〟へと、その歩を進めるのだった…。
○●○●○●
――ゴオォォォンッ――
場所は変わって…其処は〝街の何処か〟…重く響く刻を告げる鐘の音が届く〝場所〟…その仄暗く、滅多に人の立ち入らないその場所に…ソレは〝居た〟…。
――ザッ……ザッ……ザッ……――
ソレは、重い足をゆっくりと動かしなが…前へ彷徨う〝亡霊〟の姿…その姿には意志が感じられず…まるで無理矢理に突き動かされる人形の様に亡霊は…〝目の前〟のソレを見ながら、その姿を変える…。
――ゴッ、ゴボッ…――
ソレは悍ましく塊、泥の様に形を変える〝獣〟の姿…ソレが、六つの紅い目を歪めながら一歩…また一歩と歩を進め…その身体から〝邪悪〟な〝悪意〟を立ち上らせる……その悪意は指向性を持って漂い…〝ソレ〟へ渦巻き始めると、獣の顔は更に醜く歪み…〝ソレ〟は妖しく輝き始める……そして、そんな光景に獣が満足気に目を歪ませていた……その時。
――カッ――
石畳を突く…靴底の音が、静寂の中に木霊した。




