微睡む人と月の抱擁
――バサッ――
「――後数cm進んで居れば心臓に穴が空いていたぞ…レイド」
「――嗚呼、〝油断した〟よ…言い訳になるが、まさか浄化でも死なない死霊が居るとは思わなかった…ソレも〝街中〟でとはな…」
宿に戻って直ぐ、俺はルイーナの治癒を受けながらベッドに座り込む…その視線はルイーナへ向け、彼女へ感謝の言葉を紡いではいるが…その思考は〝先程の出来事〟へと傾いて居た。
「――〝死霊〟が居た、ただの死霊じゃ無い…〝高位〟相当の再生と身体能力を有した死霊だ」
「……真か?」
「嗚呼…本来街には魔物の侵入を探知、抑制する〝大型魔導具〟が街の中心に設置されている…街の守りの要、それも王都を護る代物を程度の低い魔導具で賄う筈が無い…だと言うのに、この街には今…推定〝Aランク相当〟の死霊が潜んでいる…」
――キィィッ――
俺の独り言紛いの言葉が室内を巡る…その最中、ふと扉が軋みを上げて開き…其処からは食事の山をトレイに載せたアイリスと、湯と布、そして幾つかの薬を籠に入れたアンフォートが姿を現し、俺の言葉に疑問を返す。
「――でもソレって可笑しいわよね、そんな死霊が居るなら先ず〝結界〟が探知してる筈だし、そもそもこの街の大半の人が殺されるわよ」
その言葉に俺は頷きつつ、アイリスの言葉に推測を返す。
「嗚呼……だからこそ、彼奴は〝異界〟に俺を引き摺り込んだんだろう…最上位の結界術、並大抵の術では無いソレを扱えるのは、その術に特化した〝高位の魔術師〟…〝賢者〟、〝魔女〟の類だけだ」
「―そんな魔術を高位相当とは言え死霊が…?」
俺の発言に今度はアンフォートがそう疑問を浮かべ、その疑問を今度はルイーナが応える。
「ふむ……高位の死霊…その中でも〝亡霊の賢者〟に分類される個体なら…或いは可能だとは思う…が、どうじゃ御前様…御前様の目から見てソレはその手の死霊だったのか?」
そして俺へ問うその質問に、俺は首を横に振り…アイリスから渡された食事を呑み込み、答える。
「いや、アレは何方かと言えば〝屍食鬼〟に近い〝近接型の死霊〟だった…魔術の類を扱う気配はなかったな」
俺がそう返すと、ルイーナは成る程と頷き…ソレから情報を纏める。
「つまり敵は〝高位の死霊〟相当の力を持つ〝屍食鬼〟に近い個体で、且つ獲物を〝異界〟に引き摺り込み、此方側から上手く隠れ潜んでいる…と――先ず間違い無く〝死霊術〟で創られた個体じゃろうな」
「だろうな、〝異界を形成する術式〟は別口の手段だろう…最近多発していると聞く〝行方不明〟も、此奴の関与が原因の一助かも知れん……何より」
ルイーナの言葉を引き継ぎ、俺はそう言い…少し離れた窓から見える〝王城〟を見て…言う。
「――〝そのレベルの術者〟が存在しているなら…〝俺達の目的〟に噛んでいる可能性が高い…コレを調べない手は無い」
俺はそう言うと、アンフォートへ窓の扉を開くよう頼む。
――カチャンッ――
アンフォートが窓を開くと、夜風が冷たく俺達の頬を撫で…少しの静寂で室内を満たす…ソレから少しして――。
――バサバサバサッ――
夜闇から切り取られたかの様な〝艶闇の鴉〟が窓辺から此方を覗き込むと、俺を認識したのか此方へ飛んで来る。
「――〝良し〟……都合良く、〝向こう〟も俺達に用件が出来たらしいな」
鴉の脚には小さな枷と〝手紙〟が綴られており、ソレを手にして流し読む…そして風が俺達の方へ流ている事を感じると…その手紙を他の三人と一匹へ渡す…其処には。
――――――
レイド・バルクレム様へ
〝明日の正午王城へ来られたし、話は通しておく〟……との事です。
レリオットより。
――――――
短く、そして決して首を横に振らせないと言う意思を感じる女王の言葉と、ソレを代筆した執事の様子が有り有りと目に浮かぶ様な内容が、刻まれていた。
「返答は不要だろう…向こうも此方の用件はある程度見当が付いている筈だ…それよりも、明日の予定はもう決めている…お前達も今の内に休んでおけ…最悪、お前達の力も借りるかも知れんからな」
俺がそう言うと…三人は頷き…其々の部屋へ帰って行く…そして、一悶着有った一日は終え…俺もまた眠りに就く――のだが。
――モゾッ――
「……何をしてる、〝ルイーナ〟」
「――何じゃまだ寝てないのか」
俺は眠りに落ちる間際、己の身体に身を寄せるルイーナへ目を向け、問う。
「――今寝る所だった…お前が居なければな」
「ほほう?…〝今夜は寝かさない〟…と?」
「――生憎今はその手の欲は湧かん、諦めろ」
悪戯に笑うルイーナへそう言うと、彼女はその顔をつまらなそうに変えて、その豊満な身体を俺に押し付けて悪態を吐く。
「何じゃつまらん…〝英雄色を好む〟と言うのに、貴様はつくづく〝無色〟よな」
「――それよりも、何故此処に居る…お前達の部屋の方が上等だろう」
「妾とて偶には安部屋の硬い寝具が恋しい物よ…ソレに、最近は御前様と眠る事も少なくなってきたからの…折角の機会じゃ偶には良かろう」
「……ヴィゴーは?」
「今日はアイリス等の所じゃ」
クスクスと笑うルイーナの言葉に、俺は少し考え…ソレから、ルイーナの我儘に降参の意を示す。
「ハァ…何も期待はするなよ、ただ眠るだけだ」
「なに、それでも良いわ…こうして御前様と一夜を明かせるならのう…」
俺はルイーナへそう言うと、そのまま眠りに就く…微睡みがやがて俺達を包む中…ふと、ルイーナが俺の身体を抱き…小さく呟く。
「あまり妾を心配させてくれるなよ…レイド」
「……あぁ……いつも世話になる」
その言葉に、俺はそう返し……ルイーナの抱擁に応えながら…微睡み、温かい闇の中に…その意識を浸からせた…。
眠り落ちる俺達を冷たくも穏やかな月の光が照らし…俺達の夜は静かに過ぎて行った…。




