初めての停滞
二十六層
ウェアウルフが蔓延る階層にて
「「ガルルルル」」
「ワンワンヲ!!」
唸るウェアウルフと組み合う冒険者が一人。
筋肉が悲鳴を上げるのではないかと思ってしまう程の力と力の比べあい。
だが人間のそれと比べて、モンスターの力ははるかに強大。
レベルという絶対的な差はあれど、冒険者側が勝てるはずもない。
「やっぱ無理か!」
冒険者・・・戸村宗次は力比べに負けていると早々に判断し、巴投げの要領で遠くに投げ飛ばす。
その隙にもう一体。明らかに自分以外の何かを見ている個体に駆け寄り『赫爪』の刃で喉を切り裂く。
「日坂さんやっぱバレてるわ!」
「だよねー!!」
ウェアウルフの見ていた先。木の裏側には大きな鞄を背負った日坂巡がいた。
隠れることが得意な彼女は、この場でも見事に姿は隠せていた。
だがウェアウルフは鼻が利くため、姿が見えずとも誰かがいることを分かっていたのだ。
一応それは分かっていたのか、特に慌てることなく日坂は近くの階段まで逃走する。
その間にもう一体。投げ飛ばしたウェアウルフが戻って来たので普通に倒してしまう。
いくら力が強くても、動きが俊敏でも。直線的な動きでは彼と戦うことすら出来ないのだ。
戦闘が終わると、油断せずに周囲を確認して自らも階段の方へ向かう。
先に待っていた日坂から水を受け取り、一息つくと互いに合わせたかのように同じ言葉を放った。
「「帰ろう!!」」
ルミたちのクエストが終わると、そこからは結構な頻度で様々なクエストが回ってくるようになった。
大体は納品系・・・特定のドロップ品を手に入れてほしいとかなのだが。
それらは俺達の専属サポート浮島さんを通じて俺達に来る。
そして大体そういったものは、俺達が普段いる駅前のダンジョンで手に入らない物がほとんど。
実力がある冒険者は、供給の少ないドロップ品。つまり人気のないダンジョンの品々を要求されるのが普通・・・らしい。
まぁ受けてないんですけど。だって遠いし。
何で態々新幹線に乗ってまで行かねばならないのだ。
でも一応駅前のダンジョン、または近くにあるダンジョンのクエストはちょくちょく受けていた。
その結果、俺達の知名度の向上と、日坂さんのバッグの宣伝という形に結び付いた。
冒険者家業として見れば、俺達は順風満帆。
誰もが羨むお金持ち・・・になる。
だけど俺の目的はお金持ちになる事じゃない。
強くなって、ムサシに勝つことだ。
その為に日々励み、新しい階層にも挑んだのだが・・・
「無理っすねあれ」
「ちょーっと厳しいかも・・・私が」
「うーん。どうするか」
二十層のボス。リザードマンも難なく突破し、二十五層まで辿り着いた俺達。
そこまでのワープが可能になった時点で、かなり楽が出来るといえる。
だがその先、二十六層が問題だった。
そこのモンスターは狼人間・・・ウェアウルフなのだが、こいつらのモンスターとしての特性が厄介だった。
なんと、限定的ではあるが隠れた日坂さんを見つけることが出来てしまうのだ。
しかもそこそこ強く、一対一なら何も問題は無いが複数いられると倒すのに少し時間が掛かる。
これが纏めて速攻で倒せるなら日坂さんを守りながらとう選択が取れるのだが・・・
「レベル帯的にも、相手の強さ的にも暫く滞在したいんですよねぇ」
「うーん。やっぱり私置いていった方が良くない?」
「それだと三十まで俺一人になるじゃないですか」
「そこはほら。軽く越えられる様になったら私を運んでもらえば」
ワープ部屋は必ず一度は通過した階層じゃないと移動できない。
つまり俺が三十まで辿り着いたとしても、日坂さんはそこまでワープ出来ないのだ。
「まぁ今はもうお金に困ってないからそれは良いんでしょうけども・・・」
「ほら。その分私がお弁当とか作るから!」
「心が揺らぐぅ」
ダンジョンの入り口がある建物のほど近くの喫茶店にて今は休んでいる。
一口紅茶を飲めば、疲れた体に染みる甘さを感じちょっとだけ元気になった気がしてくる。
日坂さんが俺とダンジョンに一緒に潜る理由は、初めはお金の為だった。
お母さんの病気と、家族を養うために必死だったのはまだ記憶に新しい。
だがそれ自体は最初の一、二週間で解決している。というかした。
リアが高額で鎧蜘蛛の糸を買い取ってくれたおかげだ。
さらにその後、日坂さんの持つスキル「鞄拡大」の効果が強くなり、
自分が身に着けていない状態でも鞄の容量が大きなままで保たれるようになった。
それが冒険者協会によって超高額での買い取りが行われた為、さらに貯蓄は増大。
なので無理にダンジョンに潜る必要はもはや無い。
それでも一緒に来てくれているのは、俺を一人には出来ないからなのだが・・・
「むむむっ。でも日坂さんが危ない目に合うのは・・・」
俺も一緒にいてくれるのはうれしい。
だけどその為だけに危ない目に合わせるのは・・・って感じが今。
「私が使えるような、身を隠せる道具があれば良いんだけど」
「お金でどうにか出来るならどうにか出来るんですけどね」
「まぁ出回らないよねぇ」
二人してため息が出る。
日坂さんが使えるような身を隠せる道具。
つまりは魔法の力が込められた道具なのだが、これが非常に高い。
それでも日坂さんの鞄を売ることで得た大金を使えばそこは問題では無くなる。
問題は、そもそもそういった道具が売りに出ないということだ。
「ほら。冒険者用のオークションにも全然ない」
日坂さんが自分の携帯の画面を見せてくれる。
そこに映っているのは、ネットオークションの画面だ。
昔身を隠すためのマントが出品されていたのだが、最終出品は一年前になっている。
そもそも魔法の力が込められた道具が出品されたのが数か月前とかいうレベルなのだが・・・
まぁそれだけ貴重品というわけだ。
下手するとスキルブックよりはるかに需要が高い可能性すらある。
「はぁ~・・・仕方ないか」
「あはは。何かごめんね?」
「いや謝るようなことじゃないですけど」
隠れられない以上、日坂さんが危険な目に合うのは避けられない。
それは俺の意思より重要なことだ。
・・・かなーり嫌な感じではあるけど。
「せめて俺がもっと楽に倒せればなぁ」
「それなんだけど戸村君」
「はい?」
「武器。どうするの?」
「あー・・・どうしましょうかねぇ」
悩みがまだあったことを思い出してテーブルの上にゆっくりと倒れる。
むしろこっちの方が悩みとしては大きいかも。
「赫爪も弱くない・・・てか何なら未だに強いんですけど」
「やっぱり難しいんだね」
「間合いが伸びるのは良いんですけど。いかんせん一撃が軽くって」
『赫爪』はニ十層で佐々木さんが手に入れたドロップ装備。
それを譲ってもらったのだが、今の冒険者全体で見ても使われている装備の中では上位に入るだろう。
だけど間違っちゃいけないのだが『赫爪』はあくまでも篭手。武器じゃない。
かぎ爪って見方も出来なくもないが、それでもやっぱりメインは張れない。そもそもそういう用途じゃないから。
これがゲーム内。アークオリンピアで俺が使ってる装備くらい大きな爪だったらよかったんだけど。
「そういえば私、戸村君が言ってる爪?ってみたことないかも」
「あ、これです」
「・・・え、本当におっきいね」
「竜の爪って呼ばれ方する時もありますね」
デカい、固い、鋭い、重いの四拍子そろった素晴らしい武器だ。
今俺に必要なのはこの重さだ。
俺は結構機敏に動く戦いを好むが、攻撃力という点では一撃の重さを重視してる。
赫爪は鋭さはあるんだが重さって点ではどうしても足らない。
なのでデカい・・・は二の次でも良いけど、重い武器は絶対に欲しい。
それもかなり良い性能のものが。
「オークションに何か出てます?」
「うーん・・・無いかなぁ」
「まぁですよねー」
大体ニ十層以降で通用する武器は、どこかの冒険者が手に入れてくる。
そしてそういった冒険者は俺達と同じくプロで、どこかの企業がスポンサーとしてついている。
だから手に入れた武器はオークションにも出てこない。
同じ企業がサポートしている、他の冒険者に回されるのだ。
そもそも武器が中々出てこない都合上、滅多にその機会も無いのだが。
「会社に問い合わせは?」
「したけど都合よくは」
「やっぱりこれも難しいよね」
当然七瀬スポーツにも確認の連絡はとったが、残念なことに在庫は無しと。
ちなみにだが、普通の冒険者はこんなことで悩まない。
いや。武器や何だと悩むことはあるが俺達ほど深刻じゃない。
そのうち何とかなればいいなーくらいに考えるのが普通だ。
それは俺達と他の冒険者の探索速度の違いが原因だ。
俺達・・・というか俺は一人で戦って一人で経験値を独占するのでレベルが上がるのが早い。
だからその分下に行く速度も速くなる。結果、装備やらの更新頻度が短くなると。
そして俺みたいに悩むわけだ。
じゃあ進む速度を遅くすればいいって?行くだけなら行けるのにそれはなぁ。
「しばらくは二十層でボス周回とかする?」
「・・・それしかないかぁ」
あぁ。まさかこんなところで停滞が来るとは。




