vs狂戦士
(やはり、正面からは無理か・・・)
狭い部屋で勢いよく投げられたスーパーボールの様に動く目の前の黒い影。
その度に地面は爆ぜ、木々は砕かれ、空気が破裂する。
もはやそれの形を目で追うことは不可能。
アーサーは相手に合わせて加速する思考の中で改めてそれを理解した。
【アークオリンピア】というゲームにおいて、プレイヤーのステータスを決めるのは何か。
まず前提として、基本的な能力はどのプレイヤーも変わらない。
そこから追加される【アビリティ】を付けていくことで各々の差が出てくるのだ。
このアビリティは多種多様なものがある。
純粋に身体強化を上げるものから、一風変わった技を使用可能にするものまで。
これの組み合わせが、結果としてプレイヤーの能力差を生み出しているのだ。
アーサーは基本的に身体強化のアビリティの他、
シールドを相手に叩きつけ吹き飛ばす【シールドバッシュ】
武器に光の攻撃属性をエンチャントする【ライトエンチャント】
攻撃時のみ光を纏わせることで火力を上げた一撃を放つ【ホーリーセイバー】
これらのアビリティを装備していることが多い。
状況やイベントの制限次第で変わることはあるが、基本となる部分はこれになる。
では対して蒼セカンドのアビリティはどうなっているか。
彼の基礎となるアビリティの組み合わせは、身体強化のみである。
これは他の部分が自由なのではなく、すべてをその関係アビリティで埋めているのだ。
同名のアビリティは同時にセットできないというゲームの仕様がある為、同じ強化アビリティではない。
だがこんな組み合わせで戦うのは、はっきり言えば正気の沙汰ではない。
身体強化アビリティ以外が無いということは、すべての戦闘行動をゲームの補助無しに行う必要があるからだ。
剣を振るうにも、矢を放つにも、魔法の詠唱をするにも。
全ての行動はゲーム内のAIによる補助が存在している。
故に素人でも最初からある程度戦えるし、ゲームとして形になるのだ。
しかし蒼セカンドはゲームを始めてからこの補助を一切受けていない。
理由は単純。その方が強かったから。それが彼の異常な才能を示している。
「■■!!」
「はっ!」
黒い衝撃波がアーサーに襲い掛かるが、アーサーはそれをエンチャントを施した盾で受け止める。
その蒼セカンドが、今回のイベントでアーツアビリティを使っている。
今イベントエリアにいる彼らには分からないことだが、その事実はこのイベントを外で見ている者達は驚いていた。
アーサーも、内心では驚いているので例外ではない。
だが予想を完全に外れているかというと、そうではない。
彼は最悪の状況としてそれを予想していた。
ダンジョンに赴き、現実の死と向き合った彼ならばやりかねないと。
全方位から何発も撃ち込まれる衝撃波。
【シャウトバースト】
雄叫びをあげ、範囲内の敵にダメージを与えるアビリティ。
それに範囲を絞り込み一定方向に集中させるアビリティも組み込んでいる。
だがそれでいて身体能力が落ちたような様子はない。
それはつまり・・・
「攻撃補正のアビリティを抜いたのか!!」
「ダイ、セイカイ」
「くっ!?」
衝撃波を再び盾で防いだと同時に、背後から凶刃が迫る。
それをアーサーが剣で受け止めると、逆に押し返そうと力を籠める。
だがアーサーの予想とは裏腹に、自身の体が吹き飛ばされた。
アーツアビリティは遠距離攻撃の手段が無かったのを補うため。
その為に今まで搭載していた、攻撃時、相手に与えるダメージに補正を掛けるアビリティを抜いた。
このアビリティはよっぽどのことがない限り、ほとんどのプレイヤーは搭載するものだ。
ならそれを抜いた蒼セカンドは攻撃力が不足しているのか。
そう考えるのには、今アーサーが吹き飛ばされたことへの説明がつかない。
「今のは」
「■■■!!!」
「考える暇はくれないか・・・!!」
アビリティの発動前兆を見て即座に後ろにジャンプする。
次の瞬間、彼が先程まで立っていた地面が抉れるように吹き飛ぶ。
シャウト周りには補正が見える。
だが彼自身の力や攻撃力が落ちた様子は見えない。
アーサーは全方位から襲いくる殺意の権化の圧倒的な圧力の中、思考を止めない。
もしそれを止め、彼の成長がこちらを上回れば一瞬で持ってかれる。
数年来の付き合い。何度も戦ったことでアーサーは彼を信頼しているからこその確信があった。
だがアーサーとて一方的にやられているわけではない。
アーツアビリティにはクールタイムが存在する。
【シャウトバースト】はクールタイムが短いアビリティだが、全く無いわけではない。
その一瞬だけはアーサーが好きに動ける。
当然何もさせはしないと蒼はその大爪で一撃を狙ってくる。
それに合わせて、アーサーもアビリティを発動する。
「【シールドバッシュ】」
「チッ!」
盾に爪が当たる瞬間に発動。
すると盾が光りだし、それと共に蒼の体が後ろに飛ばされる。
エンチャントも付与された盾で行われるシールドバッシュは、少ないながらも蒼へダメージを与えることに成功している。
それにより蒼の体力は削られるが、決定打にはならない。
常に通用するなら同じことを繰り返せばいいだけだが、そも出来ない。
そもそも【シールドバッシュ】の成功率は、蒼相手の場合三割以下だ。
「ウットウシイ・・・」
「それはどうも」
既に二度弾くことに成功している。
これは一度の戦闘の中では最高回数だ。
蒼が直感で攻撃を中断したものが無ければ、さらに二回は追加されていただろう。
今日この場の為だけに策を張り巡らせたアーサー。
当然気合も集中力も普段の比ではない。
それがここにきて、蒼に鬱陶しいと感じさせる程の強みとなっている。
しかし、このままいけば敗北するのは間違いなく自分だと、アーサーは感じ取っていた。
(思ってたより消耗が大きい・・・かな)
身体能力自体は変わらないとはいえ、攻撃の勢いと威力が変わらない。
場合によっては今までより上回っている点すら見える。
これははっきり言って想定外だった。
アーサーの集中力は、自身が発揮しているポテンシャルと合わせて猛烈な勢いで減少していた。
「デモ、マダダァ!!」
「ッ。【ホーリーセイバー】!」
「オセェ!!」
振るわれた光の刃を飛び越えて蒼が迫る。
アーサーもそれが分かっていたのか、すぐに盾を構えなおして迎撃の構えを取る。
「【シールドb】」
「ヨメテンダヨォ!」
「なっ!?」
バッシュを行うために前に突き出された盾と爪はぶつかることは無かった。
爪は盾の上側にひっかける様に伸びると、そのまま一気に縮んで盾ごとアーサーの体を引っ張る。
一瞬抵抗するか盾を離すかの判断に悩んでしまったアーサーは、どちらも中途半端になるという一番やってはいけないことをしてしまった。
その隙を蒼は逃さない。引っ張れたのを確認するや否やジャンプしアーサーの体を飛び越えると同時に両手の爪が振るわれた。
「ぐわっ!?」
「・・・アン?」
蒼の感覚では、今のは間違いなく致命の一撃だったはず。
だが手ごたえがまるでない。何か別の固いものにぶつかったような感じがしている。
その感覚の正体自体はすぐに分かった。アーサーの剣だ。
姿勢を崩され、無防備に攻撃を受けるはずだったアーサー。
だが自分の失策を理解した瞬間、剣を体と爪の間に潜り込ませたのだ。
それが成功し、振るわれた爪は体に直撃することなかった。
「悪足ガキ」
「ハァ・・・ハァ・・・だろうね」
蒼の言う通りだった。
アーサーは今の攻防で体力の四割を削られた。
ただでさえ攻撃力の高い蒼を相手するのに、これは致命的だと言っていい。
防いでも余波で削られるほどの高攻撃力。それがあるからこそ、蒼の場合防御という選択をしてはいけない。
アーサーの様にエンチャントで防御能力を上げられるような手段を採用すれば話は別だが、それにはプレイヤーとして高い能力が必要となる。
いずれにしても、今の状態ではそれがあっても意味は無い。
もはや天秤は完全に蒼に傾いた。
アーサー自身もそれを理解していた。
蒼はこのまま一気にとどめを刺さんと、爪を巨大化させて突撃してくる。
大地を砕きながら、迫る黒い鎧。
自らが敗北したことを、アーサーはそれを見ながらぼんやりと考えていた。
「ああ、また負けたか・・・」
今まで何度負けたか分からない。
それで諦めるようなことは無い。だがそれでも、ここまで準備をしたのだから勝ちたかったという思いは確かにあった。
その感情が、アーサーの体を動かした。
「ハ?」
「え?」
いつの間にか盾がまたきちんと握られていた。
ゆっくりと見える蒼の動き、それに合わせる様にアーサーの体も動き出す。
盾を構え、爪がぶつかると同時に斜めにズラす。
その動きは、アーサーが普段使うものではない。どちらかと言えば、ムサシやロメがやっていたような受け流しであった。
蒼は自らの攻撃が、どこかの誰かの技で受け流されたのを理解した瞬間に身体能力を使用したゴリ押しで距離を取る。
これがアーサーでは無かったら、今ので敗北していた。
「・・・ハハハ。何だ。僕も結構やるじゃないか」
「ンダ。イマさら、だろうが馬鹿が」
「え?」
「ふぅー・・・お前がなに焦ってんのか知らねぇけど。下らねぇこと考えて俺に勝てる訳ねぇだろ」
「・・・」
「策がなんだは構わねぇけど。ここまで来たら真面目にやれや」
「・・・ハハ。ハハハハハ!!!」
「その方が楽しいだロウガ!!」
「その通りだね!!!」
二度目の正面衝突。
今度も吹き飛ばされるのはアーサー。
だが今回はそこで終わらなかった。
「【ホーリーセイバー】!!」
「ナッ!?」
空中で吹き飛ばされたまま姿勢を立て直し、不安定な状態でアーツを放つ。
追撃の為に前に出た蒼はそれを避けることは出来ない。
辛うじて爪で受け止めるが、今回のイベントで初めてとなる大きなダメージを負うこととなった。
「前提で動く・・・これ結構難しいね」
「ヨクイウゼ」
アーツアビリティを放つにはそれなりの集中力が必要となる。
姿勢が崩れた状態、それも空中にいる時にそれを行うのは不可能に近い。
実際アーサーも常時それが出来るわけではない。
ただ今回は、確実に正面からぶつかり、そのまま自分が飛ばされる所まで読んだからこそ、心構えが出来ていた。
故に成功した。ムサシと何度も戦う蒼ですら、今までやったことのない荒業だ。
「いやすまない。君の言う通り、余計なことを考えるべきじゃないね」
「ハナシハ、アトデキイテヤルサ」
「それはありがたい。僕の勝利祝いにはぴったりな話だよ」
「テメェノ、敗北オツカレサン、カイだわ」
「さてどうかな・・・ところで」
「アン?」
「前から思ってたけどそれ、喋りにくくないの?」
「ア?フツウニ、シャベッテるダロ」
「あー?そういう感じなのかその状態」
そして三度目の衝突が起きた。




