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異世界勇者と円卓の魔王  作者: 橘樹 一貴
エルダー会議
3/4

異世界の勇者

一週間に二度と言ったな。

あれは嘘だ。

 運び込まれた豪勢な食事のほとんどが皆の胃袋に収まったのを見計らって、玉座から円卓の席へ移動していたヴァルガンドは、竜酒の注がれた杯を揺らし、口を開いた。


「うちの間諜から、エルドール大陸で不穏な動きがあると報告を受けた」


 途端、わいわいがやがや飯と酒を楽しんでいた者たちが静まり返る。

 エリシルシアは不満そうな顔でサラダをつつくのをやめ、ディードラは笑みを消して口を閉じた。ダングは赤ら顔だがしっかりとした手つきで杯を置き、アリルは口いっぱいに頬張った肉を咀嚼しつつも名残惜しそうにナイフから手を離す。


「勇者が選定されたそうだ」


 勇者。その単語を耳にした瞬間、四人の顔色が変わる。その場に喉がひりつくような緊張感が漂った……ということはなく。

 部屋に満ちたのは、まるで頭の足りない息子の成績表を見た、親のようなため息。誰も彼もがうんざりとした表情を浮かべて、またやりやがったか、とでも言うように肩を竦めた。


「まーた人族の奴ら、凝りもしねぇで勇者だのなんだのと騒ぎ立ててやがんのか」


 そう言って杯を手にとったディードラは、心底から呆れた顔でその中身を一気に呷る。


「どうせあれだろ?怒りの騎士から強いヤツを一人、適当に選んだだけだろ」


 ディードラに続き、ふんと鼻で笑って再びナイフに手を伸ばしたアリルだったが、なにやら自分に突き刺さる視線に気付いて、思わず動きを止めた。

 彼女が恐る恐る視線を上げると、円卓に座る全ての王が、その顔をじっと見つめていた。それも、そこはかとない生暖かさをたたえた目で。


「アリル……光の騎士よ。怒りと光で語呂は似てるけれど、流石にそれぐらい覚えておきなさい」

「え?……そ、それぐらい私だって知ってるさ!わざと間違えただけだ!」


 エリシルシアに指摘されて、そこで初めて自分の間違いを理解したアリルが、見る間に完熟トマトのように赤くなり、顔中からだらだらと冷や汗を流しながら立ち上がって叫んだ。

 彼女の頭の上で忙しなくぴくぴくと動く獣耳を見た彼らは、曖昧に笑う。

 光の騎士とは、人族が創作した居もしない『光の神』とやらに仕える騎士のことだ。そこに所属する人族の中でも最も出来の良い者(・・・・・・・・)には加護(のろい)を与えられ、神に選ばれし勇者と崇められる。魔族に生理的な嫌悪感を持ち、打倒魔王を使命と掲げる人族にとっての憧れ。

 人族と長い間敵対している魔族にとっては、この程度は一般常識である。はず、なのだが。


「お前、帰ったらちゃんと勉強しろよ」

「違う!わざとだ!わーざーとーだーッ!!」

「むしろワシらが怒りの騎士になりそうじゃわ、お前さんの頭の悪さ加減に」

「悪くない!使わないだけだから!わざと間違えただけだからな!?」


 皆に間違いをつつかれつつも自分の非を認めない彼女とて魔族であり、何よりも一国の王だ。

 家の手伝いを始める子どもぐらいの年齢であれば、魔族の誰もが知る事実。アリルはすでに成人しているというのに、彼女の致命的なまでの勉強嫌いは深刻にも程がある。

 ぎゃんぎゃんと吠えるアリルに生暖かい視線を向けていたヴァルガンドは、気を取り直して一つ咳払いをし、周囲の注目を自分に集めた。


「まあ、なんだ。とりあえず勇者が選定されたんだが、これがまた今回は気合が入っててな」

「気合が入ってんのはいつものことだろ?」


 アリルをひとしきりからかって満足したらしいディードラは、つまらなさそうに机に肘をついた。その不遜な態度にヴァルガンドは苦笑しながら、彼に向かって首を横に振る。


「今回の勇者は、人族が開発した異界召還魔術によって連れて来られた。異世界の人族、だそうだ」




 がしゃん、と誰かが杯を取り落とした。


「異世界から!?馬鹿かあいつら、何考えてるんだ!」

「世界を超えた召還なんて、どれぐらいの代償が必要になるか……!」

「人族を召還って、単なる拉致じゃねぇか!」

「召還される人族にも家族がおるだろうに、なんと身勝手な……」


 警戒、不安、疑心、呆れ。それらがないまぜになった顔で、それぞれに叫びながら、4人の王は呻いた。

 今まで人族は、何十年に一度というスパンで適当な人間を勇者として祀り上げ、メリクール大陸へと侵攻してきた。神に世界の救済を託された勇者という存在を使って、魔族を恐れる民衆を纏め上げるために。

 しかし、魔族と人族の間には、天と地ほどの絶望的な力の差がある。魔族にはそれぞれの種族ごとに特化した特徴があるのに対して、人族にはそれがない。例を挙げるならば、魔人族は膨大な魔力を有していて、獣人族は身体能力が高いといった特徴がある。が、人族はそういった特徴のない、よく言えば万能、悪く言えば平凡な種族なのだ。

 そして、何千年もの年月をかけて開発した“魔法”を使う魔族に対して、人族は未だに時代遅れも甚だしい“魔術”を行使する。

 魔術は、簡単に言えば「世界の理に干渉して引き出した知識を、つなぎ合わせてから発動する」ため、発動するまでに干渉、検索、構築という手順が必要になり、時間がかかる。対して魔法は「世界の理を予め理解していれば、それをつなぎ合わせた呪文を用いることで発動ができる」。事前準備は必要だが、手順はたった一つ、構築だけだ。呪文を唱え終われば、瞬時に発動する。

 そんな身体的にも技術的にも劣る人族たちが、彼らの言う神々の加護(ギフト)程度で底上げされても、魔族には到底及ばない。

 余談ではあるが、そもそも神々の加護(ギフト)自体、人間の作った魔術によって付与された人工的なものだ。ずいぶん昔に作られたものを使い続け、改良もなにもしていないものだから、知識のつなぎ合わせが不完全で、メリットよりもデメリットの方が格段に多い。

 それを知る魔族は神々の加護(ギフト)加護(のろい)と呼ぶのだが、人族は「神敵である魔族が、神の力を授かった人族を妬んでいるのだ」と見当違いなことをのたまう始末である。

 そういう背景もあって、彼らは人族による侵略を「鬱陶しいけど別にそこまで害はないし、関わり合いになるとメンタルがガリガリ削られそうだし……」という理由で適当にあしらい、こちらから手を出すことなくある程度好きにさせておく理由になっていた。言うなれば、強者の余裕だ。

 だが、今回は違う。

 控えていた侍女が落ちた杯を拾い上げ、新しい物と交換するのを眺めながら、ヴァルガンドは腕組みをした。漆黒の鎧が擦れて、金属音を立てる。


「これまで何百年間も負け続けた相手に対抗する手段を得ようと、召還術に走ったんだろう。何でもいいから朗報を作らないと、いかに暗愚に育てた民でも、そろそろ疑心暗鬼に陥るだろうからな。

 人族の召還術は、人種、強さ、性格などを大まかに指定することができるらしい。人族以外を召還するのは人族至上主義を掲げている以上有り得ないだろうから、指定した人種はもちろん人族だろうな。

 まず間違いなく、通常の人族とは比べ物にならない強さと、厄介な性格をした者が、勇者として召還されたはずだ。

 このままでは勝てるわけがないと、やっと理解したんだろう。理解して、さっさと諦めて放っといてくれればよかったんだが……」

「そりゃあ、無理だろ。あいつらからすりゃ、魔族を放置したら世界の破滅がやってくるんだぜ?光の神サマとやらのご神託によれば、な」


 人族。それは、メリクール大陸に暮らす魔族にとって最も面倒臭くて、最も係わり合いになりたくない種族である。

 魔族を率いる魔王は世界の破滅を狙っている、世界征服を企んでいると言われ始めたのは、数千年前にも遡る。それはおそらく、自分たちよりも強い種族に対する、些細な羨望と嫉妬、そして恐れからくる根も葉もない噂が始まりだったのだろう。

 今や誰も彼もがそんなデタラメをすっかり信じ込んで、魔族は闇から生まれた、過去幾度も人族を滅ぼそうとしたなどとでっちあげた上、奴らは父祖を殺した残虐な種族だなどと全く見当違いな憎悪を向けている。魔族たちが覚えている範囲では、一度たりともこちらから喧嘩を売ったことはない。人族よりはるかに長命である魔族が言うのだから、およそ一万年以上はそういった事実はないと思ってくれていい。

 つまり、魔族にとって人族とは、とんでもない被害妄想と嘘の歴史を持つ、ネジの緩んだ種族なのだ。


「光の神、か。勝手に神様を作り上げて、次々に信憑性のある神話とやらを書き上げるその創作性には、ドワーフとして感心するがの。そうまでして、欲しいか……メリクール大陸が」

「エルドール大陸は、この大陸より精霊に愛されておりませんから。体が弱く寿命も短い人族の立場になって見れば、羨む気持ちも多少は理解できます」

「しっかし、なあ。元々あれだろ?ここの魔獣が強すぎて対処できないから、人族どもは大陸に進出しなかったんだろ?」

「なんだ、アリル。ちゃんと勉強しとるじゃないか」

「そ、それぐらい知ってて当然だ!馬鹿にするなよ、ダング!」

「馬鹿にされる理由はお前自身にあるんじゃぞ。からかわれるのが嫌なら、勉強することじゃな」

「うっ……うぅうう!!」


 彼らが言うように、魔族を討ち滅ぼせ、という思想は、ただ魔族を嫌い恐れているからという感情面での理由だけにとどまらない。

 魔族が暮らすメリクール大陸は、精霊に愛されている。土には土の精霊の力が、風には風の精霊の力が宿っており、水や火といった精霊の力も例外ではない。精霊の力が宿った土地は、疫病が蔓延しにくく、作物の実りがよくなる。それ以外にも利点は多いが、上げ連ねるときりがない。

 もちろんデメリットもあり、先ほどアリルが言っていた強い魔獣の存在だ。精霊に愛された土地で育った魔獣は、強くなる傾向にある。とはいえ、魔族からすると動物とさほど変わりなく、デメリットにもならないが。

 世界中で、おそらく一番豊かな大陸。エルドール大陸には精霊の力がほとんどないため、人族は豊かなメリクール大陸を欲しているのだ。手に入れるためには、魔族が大きな障害になる。これが、魔族討伐を掲げる二つ目の理由である。もしメリクール大陸を手に入れたとしても、魔獣がネックになって支配どころの話ではないと思うのだが。

 とは言っても、二つ目の理由を知っている者は人族の中にはほとんどいないだろう。なにしろ、邪悪な魔族が支配する土地を、聖なる精霊たちが富ませていることが知られれば、そこに矛盾が生じる。把握しているのはおそらく、王侯貴族といった特権階級の者たちだけだ。それも生粋の青い血(ブルーブラッド)持ちに限る。何代にもわたって魔族への憎悪とエルドール大陸への欲を募らせた人族は、高く薄っぺらなプライドを簡単に引っ込めることはないだろう。いつだって民衆を都合のいい言葉で扇動し、自分は高みの見物と洒落込んできたのだ。彼らは自らに危害が及ばないのであれば、誰が何人死んだって構わないような連中なのだ。


「ともかく、だ。今回はいつものように悠長に構えてはいられない。よって、長距離転送陣(グランドゲート)の使用を許可し、五大国の力を結集し勇者を迎撃する。構わないか?」


 五大国で勇者を迎え撃つ。そう聞いて、四人の王が驚いたように顔を強張らせたが、それも止むを得ないだろう、と嘆息した。

 なにせ今回の相手は未知数だ。所詮人族と侮って受身ではいられない。今代の勇者は、異世界から召還されたのだから。


「うむ。エルダーケイヴ、異存ない」

「エルダーフォレストも問題ありません」

「どれだけ強いかわからねぇからな、今回の勇者は……エルダーオーシャンはかまわねぇぞ」

「エルダーグラウンドも文句なしだ」


 それぞれ躊躇なく頷く彼らの顔を見て、ヴァルガンドは円卓から立ち上がり、玉座に戻った。座り心地の良いそれに腰を下ろすと、肘掛に刻まれた擦り切れた魔法陣を指でなぞる。

 虫の羽音に似た奇妙な音と共に起動したそれは、銀色に光り輝くと同時に肘掛から離れ、浮き上がった。円卓を覆うように大きく膨張しながら展開したそれを眺め、神妙な顔つきをした彼らは、光の粒を散らすそれに右腕を差し出す。


「我が意を語り、円卓に席を所有する者全てから同意を得た。盟約に従い、これを違えることのないように、我ら皆、同じ印を腕に刻む。始祖よ、我らを導く標となりたまえ」


 ヴァルガンドの言葉を聞き届けた魔法陣が、ガラスのような音を立て五つに砕けた。

 四つは円卓に座る四人の王に、一つは玉座に座るヴァルガンドへと、弧を描いて落ちてくる。砕けた魔法陣は、彼らの右手の甲の上を陣取ったかと思うと、放たれる銀色の光を皮膚に滴らせた。

 一瞬、右手が強く輝き、五人はあまりのまぶしさに顔を背けて目をきつく閉じた。閉じた瞼すら突き刺すような、強烈な光だった。人族より感覚器官の強い彼ら魔族は、口々に呻いて歯を食いしばる。

 次第に光が収束し、小さくなっていく。落ち着いた頃に、ヴァルガンドはゆっくりと閉じた瞼を開けた。

 彼が手の甲を自分のほうへ向けると、砕ける前の魔法陣と同じものが、そこに刻まれていた。




「盟約の魔法陣ってさ」


 会議が終わり、帰宅する準備を整える王たちの中。ただ一人、玉座に腰掛けて力を抜いたヴァルガンドが、魔法陣の刻まれた自分の右手をしげしげと見つめていた。

 四人の王の視線が、興味深げな顔で観察を続ける竜の王へと向く。


「発動キーを唱える時、物凄く抵抗があるんだが……もうちょっと簡単にならないのか?こう、全員賛同したけど、心変わりがあって裏切ったら怖いからすぐわかるようにしてね魔法陣さん、みたいな……」

「……出来たとしても、絶対しねぇよ。少なくともお前が王である間は絶対にしねぇ。そんな発動キー、俺が後世の竜帝に恨まれるわ」


 至極真剣な表情で言い放ったヴァルガンドは、ディードラの白い目を受けて残念そうに溜息を吐いた。


PCの前に座ってキーボードに触れた途端、死ぬほど小説が書きたくなくなる現象に名前をつけてください。誰か。

その前は次こんな話書こう、次はこんな、ってアイデアが浮かぶのになあ


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