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さよなら、日常

人族サイド。時系列的にはエルダー会議より少し前。

 エルドール大陸にある人族の国の中でも最も強大な国、ベルダイラスは、特産品の乾白石(かんぱくせき)を小さく加工し、丁寧に積み上げた家々のみで作られた荘厳なる都、トリオンを王都としている。

 闇に立ち向かう人族に祝福を与えた、偉大なる光の神を信仰する聖光教(せいこうきょう)。その聖職者が住まう北区に建てられたダイラス大聖堂は、真向かいに望む王城より小さくはあるものの、それに負けずとも劣らない優美な細工や彫刻が彫りこまれ、つややかな純白の石壁に陽光を浴びて一層の輝きを放っていた。

 そこは、普段ならいつでも厳かな静寂に包まれており、神を称える者たちが熱心な祈りを捧げているのだが、この日の朝だけは、毎日参拝に訪れる敬虔な信者ですらも、ここが大聖堂であることを疑わずには居られなかった。

 何故なら、ダイラス大聖堂はその日、前を通りかかった者が思わずぎょっとするほどの大歓声に満ち溢れていたからである。




「勇者様が、光の神に選ばれた勇者様が、一度に三人も!三人も召還に応えてくださった!!」

「おお、偉大なる光の神よ!人族の憂う声を聞き届けてくださったことに感謝いたします!」


 邦弘悠斗は、目の前で子どものようにはしゃぎまわる男たちを眺めながら、途方に暮れていた。

 彼はごく普通の高校生である。目立って優れたところもなく、見た目が特別麗しいわけでもない。ドラマの配役で言うならば、熱く演じる主役の遥か後ろを、背景になりきって通り過ぎていくようなエキストラである。

 平均的な偏差値である意味有名な学校へ通い、別に綺麗に整理されているわけでも、汚く書き殴られているわけでもないノートを広げながら授業に出て、それが終われば学校帰りにコンビニでバイトをしてから帰路に着く。そんな、どこにでもあるような日常を送る高校生だ。

 その日の彼は、いつも通る道が工事中だったことから、知人の間で近道と知られている小さな路地を歩くことを選んだ。工事しているそのすぐ横は問題なく通ることができたが、一歩踏み出したところで、ふと知人が話していたそれを思い出して、この機会に一度だけ通ってみようと何の気なしに思い立ったのだ。


 普通を体言したような彼が、その日に限って特別なことをした。たったそれだけの“特別”を最後に、彼の日常は終わりを告げた。


 人通りの無い小さな路地を歩けば、確かに、普段の通学路を歩いているよりも早く学校が見えてきた。とても静かで、車通りもほとんど無いそこを気に入った悠斗は、上機嫌で少しだけ歩を緩めた。

 その瞬間、だった。

 ぐわん、ぐわんと無造作に頭を揺さぶられたような眩暈と、足が地面から離れようとしているような感覚に襲われた。吐き気が込み上げ、視界が歪む。血の気が波のように引いていく音がして、ただの一度も経験したことのない不調に心底驚いた悠斗は、咄嗟にしゃがみ込んで目を閉じ、それをやり過ごそうとした。

 しばらくの間蹲っていると、気がついたときには不調は収まっていた。安堵して溜息を吐き、何だったんだと立ち上がって……一番最初に目に入ったのが、先ほどの男たちである。


「……ドッキリ番組か何か?」


 普通に通学していたはずなのに、体調が悪くなったと思ったらいつの間にか建物の中にいて、周りを男たちがこの上なく嬉しそうに走り回っている。全くの非日常にこんがらがる頭の中に整理をつけられず、とりあえず一番可能性の高そうなことを呟いてみたはいいが、彼は自分で言っておきながらどうにもそれを信じられなかった。

 ヘンテコな白い衣装を身にまとった男たちは、冷たい石の床をかつんかつんと鳴らしながら、あいも変わらずはしゃいでいる。白地を金糸で縁取ったタペストリーが吊り下げられた、真っ白な石造りの縦も横も奥行きも巨大な部屋の中に、悠斗の困惑を知ろうともしない、敬虔な祈りの声が延々と響いていた。


「うーん……こんな突拍子なさすぎるドッキリって、今時あるかな?っていうか、今私が見てるこの光景がもう突拍子なさすぎるんだけど……セットにしてはディティールがリアルすぎるし、でもこんな教会見たこと無いし……あの水晶玉、宙に浮いてるし……」

「あのおっさんたち、外国人だよな?にしては日本語上手すぎだろ。ただのドッキリで連れてくるには金かけすぎじゃね?」

「やっぱり、そう……え?」

「……え?」

「は?」


 左右から自分に追従するような声が聞こえ、だよなぁと頷き……かけて、そこで初めて悠斗は自分と同じ立場にあるらしい二人の存在に気がついた。それは彼らも同じだったようで、しばしの静寂が三人を包む。

 次に、察し合わせたかのように他の二人の顔が見える位置へ移動した彼らは、その顔を見合わせて、そして同時に動きを止め、同じような表情を作り、


「……誰?」


と、コンマ一秒すらも遅れることなく、同時に言い放った。



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