めくれる
この物語は
余次元住まいのハザマ様!―ハザマ編―,―湖西尊編―
の続編で、物語上で詳しく描かれなかった部分を
日常生活を通して補足する為の物語です。
人間関係はハザマ編を読んでいただけると、
なお一層理解が深まります。
室生 初音 : 地方の芸大生
ハザマ様 =室生 透青
室生家の巫覡をしている。
中の人は月島 秀青で、
彼は死んだ事になっている。
芸大の助手をしていた。
室生御影: お役目様の内孫で初音と婚約している。
結界師の朝は早い。
時計の針はまだ朝の六時を指している。
庭を眺めながらコーヒーを飲んでいた御影様が、不意に口を開いた。
「なあ、初音。ハザマの中に入ってるの、月島秀青じゃね?」
私は心臓が跳ねるのを覚えた。カップを持つ手に思わず力がこもる。何故いきなり、そんな事を?
「……どうしてそう思ったんですか?」
「律が本で発表した臓器売買事件の時さ。犯人を教えにきた幽霊って、ネットで話題になったじゃん。死んだ芸大の助手、月島秀青って噂されてたけど、あれハザマだろ?」
御影様は淡々と証拠を並べていく。
「この前のイカの異形騒ぎのときも、めちゃくちゃ絵が上手かった。ハザマ自身『前世は美大に入った』と言ってたし、点と点が繋がるんだよね」
私から正体を言うわけにはいかない。
「私に推測を語らずとも、直接ハザマ様にお聞きになっては?」
「そこは重要じゃないんだよ。俺が聞きたいのは、初音はその月島秀青と、なにがあったの?ってこと」
退路を断たれたような鋭い視線に、私は観念して小さく息を吐いた。
「……お付き合いしていました」
「ああ、なーる。だから秀青は、ハザマの体に入ってまで君に逢いたかったわけだ」
御影様は本当に察しが良い。霊能力といった特別な力に頼らない、人間としての鋭い強さがある。けれど、その察しの良さがひどく残酷に感じられるときがあるのだ。
「で? 初音の初めての男がわざわざ会いに来ても、けっきょくは拒否したわけ?」
―― あー・・・私の男性経験、気にしてるんだ・・・
ごめんね、御影様が初めての男性じゃなくて。
「あの方は月島秀青ではなく、ハザマ様です。以前の明るくて爽やかで、太陽みたいだった秀青さんは、もうどこにもいないんです」
何故、あんなにストーカーじみた事をしたり、匿名掲示板にどっぷり浸かったり静かなインドア派に成り果ててしまったのだろう。
――のちに私自身にある事が降りかかるまで、私はハザマ様という存在を、本当の意味で理解できていなかったのだ。
*****
ある晩のこと。
照明は消しているのにもかかわらず、目を瞑って寝ていると、頭の中で白い光が目の奥に点滅し、気になって寝られなくなってしまった。
その光は目の前にあるかと思うと遠くに遠ざかり、また現れては遠ざかっていく……それがずっと続くのだ。
寝つきが悪くなっただけで特に害はなかったので、誰にも相談せずに放っておいた。
しかしある朝、食堂に食事をとりに行くと。
突然、頭の中にいろいろな人の思考が勝手に入り込んできた。
(上手く御影様に取り入って……やっぱり玉の輿狙ってたのね、あの女)
(私だって、若ければチャンスがあったのに)
(ハザマ様も可哀想。乗り換えされたのね)
(なんの取り柄も無さそうだから、若さが無ければすぐに捨てられるのに)
「!!!」
なにこれ? 使用人さん達の心の中の言葉?
驚いて立ち尽くし、私は逃げるように自分の分の食事を取って、御影様のお部屋へと戻った。
部屋に入ると、今度は御影様の思考が流れ込んできた。
(どうしたんだろう? 初音のオーラが曇ってる。元気ないな……なにかあったんだろうか?)
(しまった。この間、月島秀青について、意地悪く“初めての男”って初音を追い詰めるようなこと言っちゃったからかな……悪い事したかな? 後で手のひらを揉んでやって機嫌を取ろう……)
「おい、初音。遅かったじゃねぇか。待ってたら餓死するところだったぜ。なんか元気無さそうだから、朝食一緒に食べてやってもいいぞ」
あー……。御影様はツンデレだから、心の中の方が優しくて、実際に声に出して言う方は口が悪いんだ。
だから惟光さんもハザマ様も、御影様は怖くないって言ってたんだ……。
「あとで相談したいことがあるんですけど。とりあえず今は、一緒にご飯食べてください。それから、手のひらと指を揉んでください」




