第1話 追放の朝
その日、空に大きな黒い岩が現れた。
地上に近づくとともに火を纏い、燃え落ちるように海へと落ちた。
沿岸は海底の土砂と岩のかけらを多数含む、激しく重い津波に襲われ、一部の村は壊滅的な被害を受けた。
それから、十年の月日がたった。
壊滅的な被害を受けたリーヴェという名の村は、首都グランディウスから比較的近いという地理的な優位も相まって驚異的なスピードで復興が進み、沿岸都市と呼ばれるまでに発展していた。
その街の門で、二メートルはあろうかという巨漢の男が俺に一言告げた。
「リッド。お前はついてこなくていい」
それは突然の宣告だった。俺の所属する大戦士ヤコブを中心とするパーティは、リーヴェでの一仕事を終え、首都へ戻る予定だった。しかし、リーヴェを出るため街の門をくぐろうとした、その瞬間にヤコブが振り向き、俺に静かに淡々と、しかし、潮の音にかき消されないぐらいはっきり、言い放ったのだ。
無表情。正直不気味だった。元々、この男は表情が薄い。だが、今日は目の光まで感じられない。
「おい、どういうことだよ?」
俺はすかさず理由を聞いた。怒りも隠さなかった。だが、ヤコブは顔色どころか眉一つ動かさず、俺に言うのだ。
「お前は戦力外だと言ってる。道中でないだけ感謝しろ」
「はあ? どこが戦力外か言えよ! 確かに俺は、非力な短剣使いかもしれないが。スピードなら他の連中に負けないし、技術もある。宝箱の鍵開けとか、投擲とか、俺しかできない仕事は山ほどあるだろ!」
そう言って自分の胸を親指で、とんとんと叩いた。普段のヤコブならここまで言えば、悪かった、の一言ぐらいは言う。しかし、今日は違った。
「そうだな。今まではな」
ヤコブが動じることなく言うと同時に、後ろからチャラチャラとした踊り子のような服を着た女がしゃしゃり出た。クレア。この街に来てからパーティに加わった女だ。クレアがピンク色の派手な長い髪を揺らしながら、自分の顔を俺の顔にわざと近づけてにやりと笑う。
「あら? 昨日の仕事で、倒した怪物の戦利品を盗もうとした盗賊。アイツラを最初に捕まえたのは誰だったかしら? 投擲も、あたしがこのパーティに加わる前に披露したわよね? あの勝負、どっちが勝ったんだっけ? 後は……鍵開けは確かにあたしにはできないわね。でも、それは宝箱ごと持ち帰っちゃえばよくない? むしろ、鍵開け自体危ないでしょ? どこでも開けれるなんて犯罪者みたいだし」
そう言って、俺から顔を遠ざけてから手を口に当ててくすくすと笑う。何が宝箱ごと持ち帰るだ! ヤコブがいなけりゃ成立しない話をしやがって! 常識がないのかこの女は!
「そういうことだ。それに、そんなに実力に自信があるならこの街で新しいパーティを探せばいい。行くぞ。みんな」
ヤコブが俺に興味を失ったように目を離し、街の門に向かって歩き出す。大きな背中と大剣が小さくなっていく。クレアはすぐに追いかけヤコブの腕に絡みついた。数人の元仲間たちは俺とヤコブに視線を何度も行き来させて困惑していた。しかしやがてヤコブについて行ってしまった。
くそっ! なんだってヤコブは三年間も一緒にやってきた俺じゃなくてクレアなんかを選んだんだっ!
「リッド。俺もちょーっとこれは納得できないわ。お前の価値って、さっき並べただけじゃ全然足りてないって思うし。だからさ、きっと他に理由があるんだって。今すぐは無理だけどさ、休憩の合間にリーダーに話を聞くわ」
俺が顔を伏せて拳を強く握っていた所に、ちょっと間の抜けたような声で話しかけてくる男が一人だけ残っていた。弓を背負い、へらへらと笑う銀髪の男、親友のヒューゴだった。
「ヒューゴ……わりぃ。宿はそのまま使うつもりでいる。俺も俺で、なんでこうなったのか調べる。あの女、何かやったに違いねぇ! お前はお前で、ヤコブがどうして決断したのか調べて、連絡、頼めるか?」
「お! やっぱクレアが怪しいって思うよな! あんなにべったりしてるんじゃな~ 疑ってくれって言ってるようなもんだぜ? まあ、任せとけ! でもよ、お前の方は調べるってどうやってだよ?」
「お前が信頼してくれた通りに、だ。俺の価値はさっき並べただけじゃねぇ。パーティで一番の情報通がどうやって情報を集めてるか、思い知らせてやるよ」
「あははっ! 相変わらずだな! 期待してるぜ! っと、置いてかれちまう! じゃ、またな!」
ヒューゴは軽く約束をしてからヤコブ達の後を追いかけていった。
友人の申し出はありがたかった。突然、クビを言われて、その理由が代わりがいるから。ただそれだけでは到底納得はできない。あの女が代わりになるっていうのも気に食わねぇし。なんとしてでも調べてやる!
俺は、理由を調べるために数日滞在した宿へと戻ることにした。
「なあ、最近、鍛冶屋の親父、無愛想になったと思わないか?」
「あ? 最近人の往来激しいだろ。冒険者だっけ? あいつらが出入りするもんだから嫌気がさしただけだろ。元々、あまり愛想がいい方じゃなかったし」
「ねえねえ、聞いた? 酒場で歌うはずだった吟遊詩人の人が海の怪物に襲われたって話」
「えー! なにそれ? 冒険者の人達何やってるの? 岩が降ってきてから変な怪物が出たからあの人たちそれ退治して稼げてるんでしょ? しっかりしてよー」
耳が痛い噂話が聞こえてくる。冒険者はずっと昔からいた。だけど、その重要性が語られるようになったのは十年前に落ちた岩だ。海に落ちたあの岩のせいで何故か動物が怪物に変貌する事件が多発するようになった。それを解決するのが今では冒険者なのだが……荒くれ者も多いから、決して良い方向にだけ思われるわけじゃなかった。
俺は少し俯くと、この大陸では目立つ青髪を隠すようにいつも被っているフードを目の上まで深く下げた。
まるで犯罪者みたい、か。あの女。痛い所をつきやがる。だが、俺はそれぐらいでへこたれるタマじゃない。
「あれ。お客さん。もう行かれたんじゃ?」
「置いていかれた。悪いが、もう一泊頼む。あと……リーダーが使ってた部屋、見せてくれよ」
そう言って俺は受付に一日分の宿代とちょっとばかりの気持ちを差し出した。受付はちらっとその気持ちに視線をやるとすっと懐にしまってぼやいた。
「あ~……まだ、片付け終わってないんですよね~……誰か、片付けてくれやしませんかね。この街はまだ、復興して間もなくて、人手不足で、うちみたいな弱小宿泊施設は、手が回らなくって~」
「ああ、そりゃ、確かに大変だな。わかった。片付けておいてやるよ」
その受付の言葉に、俺はにやりと笑って悠々とリーダーがさっきまで休んでいた部屋へと足を踏み入れた。片付けだからな。仕方がないよなぁ?




