1話
夕暮れの屋上。
茜色に染まる空の下、フェンスを背にした彼女――朝比奈怜奈は、パチクリと丸い目を瞬かせて僕を見ていた。
はっと息を呑むような、そんな表情。
「……あまり話したことないのに、急にこんなこと言うのは気が引けるんだけどさ」
僕が気まずそうに視線を泳がせると、朝比奈さんはスッと目を細めた。
「……ずっと前から、話す仲でしょ」
「そうだったかな……」
たしかに同じクラスだけど、たまに挨拶する程度だったはずだ。
朝比奈さんは僕の顔をじっと覗き込んでくる。夕風が、彼女のきれいな髪をふわりと揺らした。
「……私のこと、好きなの?」
「どうやら、そうらしい」
僕は小さく肩をすくめた。
まったく、涼介のやつめ。
幼馴染なんだから自分で直接言えばいいのに。
……まあ、朝比奈さんみたいな学年一の美人に告白しろって言われたら、男なら誰だって足がすくむのは分かるけどさ。
彼女は黙ったまま、僕の目を見つめていた。
沈黙が流れる。
気まずさに耐えかねて僕が口を開きかけた、その時――。
彼女の口元が、ふっと柔らかく緩んだ。
「……いいよ」
「え?」
「付き合ってあげても」
「そう、か……あー、よかった。安心したよ」
思わず胸をなで下ろす。
これで涼介から頼まれた大役は無事に果たせたわけだ。
フラれなくて本当によかった。あいつ、絶対に泣いて喜ぶだろうな。
「うふふっ」
怜奈が楽しそうに笑う。
そして、ツカツカと僕との距離を詰めてきた。
ふわりと、甘い香りが鼻先をかすめる。
「ねえ」
「うん?」
怜奈は上目遣いで僕を見上げ、悪戯っぽく微笑んだ。
「付き合ったんだから……いいでしょ?」
「……え? なにが――」
言葉の途中で、視界がいきなり怜奈の顔でいっぱいになった。
柔らかな感触が、僕の唇に押し当てられる。
ちゅっ、と小さな音が、静かな屋上に響いた。
「なっ……!? な、ななな、なに!? どういうこと!?」
飛び退くようにして後ずさる僕。
朝比奈さんはそんな僕の慌てっぷりを見て、クスクスと肩を揺らした。
「うふふっ。そんなに驚く事?」
「お、驚くに決まってるだろ!!な、なんでいきなりキスなんて……!」
「なんでって……」
怜奈は人差し指で自分の唇にそっと触れ、少しだけ照れたように目を伏せた。
「まあ、私……キス、はじめてだったから」
「なっ……! は、はじ……っ!?」
頭の中が真っ白になる。
まずい。
まずいまずいまずい、めちゃくちゃまずい!!
僕は朝比奈さんに告白したわけじゃない!
親友の、涼介の気持ちを代わりに伝えただけだ!
なのに――
どうして僕が朝比奈怜奈と付き合うことになってるんだ!?
どうして、こんなことになってしまったのか――
さかのぼること、三十分前――




