第十話「円柱の端のこと」
円柱には、もう一つの端があった。
上面と下面ではなく、円柱そのものの端だった。
円柱の、縁だった。
誰かが言っていた。
円柱の縁まで行けば、円柱の外が見える、と。
円柱の外に何があるかは、誰も知らなかった。
別の円柱があるかもしれなかった。
何もないかもしれなかった。
男と女は、縁を目指した。
側面を歩いた。
上面の方向へ歩いた。
上面と側面の境まで来た。
そこから、上面の縁へ向かった。
縁は、崖だった。
円柱の外側に向かって、切れていた。
覗いた。
何もなかった。
ただ、広かった。
どこまでも広かった。
果てがなかった。
「これが、円柱の外ですか」と男は言った。
「そうです」と女は言った。「何もないですね」
「何もない」と男は言った。「しかし、広い」
「広いですね」と女は言った。「どこまでも」
風が来た。
縁から、外の風が来た。
女が、地図を出した。
しかし、書けなかった。
縁の外は、書けなかった。
何もないから。
しかし、何もないことを書こうとした。
「書けますか」と男は言った。
「書けません」と女は言った。「何もないことは、書けません」
「空白にしますか」
「空白にします」と女は言った。
地図の端に、空白ができた。
何も書いていない、白い場所が。
「いつか、書けるようになりますか」と男は言った。
「分かりません」と女は言った。「でも」
「でも?」
「空白のままでも、地図は地図です」と女は言った。「書けない場所があっても、地図は続きます」
男は縁の外を見た。
何もなかった。
しかし、広かった。
その広さの中に、円柱があった。
上面があり、下面があり、側面があり、男と女がいた。
「戻りますか」と男は言った。
「戻ります」と女は言った。「でも、また来ます」
「何度でも」と男は言った。
「何度でも」と女は言った。「来るたびに、空白が少し変わる気がするので」
風が来た。
縁の外から、来た。
二人は、縁から離れた。
円柱の中へ、戻った。
重力があった。
上面が上にあった。
下面が下にあった。
側面が横にあった。
どこへ行くか、まだ決めていなかった。
しかし、どこへでも行けた。
上へも。
下へも。
横へも。
そして、縁の外の空白へも、いつかは。
(第十話 了)
円柱の果て――上と下がひっくり返った世界の話 完




