後日譚 届きもの
朝のホームルームが始まってすぐ、担任が封筒を一枚取り出した。
「橘先生から、みんなに手紙が届いてます。読み上げますね」
教室がざわりと揺れた。
「橘先生だ」「手紙?」「なんで今さら——」
担任が咳払いをひとつして、便箋を広げた。
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みなさん、元気にしていますか。
転任してからもう少し経ちますが、新しい学校でも毎日にぎやかにやっています。
ただ、ある夜ふと思い出したんです。
みんなの顔を。教室の窓から見えた空を。
急に、会いたくなりました。
それだけを伝えたくて、筆を取りました。
みんなが笑って過ごしていることを、遠くから願っています。
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担任が便箋を下ろす。
教室は、しばらく静かだった。
「……なんか」
誰かが、ぽつりと言った。
「ちゃんと覚えててくれたんだ」
それだけで、また少しざわめく。笑い声も混じる。明るい、柔らかいざわめきだった。
千隼は窓の外を、一瞬だけ見た。
『ある夜ふと思い出した』
その一文が、胸の奥にひっかかったまま離れない。
理由は、わからない。
ただ——よかった、と思った。
*
その夜。
帳場で帳面を繰る篝に、千隼は何気なく話した。
「今日、理科の先生から手紙が来たんですよ。クラスに」
「……そうですか」
篝の筆先は、止まらない。
「朝に担任が読み上げてくれて。転任先でも元気にしてるって」
「——それは」
一拍。
「よかったですね」
千隼は小さく頷く。
「はい」
それ以上何も言わなかった。
篝も、何も足さなかった。
帳面を閉じる音がして、店内に夜の静けさが戻る。
篝はもう一度だけ、閉じた帳面に視線を落とした。
その表情には、何もない。
ただ——目の奥だけが、ほんのわずかに柔らかかった。




