294 張の解:矢もまた光陰の如し
どうぞ。
鬼蜘蛛の戦い方は、どうやら同じ力を持ったものを想定してはいないようだった。しかしながら、もともとが既存の戦法の変形である以上、対策も打っているものらしい。
「崩す、ってのはどうだ」
効果時間が切れそうだった〈粋彩牙凝〉を解く。足場が消えた以上、すぐに落下するかと思われたが……意外や意外、ホウイはくるりと一回転したかと思うと、空中に着地した。
「構いませんよ。実は僕も、足場を作れるので」
考えるまでもなかった……風魔法は、〈猟師〉とはそれなりに縁のある術だ。意図しようがしまいが、取っていても何もおかしくはない。では、と鬼蜘蛛はその足場にもアンカーを打ち込み、幻影軌道を張る。
「ははは、それじゃあ文字通り蜘蛛の巣じゃあないか……! オニグモだのジョロウグモだのじゃあない、ゴケグモなんかのあれだ!」
「よく分かりませんが……足場には不自由しないようですね」
規則性のある巣を張る蜘蛛は、分かりやすく目立つがそれほど凶悪ではない。より凶悪で人にも害をもたらすのは、乱雑な巣を張るものや、巣を作らずに這い回る生態の蜘蛛たちだ。図らずも恐怖の相似形となった狩り場に、鬼蜘蛛は興奮を抑えきれないようである。
「これぞ! これぞ怪人の本懐だ! 本能のままに狩る場を得て、対等な力を持つものを喰らう!! 俺という怪人は、いま最高に満たされているぞ!!」
爆弾を投げて足場を壊し、石つぶてや投げナイフで牽制し、糸を使って大きく動くアクロバティックな動きで翻弄する。足場を離れて落下してみたり、大きく横に跳んでみたりと、まったく足場のない空中であるがゆえの自在を発揮した。
そして、その軌道すべてが鬼蜘蛛の巣となる。無秩序に広がり複雑に、乱雑にでたらめにサイケにダダに組まれるそれには、何の意図もなく思考のすべてを溶かし込んだカオスが広がっていた。飛んでくる矢を避ける鬼蜘蛛は、蜘蛛の力を持つ化け物という特性をそのままに活かして、自由自在に空中を駆けていた。
「しかし……つくづく強者は強いと思い知らされるな。これだけ翻弄すれば、焦りが出ていてもおかしくはなかろうというのに」
「矢のひとつひとつが牽制になりますからね。ほんとうに強い人は、矢を大きく避けたりなどはしませんから」
正面から対処するか、最小限の回避でとどめるか。そして、攻撃の手もいっさい緩めることはなく、こちらを抹殺しにかかってくる。ロールプレイ的に追い詰めることを楽しんでいるのだとしても、やや冗長に過ぎた。
「さあ。高まってきただろう、熱が? 熱のままに……解放しようじゃないか!」
「ええ。僕も、そろそろと思っていました」
ホウイは【常人】で、つねに弓矢を扱ってきたためか、解への目覚めはそれなりに早かった。早かったとはいっても、それはフィエルにリベンジを決められてしまった後……すでに手遅れのタイミングだった。そして、使いやすいというわけでもなかった。
「俺の解……「崩の解:高さゆえ崩落は烈しく」は、自分が仕掛けたすべてを爆発させる!! そして、仕掛けたものと消えたものすべてをダメージとして積み重ねる……この説明をする意味が分かるか?」
「確かに、普通なら絶対に助かりませんね」
後ろ手にアンカーを射出し、木に打ち込んだ。遠いからとそれが見えないわけもない……ほくそ笑む鬼蜘蛛は、告げる。
「延焼すれば終わりだ。お前の作る足場も、爆発で壊れる……お前の試みには、もはや何の意味もない」
「ほかの人には使えないからこそ、一回きりの説明をしてくれているようですね……」
優しいとすべきか、場面を重視しすぎているとすべきか。しかしながら、地上にいてもこの爆風を受けないとは限らない……雲と見まがうほどの規模の「蜘蛛の巣」すべてが爆発したのなら、どのみち空中戦を繰り広げていた相手はおしまいだ。森にいようが海にいようが、相手の仕掛けに一度でも乗ったのなら、それだけで死が確定するといってもよい。幹部というにふさわしい、あまりにも恐ろしい解だった――敵が空中に足場を展開できる前提にあることや、逃亡を許す可能性を除けばの話だが。
「おっと! そいつは使わせないぞ、虎の子なんだろう?」
「手放すとでも思いましたか? 虎の子ですよ」
手元に出したソードアロー……左右に持った双剣を合体させて作る弓へと、糸が飛んできた。トリモチがくっついたソードアローだが、矢を放つにはこれでも問題ない。
「さあ、爆発させるぞ! さん、にー!」
押し問答のように糸の引っ張り合いが続き、ホウイは足場から落下する。
「いち……!」
サディスティックな笑みを背景に、蜘蛛の巣が大爆発した――爆発を受けたパラシュートで、ホウイは大きく飛び上がる。
「なにっ!?」
「そちらも、保険をかけていたようですが」
よく見れば、鬼蜘蛛もまた糸で飛ばした先にパラシュートを広げ、爆風を受けてぶらんぶらんと揺られているようだった。お互いに大ダメージこそ受けたものの、もはや優位に揺るぎはない。
「“弓取”の腕、お見せしましょう」
ベルトから提げた宝石付きの鎖が輝き、「張の解:矢もまた光陰の如し」が発動する。効果はごくごく単純で、説明してもそれほど驚かれはしない。しかし。
ソードアローにつがえた魔法の矢が、強く輝いた。回転する四角錐は、それ以上に何の効果も持たない……何であろうと貫通する、威力と精度を高めるだけの回転だ。その矢が、十倍に加速する。時速で言えば二百キロメートルに相当する矢は、その十倍……マッハ1.6で飛翔し、あやまたず鬼蜘蛛の心臓を貫いた。
胸郭に大穴が空き、クモの足も四本すべてが脱落した姿が、だらんとパラシュートにぶら下がる。そして怪人は、泡になったように、空中へと溶けていった。
「……すこし、やりすぎたか。早めにログアウトしないと」
ホウイには、明日もまた用事があった。
鬼蜘蛛のモデルは、皆さんお察しの通り初代『仮面ライダー』の「蜘蛛男」、そして「スパイダー・ドーパント」です。まあ興奮しながらしゃべる戦いぶりは『シン・仮面ライダー』の蜘蛛男っぽいし、死に様のあっさりした感じは初代に近いかも。巣を張る感じは『クウガ』のズ・グムン・バっぽかったりと、さまざまにオマージュ入れまくりですね。だってずっと特撮といっしょに育ってきた人だし……




