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具体的にこの遊女風の妖怪をどう読み解けばいいのか、この本にはそこまで書かれていないけれど、少なくとも『毛倡妓』が目撃談のあるような妖怪でないことはわかった。
某有名漫画家が生み出した、オリジナルの妖怪のようなものと思えばいいのだろう。
正しく、あのお兄さんが言っていたキャラクターだ。あくまで紙の世界の住人で、間違ってもばったり出くわしたりすることはないのだから、何も怖がることなんてない筈だった。
そう、これはあくまで只の絵だ。
怖くない、怖くない。
私は何度も自分にそう言い聞かせてみたけど、あまり恐怖が薄れたような感じはしなかった。
やっぱり、これまでずっと怖かったものをそう簡単に克服できたりはしないらしい。
あの『毛倡妓』みたいな女の人に、ちゃんと顔があることを確かめた方が、効果はありそうだった。
私は本を閉じかけたけど、ふと思い直して、目次に『ぬらりひょん』がないか調べてみる。
名前も知らなかった『毛倡妓』と違って、私でも知っているくらい有名な妖怪だから、『ぬらりひょん』はすぐに見付かった。
二枚の絵が付いていて、一枚は鳥山石燕の『画図百鬼夜行』が出典だそうだ。
後頭部の異様に大きいおじいちゃん――『ぬらりひょん』が籠から下りて、部屋に入ろうとしているところを描いたのだろう。
『ぬらりひょん』も妖怪ではあるけど、後頭部の膨らみ以外は普通のおじいちゃんに見えるから、それ程怖くはなかった。
もう一枚の絵の出典は佐脇嵩之の『百怪図巻』で、『ぬらりひょん』が後頭部の大きいおじいちゃんなのは同じだったけど、こちらは遊女みたいに帯を前で結んだ和服姿で、女装しているように見える。
あのお兄さんは女装こそしていなかったけど、女性的なファッションをしていたし、『ぬらりひょん』らしいと言えばらしかった。
今思えばあの一風変わった格好は、『ぬらりひょん』を意識したファッションだったのかも知れない。
『ぬらりひょん』呼ばわりされるのはあまり好きではないようだったから、只の偶然の一致かも知れないけれど。
解説には大体あのお兄さんが教えてくれた通りのことが書かれていたけど、「岡山県備讃灘あたりでいうヌラリヒョンという妖怪があるが、これは海坊主の類であって、石燕が描いたものとは別物といえる」というのは目新しい情報だ。
『ヌラリヒョン』と『ぬらりひょん』の間に、一体どんな関わりがあるのか、それともないのか、ちょっと気になって他の本でも調べてみたけど、残念なことにわからなかった。
妖怪のエピソードや能力について書いてある本は多いけど、ある妖怪がどういう経緯で生み出されたのか、どういう変遷で今の姿になったのか、そこまで言及されている本はほとんどない。
専門書が充実している本屋さんになら、もしかしてそういう本もたくさんあるのかも知れないし、『ぬらりひょん』に限らず、もうちょっと妖怪について調べてみようかなと思った。
私は妖怪のことなんてほとんど知らないし、もっと妖怪を知れば見方も変わるかも知れない。
少しでも効果がありそうなことは、何でも試してみるべきだろう。
私は閉じた本を本棚に戻した。




