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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-7.ヒトとセカイの理
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7-(2) 結社の足跡

 朝食を摂ってからの午前中。

 ジークとシフォンはサフレ、そしてマルタの両名を連れてギルドにやって来ていた。

 相変わらず冒険者どうぎょうしゃで賑わっている館内。ジーク達はそんな一種の荒々しい空気の中、窓口

へと歩を進める。

「え~っと。うちのクランの新入りを登録しに来たんですけど」

「クラン加入ですね? では既存メンバーの方のカードを提出下さい」

「僕だね。どうぞ」

 窓口の職員からそう言われ、シフォンが自身のレギオンカードを差し出した。

 それを受け取り、窓口の彼女がリーダ機器に通してデータを確認。背後に広がるデスクで

で事務をこなしている他の職員らもにわかに手先が慌しくなる。

「……はい、確認しました。クラン・ブルートバードですね。では新規加入の方はこちらの

書類にご記入を。カードも提出下さい」

「はい」「分かりました~」

 次いで差し出されたのは、青いボードにクリップされた数枚重ねの申請用紙。

 サフレとマルタは自分達のレギオンカードとそれらを交換するように受け取ると、窓口に

置かれている筆立てからペンを取り、必要事項を埋め始めた。

(……?)

 だが、すぐにジークは一抹の変化に気付く。

 サフレのペン先が止まっていたのだ。見てみれば、出身地や名前の欄のようだった。

 そういえば二人がフリーランスの冒険者とは聞いていたが、何処の生まれなどかは聞いて

いなかったっけ……。

「……マスター」

「問題ない。何時も通りに書いてくれ」

 その様子にマルタも気付き、声をを掛けていたが、サフレはあくまで平静な表情を崩さず

にそれだけを言うと、再びペン先を動かし始める。

 名はサフレ・ウィルハート。

 出身地はフォンテイム。レスズ都市連合──概して独立独歩の気風が強く、都市国家が乱

立している東方においてその覇権を握っている、有力領主らの連合体──の領内である。

(こいつらは東の出か……)

 カリカリとペンを走らせて二人が書類に項目を埋めていく。

 そんな彼らの様子を傍らで見守りつつ、ジークは暫しぼんやりとする。

「ジーク。そっちは任せたよ」

 するとシフォンが、職員から返却されたレギオンカードを受け取りながら言った。

「ん? ああ。もしかして依頼持ってたのか?」

「いや……そうじゃない。ちょっと資料室に行っているよ。調べ物があるんだ」

「そっか。分かった」

 ジークははたと気を遣おうとしたが、そういう理由ではないらしい。

 書類にペンを走らせていたサフレとマルタ、そして頷いたジークに静かに微笑を残すと、

シフォンはゆたりと踵を返して、がやがやと雑音を奏でている冒険者らの人ごみの中へと消

えていく。


 館内の一角にある資料室は、ラウンジとは違いしんと静まり返っていた。

 先ず何よりも全身の感覚に訴え掛けてくるのは、年季の入った紙やインクの臭い。

 一応検索用の端末は設置してあるが、そのスペースの規模を遥かに上回る紙媒体の資料が

ずらりと並ぶ本棚の中に詰め込まれており、何処か無言の威圧感さえ漂わせている。

(……さて、と)

 室内をざっと見渡してみても、人の姿はせいぜい数人。

 シフォンは漂ってきた空気に気持ちを引き締めると本棚の山へと歩き出す。

 先ずは保管してある中からここ三ヶ月間の新聞を見た。日付を確認し、その内一枚を取り

出す。そこには『結社・鉱山都市でテロ』の見出しが躍っている。

 次いでそれを片手にしたまま、端末の前に座って操作し、検索を掛ける。

 ──結社“楽園エデンの眼”

 そうキーワードを打ち込んで、シフォンは表示されたアーカイブの数に内心驚いていた。

 魔導で映された画面を、半球状の機器に手を乗せて転がす事でスクロールさせていく。

最近起きた事件ではほんの数日前に、もっと古くを遡れってみれば十年や二十年──いや百

年単位での記録が残されている。

(思っていた以上に暴れ回っているらしいな……)

 流石はレギオンだ。こういった荒事に対する情報網はかなりしっかりとしている。

 シフォンは今更ながらにこの業界に身を置いた事に密かに感謝していた。

 “結社”の暗躍は、昨今多くの国を悩ませている。

 だが実は、その歴史は一朝一夕程度では済まない。少なくとも記録の上では現在の世界政

府たる王貴統務院おうきとうむいんの成立前後から──およそ九百年近く前からその存在は確認されている。

『ヒトの手により掻き乱されし世界を、本来の在るべき姿に戻す』

 “結社”の掲げる主張はそんな守旧的なベクトルだ。

 しかし……その手法は、どう捉えても弁護の余地はないとシフォンは思っている。

 一言でいえば、過激派なのである。

 保守原理主義を抱えるテロ組織──自分だけではなく、世の殆どの人々の認識はそうした

具合で一致している。

 文字通り、世界の開拓を進める開拓者関係者やその象徴である機巧技術勢力への、或いは

そうした“開拓派”を支援する勢力全般に対する、執拗なまでの妨害テロ行為。

 更にそれらに加えて、彼らは異種族のカップルに対してもその攻撃の矛先を向けている。

 曰く「純血を脅かす愚者」だからなのだそうだ。

 ……馬鹿馬鹿しい。

 飛行艇や“導きの塔”など、大陸同士の移動手段の乏しかった太古ならいざ知らず、現在

は人も物もその交流は活発に行われている。その中でそれまでとは違い、恋愛が種族の垣根

を越える事は当然の成り行きでもあるのではないのか。

 それに、各分野の研究でも“異種族同士から生まれる子は、およそ六割弱が母の血を濃く

受け継ぐ傾向にある”という事実が弾き出されている。

 女系種族である女傑族アマゾネスなどはその好例だろう。

 尤も、ジークのように男性のアマゾネスもいない訳ではないが……。

 しかしそんな強引な思想や行動にも拘わらず、彼らの勢力は今や世界各国を悩ませる程に

巨大化している。

 要因はいくつかあるのだろうが、やはりそれは開拓に邁進している今日の世界に対して、

いわゆる保守派だけでなく、雑多な不穏分子も含んだ不満を持つ者が少なくないからなのだ

ろう。結社が、そうした者達の受け皿になっている現実が存在してしまっているのだ。

「…………」

 検索を掛けて出てきた結果を転写印刷プリントアウトしてメモにし、シフォンは本棚の山と格闘した。片

っ端から結社が関与した事件の資料を洗い出す。

 そしてテーブルの一角に陣取りそれらを積み上げてみると、これもまた山のようだった。

 それでも彼は文句一つ言わず、特に最近の事例を中心に一つ一つ目を通して始めた。

 一番最近起きた大きい事件はやはり、西方の鉱山都市で起きたテロ事件だった。

 飛行艇──開拓に必須な機巧技術の源はこうした鉱工業に依る部分が大きい。だからこそ

結社は執拗にこうした拠点をつけ狙う。

 そこでの手口や、事件後すぐに世界中に発信された犯行声明。

 何より、その際に姿を見せた構成員が皆“黒衣とアルカイックな仮面を纏っていた”点。

 結社の特徴と符合する。

 やはり、今回の件も奴らが──。

「エデンの眼、かね」

 そうしていると、不意に背中に声が掛けられた。

 それだけ集中していたからなのだろうが、シフォンはハッと我に返って振り向いていた。

 そこには顎髭に白髪を混じらせた一人の冒険者が立っていた。

 だが彼は単に年老いている感じはしない。それは貫禄や、鍛えられた隆々とした身体を目

にしたからなのだろう。

 シフォンが黙ったままいると、老練の冒険者はテーブルの上の資料を一瞥し、言った。

「悪いことは言わんよ。奴らに下手に関わるな。……命が幾らあっても足りんぞ」

 だがシフォンは素直に頷くことは決してしなかった。

 一度何度か静かに目を瞬かせた後、ぐっと目を細めて平静を装いつつも言い返す。

「分かっています。でも、僕は奴らを許せない。このままじゃ、きっと……」

「……そうか。あんたのような古種族エルフですら、奴らは敵に回すとはな」

 老練の彼は敢えて諫め続けるのを止めたように見えた。

 しかし、その眼には間違いなく嘆息の色が混じっているのが分かる。

「無粋な真似をすまないね。……だが、くれぐれも深入りはしない方がいい」

「……お言葉は、受け取っておきます」

 見据えながらそう言われ、彼はフッと苦笑いを漏らしていた。

 そのままゆたりと身を返して外へと出て行こうとする。

「まぁ、死なない程度にな」

 そう捨て台詞を残して。

 シフォンは暫し黙したまま彼の立ち去った方向を見遣っていた。いや……睨んでいた。

 それは、普段物腰穏やかな筈の彼には珍しいもので。

「お。ここにいた。やっと見つけたぜ」

「うわぁ。本や新聞がいっぱいです……」

 すると今度は反対方向から声が聞こえた。

 振り返れば、ジーク達三人が自分の姿を見つけて近寄って来ている。シフォンはごく自然

に、しかし捲っていた資料を意図的に隠すようにその上に裏返しにした本を積む。

「申請終わったぜ。これでサフレ達もうちのメンバーとして仕事ができる」

「立会いありがとう」

「何。途中で僕はこっちに来たんだし、カードさえあればいいだけだよ」

 振り向いて受け答えしたシフォンの表情は、元の穏やかなそれに戻っていた。

 小首を傾げて書類の山を見遣っているマルタを僅かに横目に捉えてから、

「一旦ホームに戻るつもりなんだが……。まだ掛かりそうか?」

「ああ。先に戻っていてくれ。僕はもう少しここで調べ物を続けることにするよ」

「ん……。分かった」

 念の為にと訊ねてくるジークにそう返す。

「それじゃあ、行こうか」

「ああ」「はいです」

 少し怪訝に資料の山に目を遣ったジークだったが、それも数秒の事ですぐにサフレとマル

タを促すと資料室を後にしていった。

 再び、室内は周囲には人がいなくなった。

 しんとする書の威圧感の中の空気。

「……貴様らは、また僕から大切なものを奪うつもりなのか?」

 するとシフォンは彼らが出て行ったのを再確認すると、

「そうは、させない」

 そっと重ねていた本を除けて、資料の中の黒衣達に独りごちる。


 静寂から騒々しさへ。

 ジーク達は資料室を出て再びラウンジに戻った。

「……調べ物、ねぇ」

 がやがやと相変わらず冒険者達が室内に屯している。ジークはそんな彼らをぼんやりと眺

めながら誰にともなく呟いていた。

「一体何を調べていたんでしょう?」

「分からない。だが、予想ならできるな……」

 マルタは小首をかしげ、サフレはじっと目を細めてジークの背中を見ている。

 するとサフレは数拍間を置いて何かを考えるようにすると、その後ろ姿に声を投げた。

「ジーク。僕らも調べてみないか?」

「あ? 何をだよ?」

「隠さなくてもいい。気になっているんだろう、自分の剣の事を?」

「……。まぁ、な」

 サフレに小さく指差された、自身の腰に下げた愛刀達にちらと目を落とし、ジークはか細

く頷いていた。

 考えれば無理もないだろう。何せ、サフレはあの変化を直に味わった当人なのだから。

「でも調べるっつってもどーすんだよ。もうあの時みたいになってねぇし、どうやったのか

も俺には分かんねぇし……」

「ああ。だが、その剣は間違いなく魔導具の類だ。直接その洗礼を受けた僕が保証する」

 少し意地悪く、だが真面目に。

 ジークはバツが悪く苦笑いを零したが、質問を付け加える事を忘れはしなかった。

「しかしよ。団長やハロルドさん、シフォンだって気付いてなかったんだぜ? 戻ってもう

一度聞いてみた所で進展があるとは」

「クランの皆にじゃない。いるじゃないか。この街には、専門家が」

「……専門家?」

 数度、目を瞬く。

 ジークはすぐにその意図に気付けなかったが、サフレの傍らのマルタはそうではなかった

ようで、なるほどとポンと両手を合わせる。

「そうだ。魔導具──魔導の専門家が集まっている場所が、この街にはあるだろう?」

 ハッとして。

 ようやく気付いたジークに、サフレはコクリと頷いて言った。

「そう……。魔導学司校アカデミーだ」

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