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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-7.ヒトとセカイの理
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7-(0) 覚悟はあるか

「エトナを……捨てる?」

 ブレアの言葉の意味を、アルスはすぐに受け入れる事ができなかった。

 アルスも、エトナも、お互いの顔を見合わせる余裕すらなく、ただ唖然と肩越しに自分達

に鋭く真剣な眼差しを向けてくる彼を見遣るしかない。

「どう、して……」

「そ、そうだよっ。何で!?」

「何故? よく考えればお前らなら分かる事だろ?」

 たっぷりの沈黙。アルスはそう動揺に震える中で呟くのが精一杯だった。

 エトナと、離れ離れにならないといけない……? あの日からずっと一緒だった相棒であ

り家族である彼女と? 実感がわかなかった。それでも身体の震えが止まらない。

 当のエトナは対して弾かれたように問い詰めていたが、ブレアはあくまで冷徹な様子のま

ま続けた。

「お前たちが目指している研究は、魔獣や瘴気と切っても切り離せない。そんな環境の中で

持ち霊──精霊の連れなんぞを同行させてみろ。ただでさえ精霊族はマナに近く瘴気の悪影

響を受け易いんだ。……中てられて死ぬか、最悪その場で魔獣になっちまう可能性が高い」

「それ、は……」

「……お前の意気込みやら動機は把握した。だが、現実はそんな根性論で変わってはくれは

しないんだ。お前に、自分の持ち霊が魔獣になっても研究を続ける覚悟が……あるのか?」

 アルスは答えられなかった。

 確かにそのリスクがある事くらいは承知だった。

 でも実際にブレアの口からその天秤の選択を迫られたこの場で、アルスはすぐに決断する

事ができなかった。傍らで、エトナが不安そうな眼で自分を見つめているのが分かる。

 夢──目標が僕にはある。

 でもその為にエトナを捨てるなんて……。

「これは、俺なりの親切心のつもりなんだがな。俺だって魔導師の端くれだ。自分の持ち霊

が失われる事がどんなに辛いか、分からないわけじゃない。でもな、だからこそこう言って

いるんだ。瘴気に中てられて取り返しのつかない事になる前に自分から遠ざける。……論理

的に間違っている選択じゃない筈だぜ」

「で、でもっ!」

「……いいんだエトナ。先生の言い分は、理に適ってるよ」

「あ、アルス……?」

 ブレアの言葉が揺らぐ心を容赦なく打ち貫いていった。

 確かに理屈はそうかもしれない。でも自分達は──。

 エトナはそう言おうとしたようだったが、アルスは敢えてそれを制止していた。

 トーンを落とした戸惑いの声が振ってくる。アルスは俯き加減のまま、怖くてその顔を見

返す事ができなかった。

「流石は主席クンだ。あくまで冷静であるなら、俺の言っている事は分かるよな?」

「……はい」

 つまりこれが彼の言う条件なのだ。

 エトナを瘴気から守る為に、敢えて彼女を契約解除するすてるのか。

 それとも彼女との繋がりに拘った結果、その彼女を失う末路を取るのか。

 夢を追う──その為に自分の教えを請いたいのならば、その覚悟を示せと。

「…………」

 それでもアルスは決断できなかった。

 夢を追いたい。皆が瘴気や魔獣によって悲しまない世界を作りたい。

 でも、その為にエトナとの契約関係を解除する──彼女を切り捨てる選択を、アルスはど

うしても下せなかった。

「ま、いきなり決めろってのも酷だがな。そう焦ることはねぇさ。ゆっくり考えろ。邁進す

るのか諦めるのか。持ち霊を捨てるのか拘るのか。まだ希望届の締め切りまでは日がある。

よーく考えて決めることだ。……お前はまだ若くて、何より優秀な卵なんだ。もっと別の進

路だってあるんだって事も忘れるなよ」

「……。はい」

 アルスの声はとても弱々しく、か細かった。

 そして暫しブレアの肩越しの眼に晒されてから、アルスはのそりと踵を返してラボに背を

向けて歩き出した。

 その動きに慌ててエトナが、しかし掛ける声を見つけられずに後を追う。

 部屋を出て行く間際に彼女はキッとブレアを睨んでみせたが、対してブレア当人は意に介

さずといった淡々とした表情でその眼差しを受け流し、書物だらけの室内に再び腰掛ける。

「……ふぅ」

 再び研究室ラボ内は一人だけになった。

 夕暮れの日差しが無言で差し込む本の山の中、ブレアは届けるべき相手が去った中でそっ

と言の葉を紡いでいた。

「悪い事は言わねぇ。こっちに……来るな」

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