真心
超常現象研究組織Black Fileの本部は地下にある。巨大な地下施設のその一室に、今日は三人の男性が集まった。
「で、探したんだろう?」
白銀の長髪の男性が席につくや否や、隣の無愛想な相棒に問う。
「ああ、だが見つからなかった」
黒髪の男性だ。彼の手元には携帯電話がある。
「電話は持っていったんだよね」
柔らかい髪質の眼鏡の男性が言うと、黒髪の男性が「そうみたいだな」と頷いた。
彼らはBlack Fileの創設者、ブライス・カドガン(Brice Cadogan)、ナッシュ・フェネリー(Nash Fennelly)、ドワイト・ジェナー(Dwight Jenner)だ。
三人は一つの机を囲んで、深刻な顔で話を進めていた。
「ベティが居なくなってもう二日か......本当に何処に行ったんだろう」
ドワイトが心配そうな顔をして、二人の顔を交互に見る。ブライスが何やら目線を下げる隣で、ナッシュは肩を竦めた。
「そのうちケロッとした顔で戻ってきそうだけどね。問題は医務室の医者がシャーロットさん一人になってしまったことだよ。あれじゃあ彼女は寝る間もないよ」
数日前、創設者の一人であるベティ・エヴァレット(Betty Everette)が施設を飛び出していった。原因はブライスとの喧嘩である。恋仲であるが、仲間として一緒に此処で働いてきた。
しかし、あることをきっかけに、ベティは少しずつ溜めていた鬱憤を爆発させて出て行ったのだ。
ベティはB.F.の女医として怪我をした研究員の対応をしていた。医務室には彼女の憧れであるシャーロット・ホワイトリー(Charlotte Whiteley)という、既に一般の医者を退職した女医も居たが、ベティが居なくなったことで医務室にはシャーロット一人となってしまった。
当然人手は足りない。基本的に医務室はベティとシャーロットが半日交代で仕事を行っていたが、ベティが居なくなるとその仕事を全てシャーロットが請け負うことになるのだ。
「君が鈍感すぎるのがいけないんだ。それと勇敢すぎるのもね」
ナッシュの目は隣のブライスに向けられる。
ベティが出て行った原因は、部下の前に自分を捨てて立って守ろうとするブライスである。自分は怪我をしても構わないが部下だけは無事でいて欲しいという、責任者である彼の強い思いと行動が、ベティは嫌だったのだ。恋人であるなら体を大事にしてもらいたいというのが彼女の言い分で、もちろんそれは周りの誰もが納得するものである。
ブライスは、一度に限らずその後も部下に危険が迫れば積極的に前に出ようとしたので、ベティも堪忍袋の緒が切れたようだった。
「君は愛されてることをもう少し自覚した方がいいと思うよ」
ナッシュの言葉にブライスは頷くこともせず、テーブルの上の電話を見ていた。
「地上に出て探してたけれど、本当に何も見つからなかったのかい?」
ナッシュの言葉が強くなる前にドワイトは話を戻した。
してしまったことを悔やんでも仕方がない。今はベティの安全を確かめる方が大事だ。
「ああ。あいつが行きそうな宿は全部回った」
「じゃあ、実家に戻ったのかな」
「そうかもな」
「もう戻ってこないのかな」
少しの間三人は黙っていた。大学時代からの仲間が一人でも減るとなるとそのダメージは大きい。四人は設立してからずっと一緒なのだ。色々な困難にも四人それぞれの得意不得意を補いながら歩んできた。その仲間は例え一人減ろうが、それは今まで順調に組み上げてきた積み木が跡形もなく崩れてしまうようなものだ。
「まさか、戻ってくるよ。とにかく今はシャーロットさんに負担をかけないように、私達がきちんとサポートをしないと」
すっかり沈んだ空気を明るくしようとドワイトがそう言った。ナッシュが「それもそうだね」と頷く隣で、ブライスは自分の手元に目を落としたまま、口を開かなかった。
*****
ベティはエリゼの手を借りながら、人の目を盗んで資料室に忍び込む毎日を送っていた。怪しまれないように施設内の散歩を済まし、皆オフィスに戻り始めたか、自室に戻り始めた夜に彼女は資料室の扉を潜るのだ。今のところ誰と接触することも無く、情報を得られている。
ここ数日で手に入れたのは、ベルナルドが考えている永遠の命の創造をどうやって実現するか、という情報である。彼の目的はやはり永遠の命を創ることだ。それは想像上ではなく、本当に創り出そうとしている。
まず彼がその目標を掲げるきっかけになったのが、何を隠そう文書001の内容の把握であった。文書001の下部、それに書かれているのは上部に書かれていた死後の世界らしき不思議な空間が何処か現実の世界との繋がりがあると掴んだ著者が、空白の一日は死後の世界と現実の世界を融合した異空間であったと仮説を立てるものだった。
つまり人類が忘れた一日は、死後の世界と現実の世界が重なってしまった日だった、ということだ。
この文書の著者は人類で唯一その日を忘れなかったのだ。そしてその日の体験談を書いたのがこの文書001である。また下部の終わりにはもうひとつある重大なことが書かれてある。
「あの異空間は周期が存在し、再び我々を誘うことになるだろう」
それはつまり、二十数年前にあった空白の一日が再びこの世界に現れるということだ。そしてベルナルドはその日を目指して研究を進めている。
彼は死後の世界と現実の世界を融合させることで永遠の命が手に入ると考えている。永遠の命という物体ではなく、世界の概念をそう変えてしまうというのだ。つまり空白の一日を、一日ではなく、永遠に継続させる方法を探している。
では、彼は何故それほどまでして生き続けたいのか。ベティは気になって資料を漁ってみたが、それらしい答えに辿り着くことはなかった。
*****
ベティがエスペラントに連れてこられて二週間ほど経過すると、彼女にはエスペラントでエリゼ以外の親しい仲間が出来てきていた。
それがエスペラントの女性研究員メイガン・ロペス(Meagan Lopez)、そして男性研究員のグロリア・ヒューム(Gloria Hulme)である。
「女性名ね」
グロリアに出会って一番初めにベティが発したのはその言葉だった。
グロリアは赤茶色の髪を持つそばかすの男だったが、その名前はマーガレットと同じく女性名である。
「あー、ちょっとした事情でこの名前で通してもらってます」
グロリアが苦笑いを浮かべて頭を搔く。
「慣れたらそんなでもないですよ。でも最初はやっぱりびっくりしちゃいますかね」
メイガンがその隣で微笑んだ。
彼女は黒髪に金色のメッシュを入れた、チェルシーくらいの年齢の研究員だ。グロリアとは一歳差のようで二人は同期のようだ。
「エスペラントはどうして偽名を使っている人が多いの?」
ベティは単純な疑問を投げかける。
グロリアが「それは〜......」ともごもご言う隣でメイガンが、
「社会的にやばい人の集まりだからです」
とキッパリ言った。
「それってつまり、犯罪とか、良くないことを犯した人が多いってこと?」
ベティが更に追求すると、メイガンが「そういうことです」と頷いた。グロリアが顔を覆って「もうやめて......」と悲願している。
彼が一体何をやらかしたのかベティは深く追求しないでおいた。ただやはりこのエスペラントは特別な人の集まりでもあるようだ。
「ベルナルドはあなた達から見てどんな人なの?」
「とても素晴らしい人ですよ」
メイガンが言った。その声には心から尊敬の気持ちが篭っているようで、彼女の隣でグロリアも大きく頷いていた。
「私たちは少しでもベルナルドさんに役立てるようになりたいんです」
「そう」
メイガンの輝く瞳に、ベティはそれだけ言ってあとは黙った。
こういう人間の方が多いだろうと言うのは知っていたのだ。わざわざこの会社に残り続けている彼らがベルナルドを殺したいほど憎んでいるとしたら、そんな顔はできないのだから。
「ベルナルドがどんな実験をしているのかは知っているの?」
「宇宙にことについて色々......でも実験の内容よりも私たちは彼の人間性に惹かれたので」
「人間性ですって?」
ベティは眉を顰めて聞き返す。
彼の人間性を褒められる場面が今まであっただろうか。確かにこうして色々な事情がある者に居場所を与えているという点では素晴らしい人間として謳われてもいいのだろうが、その裏彼らは犯罪者の集まりでもあるということが問題だ。
世間的に考えてそれはかなり恐ろしいことである。
政府の介入もせず、あんな軍隊のようなものまで持っているのだから、テロなんか起こそうと思えば起こせそうだ。
更には目の前の彼らが知らない裏側でベルナルドは仲間の命を粗末に扱うことが知れている。
彼らに真実を伝えようものなら、どんな顔をするのだろう。それか、彼らは知っていてついて行っているのだろうか。
「ベルナルドさんは優しいですよ。もちろん、時々怖いことを仰いますけど、自分の目標に向かって進んでいく姿が本当にかっこいいんです。近くで見ていたらきっと分かります」
「ふーん......」
キュルスもメイガンと同じようなことを言っていた。部下からの信頼は厚いと。彼の近くで過ごさなければ分からないこともあるのだろうが、少しでも助けて欲しいと悲願する研究員が見つかれば、その手助けをしたいのに、とベティは思った。
*****
毎日のようにベティは資料室に通った。浮き彫りになるエスペラントの研究員たちのバックグラウンド。
職員の情報が挟まれたファイルにあのグロリア・ヒュームのものもあった。
彼は此処に来る前に女性二人に暴行をし、その二人とは不倫関係にあったらしい。既に夫が居る女性に手を出して、その相手の夫と家族と取っ組み合いの喧嘩になり、尻尾を巻いて此処に逃げて来ようだ。
あの反応から見てベティは呆れながらも納得した。なるほど、それでは此処に来るのも頷ける。
一方、メイガンは何度も名前を聞いたことがある一流企業からエスペラントにやって来たらしい。あのハキハキとした喋り方は一流企業で重宝されるものであろうに、どうしてこんな会社へ......と、ベティは彼女の情報のページの端に、
『死の怖さをよく知る様子』
と書かれているのを見つけた。
彼女は死ぬことを恐れているのだろう。ベルナルドの考えることと一致しているようにも思える。同じ思考の人間も集めているのだな、とベティは資料を閉じた。
さて、どうしたものか。
すると、扉の向こうから誰かが歩いてくる音がした。ベティはサッと血の気が引いた。歩いてくるのが誰かによるが、最もまずいのはベルナルドとフランチェスカだ。
ベティは資料棚の影に身を隠す。隙間から扉は確認できる。だが、それ以上にどうすれば_____。
扉が開いた。
「あの女、生意気なんだよねえ」
入ってきたのは今考えている一番最悪な組み合わせの二人だった。
フランチェスカとベルナルド。スパイシーな香水の香りがベティの鼻をツンと刺激した。
「また実験で三人くらい人が必要でしょ? その時に殺してあげてやってよ」
フランチェスカはベルナルドの腕に片腕を巻き付け、片手には資料のような紙の束を持っていた。ベルナルドももう片方の手に分厚いファイルを持っており、二人はある棚の前で止まった。
「ああ、それとメイガンって子......あの子も。ベルナルドに向ける視線がやらしいのが気に食わないんだよ。血肉に飢えたハイエナみたいな。でも彼女の横にいる男......名前、何だっけ?」
「グロリアのことだな」
「そう、グロリア。アイツは良い目をしてるねえ。アタシ好みの、くすんだ目」
資料棚にファイルを片付けているベルナルドに後ろから抱きつくフランチェスカ。彼女のベルナルドに対する気持ちは嫌でも伝わってきた。これが表の気持ちか、裏の気持ちか。まだ彼女について情報は少ないが、ベルナルドが彼女を近くに置くのも分かる気がした。
「もちろんアンタだって良い目だよ。ねえ、ベルナルド」
「グロリアは命からがら逃げてきた故実験には好都合だ。今度の実験は彼も入れよう」
「じゃあ眼球はいらないだろ? アタシにおくれよ」
「マーガレットにでも頼んでおこう」
目の前で繰り広げられる会話にベティは理解が追いつかなかった。グロリアが殺される。更には趣味の悪いフランチェスカのコレクションにされるのか、眼球を取り出される。冗談でも気分の悪くなる会話だった。
「今度の実験は何なんだい?」
「特殊な細胞の移植だ」
「ああ、クラゲのかい。命の永久機関みたいなものだしねえ」
フランチェスカはずっとベルナルドに体を寄せていた。ベティは呼吸が漏れないように口を手で覆った。
「あと二人の実験体はどうするのさ」
「そうだな......役立たずは多い。まずメイガンはいらないだろうな。それと......」
ベルナルドの目が此方を向いた。ベティはハッと口から手を離した。
「そこのお嬢さんは何を?」
ベルナルドの顔に不敵な笑みが浮かんだ。フランチェスカも此方を向いてベティに気づいたらしい。
「やだねえ。ネズミが潜り込んでいたのかい」
フランチェスカがベルナルドの腰から自分の腕を解いて、つかつかとハイヒールの音を響かせて此方にやって来る。ベティは逃げようとしたが、彼女の方が一足先に手首を掴んだ。
「コソコソしてると思ったら、アタシらが気づかないと思っていたのかい」
「いつからっ......」
「此処二週間、資料の位置が変わっていたからな。防犯カメラは無いが、何千回とこの景色を見て何が何処に移動したかなど一発で分かる」
ベルナルドが微笑んで、ベティに近づいてきた。
「パスワードは誰から漏らされた? キュルスか、それともエリゼか?」
「知らないわ! 廊下に落ちていたから、たまたま......」
「ならそのメモとやらを見せてもらおう。筆跡で誰が書いたかなどすぐに分かる」
ベティは彼らを睨みつけた。
あれだけエリゼに言われていた、彼女からもらったメモを捨てるのを忘れていた。
このままではエリゼが危険な目に遭う。彼女を更に苦しみに追いやるなどベティはしたくない。
「それよりも、聞きたいことが山ほどあるわ! アンタ達、自分の部下をそんな実験の材料なんかにして何のつもりよ!? 人の命を何だと思ってるわけ!?」
ベティはフランチェスカの腕を振りほどいて声を荒らげる。
「みんな、意味わからないけどアンタを尊敬して、きちんとついていこうとしているのに......実験の材料にされる未来を知っていたらこんな会社に来るわけないでしょっ! 人を騙して殺して、何が命の研究よ! どれだけの犠牲を払ってまでそれが欲しいの!」
「ネズミの命など紙より軽い」
ベルナルドは嘲笑を浮かべた。
「我々は常に人とネズミの間に線を引く。これは人間、これはネズミ、そして、これはネズミと人間の境に居る、とな。我々は当然、人間側だ」
ベルナルドが迫ってくる。
「お前はどうなりたい?」
ベティは何も言うことができなかった。このエスペラント職員は本当に故意で彼についていこうとしているのだろうか?
いいや、違う。彼らは洗脳されている。ベルナルドが教祖の宗教が此処に出来上がっている。永遠の命を求める、巨大な宗教が、このエスペラントという会社なのだ。




