12/25 君はどうして
少し時間を巻き戻し
海辺のホテル〈ブルー・スカイ〉。家族用に作られた、自分の部屋。
クリスマス会楽しかったなぁ、とか、賀川のお兄ちゃんと雪姫お姉ちゃん、きっとうまくいくよねと、思いながら。
バルコニーから海を眺めていた汐は、はっとその栗色の大きな瞳を見開いた。
胸で揺れる夜輝石が入った小瓶が、仄かに光る。
その光と同じものがーー、
波打ち際から、空に。上がっていた。
〈継承者〉にしか見えない、その光が。
夜の闇の中、眩く光その柱。
汐は慌てて、部屋を飛び出した。
ハンガーラックにかけてある、自分のコートを取り上げ、羽織りながら玄関に向かう。
「…………こんな時間に外。出るの危ない」
「っ!」
玄関前に、そっと渚が立っていた。
「……渚お姉ちゃん……」
びくっと汐が立ち止まり呟くが、きゅっと唇を引き結んでから。潤んだ目を上げた。
「行かせて、ーーお父さんが……っ!」
「!?」
黒の瞳を大きく見開き、息を呑む。
その隙に、側をすり抜け、汐は玄関から外に出た。
「汐!」
振り向いた渚の前で、玄関のドアが閉まる。その背に声。
「渚はそこにいろ! ルドで追うっ」
声がした方を更に振り返った渚の目に、開け放たれた窓から、白髪が闇に溶けていくのが見えた。
「こんな時間に、何処行こうってんだよ?」
「っ」
ホテルの裏口から出た所で、そんな声をかけられる。羽音と共に目の前に降り立ったのはーーフィル。
子供の足で、同じく子供な見た目だが、鳥を操るフィルに勝てるはずもない。
裏口の扉が、重い音を立てた。
「……フィル……」
汐が溢した声は、思った以上に掠れて、震えていた。
栗色の瞳が揺れる。
まっすぐ見返してくる、フィルの蒼の瞳が。
まるで責めているかのように汐に映る。
事実、もう既に夜も遅く、いくらクリスマスの夜といっても、子供はそろそろ寝る時間だ。そんな時分に、一人で外に出ようというのだから。怒られても仕方がない。それはわかっている。だけれどーー
どうしても、引けなかった。
「フィル……、お願い、行かせて」
「なら、理由を言え。こんな時間に、それも一人で。外に出なきゃなんねぇ、そのワケを」
「……それは……」
言い淀んで下を向く。
言いたい。でも、言えない。
そうだと思うのに。
どうしてもーー
確信が持てない。
現象がそうだと固定するのに。
心が、それは違うと否定する。
「……はぁ」
やれやれ、と肩を竦める気配。
「帰んぞ」
いつの間にか傍に来ていたフィルに、手を掴まれる。
「だめ!」
その手を反射的に振り払う。
「っと」
フィルは半歩後ろに引いて、すんなりと掴んでいた手を離した。
汐の栗色の瞳から、ぽろりと一つ涙が溢れた。
掴まれた手を、もう片方の手でぎゅっと握る。
困らせたいわけじゃないのに。
困らせてしまう。
息を飲む気配。
掴まれた手をぎゅっと握る。
フィルを見ないままーー、
叫んだ。
「今じゃなきゃ、だめなの! ーーお父さんが!!」
言うだけ言って走り去るーー、栗色の小さな背中を、ぽかんとしたまま見送って。
「ーーーーは?」
フィルは、やっとそれだけ、呟いた。
「やぁ。来ると思ってたよ」
「……っ」
海に面した、岩場の近く。
その人はそっと立っていた。
夜の闇に紛れるように。
しかし、その腕にある夜輝石の腕輪だけは、輝きを失っていなかった。
白い豆鳥が、近くの木の枝に止まる。
「君もーー、〈渡し送り〉が出来るんだから。その送り光を、見ることが出来ると思ってたんだ」
ゆっくり、こちらに身体を向ける。
その顔は、その声は。
絶対に。
間違えるはずもないのに。
ずっとずっと。
会いたいと思っていた人なのに。
ーー「違う」。
にっこりしたまま、その人が一歩踏み出す。
汐は身を震わせて、一歩後ずさってしまった。
にっこりしたままの、その人の笑みが深くなる。
「君はどうしてーー、母さんの子供の頃と同じ、見た目をしているのかな?」




