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灰色の境界  作者: 宵時
第四章「……ええ。時を経て、俺は殺人者になった」 「〝英雄(ヒーロー)〟とは言わないのだな」
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4-10 闇色の殻

 順調に舞台は進んでいく。観客の反応は様々で事前に両クラスでも議論になった、倫理観の欠如した描写や残酷・暴力表現に関する部分で動きがあった。

 予めそういった表現を含んでいることは通達してあるし、かなり際どい部分ではあったが審査基準もクリアしている。

 問題はこれが果たして父兄など保護者にも見せられるものかどうかという点。

 その辺りはまとめ役が何とかしてくれるだろう。

 俺はただリョウト・サイレンサという役柄を演じるだけ。クレスも上神(こうがみ) 玄明(げんめい)を演じ、断花(たちばな) 明日葉を遥姫が、その妹である咲耶(さくや)をリオンが演じて表現していく。

 彼らの出会いは本来生まれるはずのなかったものを生み出した。

 かつて俺が初めてリオンと邂逅した時、殺し合う運命なのだと思っていた。

 だが、実際は共に死線を駆け抜けたことはあれど、明確に刃を向け合ったことはない。

 クレスとセラの関係ではない。互いが互いの愛しきものを殺害し、そして相手に贖罪を求め合う。そんな単純な関係性でもない。

 もっと深い部分があって、きっと他者には理解し難いものがある。

 俺もそうだし、誰だって完全に他者と分かり合うことなどできないのだから。

 だから物語の中だと、作り物だとしても俺にはこの作劇が妙に引っかかっていた。

 言いだしっぺは刃助だが、結果的に配役や立ち回りは加賀見に誘導された節がある。それはある意味では主要人物を近しい〈灰絶機関(アッシュ・ゴースト)〉だけで固めて意志疎通に障害がないように配慮したとも取れる。

 そう頭では理解していても魂を震わせる妙な悪寒が消えずにいた。

 (ある)いはこれから起こりうる、至る結末に対する悲哀の感情なのかもしれない。

 そんな思考を回しながら袖から舞台を眺める。

 大勢の生徒による軍事演習、その戦闘に立って指揮する玄明。場面が変わり、舞台を降りていく大勢と入れ替わりに、雑念を振り切って観客の前に出る。

 俺と玄明と明日葉が机を囲む。

「なぁ、ゲンメイ。なんで訓練ばっかりしてるんだ」

「何故、とは今更だな」

「男が汗水流している間、私は研究所にこもりっきりだけどね」

 二人の返答が望むものではなかったので、改めて言い直す。

「だからさ、毎日毎日訓練して技術交流して、っていつまで続くのかな、ってな」

「俺達は軍人だからな。鍛錬を怠れば動きや勘が鈍る。いつまで、という

問いには答えられんな。あくまで、上からの命令に従っているだけだから」

「私も、かな。完成系に至るまでは研究が続くと思う」

「それだよ」

 俺は両手を組んで、人差し指だけ立てて二人を指さす。

「そっちは全然教えてくれないけど、結局俺達の技術を使って何がしたいわけ?」

「何、とは……その、なんだな」

「うん。もしかして、待遇が不満だとか?」

 二人の表情が曇る。何かを隠しているようなふうにも見えた。

 なんとなく、わかる。言葉にはし辛いが場の空気が変わっている。ガナフスの人間が生まれた時から呼吸するのと同じくらい自然に読み取る〝何か〟は、言い換えればマギスタス側が解明してる体に流れる微弱な電気や、力を世界に現出させた証である魔力に近しい存在なのだろう。

 ほのかに薄暗いものを感じさせるのは、二人にあって俺にはないもの。

 さらなる追及をぶつける前に玄明が口を開く。

「以前、守るために戦うと言ったな。今は、どうなんだ」

「先に質問したのは俺の方なんだがな」

「……俺の、口からは言えない。繰り返しても仕方ないだろう」

「ふぅん。命令には絶対服従、逆らうことなんてできません、ってか」

「貴様もそうだろう、リョウト」

「ああ、ミカゲさん? いや、別にそんな堅苦しいものはないよ」

「……規律とは法だ。ガナフスには人間としての、最低限の常識もないのか」

「ジョーシキだとか、ヒジョーシキだとかよくわからないけどさ」

 いい加減、このやり取りも飽きてきた。どんな馬鹿でも、流石に分かる。

 ガナフス側から出向しているのは俺も含めて戦いの中で生きてきた戦士だけだ。唯一まとめ役というか尻拭いというか苦労人な立場でミカゲが統括しているが、誰もが当然のように壁を守り生きてきた者達。

 今更言い直す必要もないと思っているが、壁を守りきること、ひいてはマギスタスと交流を持ち有効な関係を築けているのだと仮定すれば十分に意味はあったと思うし、壁の一部がなくなった今でも意義は残っている。

 即ち、マギスタスを監視するのだ。彼らが不穏な動きを見せて、ガナフスを脅かす兆候を見せればすぐにでも討たねばならなくなる。

 野蛮だ、原始的だと言われてもガナフスの流儀は変わらない。

 人間が生きるために狩猟を行い、生命を食らうのと同じで生きて存在し続けるために殺す。相手が人間か、それ以外かという違いしかないし、俺にとってはそのくらいの認識だ。それらの言いたいこと、ぶつけたいことはあえて胃に押し込んで続く言葉を吐き出す。

「魔法は確かに凄いけどさ、俺達はそれを使って何かをするって考えは特にないんだよ。確かに便利だし、使いこなせば強力な武器になるけど別に俺達は年がら年中殺戮を繰り返しているわけでも、血を吸わなきゃ生きられない怪物でもないんだ」

「分かっている、さ。ガナフスを愚弄したつもりはない」

「いや、そこですらどうでもいいんだけどな。だけど、そっちのやりたいことが

見えないんだ。一体、何を求めて……何に縋って気功術なんて学ぶんだ?」

 ほぼ核心を突いたであろう問いに、玄明が目を丸くして明日葉と見つめ合う。

 目線で意思を交わし、続くべき言葉を選んでるのだと思う。

 返答には数分を要した。

 ようやく、観念したかのように小さく首を振り、玄明が真剣な表情で口を開く。

「リョウト、何を見ても驚かないか」

「だから、馬鹿にしてんのかよ。俺は全部見せろって言ってんの」

「……本当に、大丈夫か」

「しつこいな。どうせ研究なんだろ、末期病か何かのさ」

 俺の言葉に、玄明と明日葉は心の底から驚いた表情を見せた。

 俺は小さく溜息を吐く。

「……あのな、マジで怒るぞ。ガナフスは確かにお前達マギスタスと比べりゃ大分文明としてのレベルは下だろうさ。魔力で動く不可思議な道具なんかないし、その役割を担うのは精神石(メンタルアウター)くらいで動力に使ってるだけ。これもお前達からすれば別の使い方があるんだろうな」

「リョウト。どこまで、わかっているんだ」

「何度も言わせるな。全部を話せ、って言ってるんだよ。

隠していること、やりたいこと。いちいち腹を探り合って、

回り道して無駄に時間を費やすのがマギスタスの流儀かよ!」

 はっきりと言い放ってやる。

 押し黙った玄明の代わりに明日葉がゆっくりと口を開いた。

「私達は、楽なものに頼りすぎていたのかも、しれない」

「文明的に優位に立っているマギスタス様が、明らかに格下のガナフスに縋るのは、

その魔法様でどうにもならない事象があるからだろ。流石に馬鹿にしすぎだ」

「その、ごめん……」

「謝るくらいなら最初からすんな」

 自らの心臓を抉るような台詞だった。

 これまで何度謝罪してきただろう。幾度となく偽り、隠し、その度に中身のない謝罪を繰り返して結局本当のことは何一つ話せていないというのに。

 そこはかとなく意志を感じる。決意を鈍らせないようにするためか、或いはかの時代に引き戻すための起爆剤にしたいのか。

 どちらでもいい。頭の隅に追いやり、自らの役割を貫く。

「そもそも教えられるようなもんでもないしな。

徹頭徹尾、俺達は俺達のためだけにしか動けないんだよ。

だから、一人で完結できるように精神性も築き上げられてるし、

外側の不確かな力に頼らずとも生きてこれた」

「強い、んだね。物凄く、生まれた瞬間から――」

「だからさ。別に不死身なんかでもないし、怪物を見るような眼はやめろって」

 もっといえば実験動物(モルモット)扱いかもしれない。幾度となく顔を合わせた、玄明の上司である服部が俺達を見るさまが、まさにそうだった。

「常々言ってるけど、俺達ガナフスは迫り来る敵は容赦なく殺す。代わりに、自分が

殺される覚悟もとっくにできている。危険だとかで誤魔化すのはもうやめてくれ」

 これも自分自身に突き刺さっていた。

 希望的観測かもしれない。だが〈灰絶機関〉の〈死神〉として生きる俺達に対して加賀見を始めとするサポートメンバーが語ってくれたように、遥姫や刃助も真実を語れば真正面から受け止めてくれるのかもしれない。

 願望は、同時に裏側に潜む恐怖に対する言い訳でもあった。

 明日葉は演技としての悲しげな笑顔を見せて口を開く。

「そう、だね。いつだって真っ直ぐで、上神くんともぶつかってたんだね」

「当然だろ。同じところで過ごして、同じもの食べて時間を

共有するんだったらココロも一緒にいて通じ合わなきゃダメだろうが」

「ホントに、強い」

 はらりと落涙する明日葉は、役割としてではなく心から流しているように見えた。

 照明が落とされ、黒子達が出てくる。

 俺の感情などお構いなしに舞台は進められ、セットが変更されていく。

 病室がセッティングされ、ベッドの上で咲耶が横たわる。

 傍に立つのは玄明と明日葉、そして俺……リョウト・サイレンサ。

 照明の光度が戻り、うっすらと瞼を開いた咲耶が俺を見る。

「この人が、リョウトさん?」

「初めまして。タチバナ……サクヤ。呼び捨て、でもいいか」

「うん。リョウトさんの呼びやすいように」

「俺は〝さん〟づけされるほどえらくもないから」

「で、でも……」

 逡巡するも、押しに負けたのか気恥ずかしそうに頬を赤く染めて言い直す。

「りょ、リョウト」

「その方が俺もやりやすい」

「その、リョウトがあたしを助けてくれるの?」

「そうなるかどうかはサクヤ次第だな」

 玄明と明日葉は押し黙っている。咲耶は久しぶりに見た姉の顔に瞳を輝かせていた。

「お姉ちゃん! 研究は、もういいの?」

「それも、リョウト次第かな、ってお姉ちゃんは思うの」

「どういうこと……?」

 震える声で返した明日葉に思うところがあったのか、咲耶の問いは弱々しい。

 俺は姉妹である明日葉と咲耶を遠慮なく交互に見比べていた。

 髪や瞳の色、肌や声色に至るまで血縁関係と思える要素はどこにもない。

 しいていえば二人とも綺麗だということ。

 儚く脆く、触れればすぐに崩れ去ってしまう雪の結晶のような存在。

 玄明がベッドに近づき、咲耶の手をとって両手で包み込む。

「この子は、日の光を浴びれない。まともな食事もとれない。

魔法が使えて、魔力も流れてるのに俺達じゃ血流を整えて、

最低限の栄養素を巡らせることくらいしかできないんだ」

「つまり、生かさず殺さずで延々と放置されているわけか」

「……リョウト、貴様っ」

 病院内ということも忘れ、激昂した玄明が掴みかかってきた。

 俺は苦しさを示すことも、取り繕うこともなく続ける。

「お前達は隠さず教えてくれた。

だから、俺も正直に言うし本当のことしか口にしない」

「貴様、まさか……」

「サクヤ。病院から出て外に行けたら、何がしたい?」

 問いに対して、最初何を言われたのか分からないかのように目を丸くするだけだった咲耶は時間を費やして言葉の意味を噛み砕いて飲み込む。

 ようやく理解した硝子の少女は涙ぐみながら答えを紡いだ。

「……思い切り、思いっきり遊びたい」

「だろうな。元気になったら、遊びたい盛りならそれが普通だ」

「リョウト、あたしは――」

「俺から言えるのは、ただ一つだけだ」

 そう、いつだって一番大切なものはたった一つだけで。

 それを守り抜くためならば何だってするのが人間という種族であって。

 玄明が手を放す。俺は咲耶との問答を続けていく。

「魔法は、体を巡る魔力を使って望みうる別の現象を生み出す術らしいな」

「うん。お姉ちゃんも、ずっと前にせんせーもそう言ってた」

「俺達ガナフスの民が持つ気の力は、内側で作用する。つまり、サクヤが

叶えたい願いを結果に据え置いて過程を作り出し、自らの肉体を順応させる」

 玄明と入れ替わって、ゆっくりと歩み寄り咲耶の隣に立った。布団をめくり上げる。

 玄明が暴れかけるも明日葉が背後から抱えて動きを制していた。乱暴にパジャマを捲り上げる。露わになったのは素肌だけでなく、様々な計器が姿を現した。

「やっぱりな……」

 振り返る。明日葉も、玄明も目の前の現実を受け止めきれずに震えていた。

 向き直ると咲耶自身も取り付けられた計器の数々に驚いていた。

「リョウト、これは……どういうこと?」

「どうもこうもない。サクヤ、君は病気なんかじゃない。

人為的な、実験に付き合わされているんだよ」

 素肌と共に引きずり出されたのは、マギスタスが抱え願う暗き欲だった。

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