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灰色の境界  作者: 宵時
第四章「……ええ。時を経て、俺は殺人者になった」 「〝英雄(ヒーロー)〟とは言わないのだな」
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4-11 失われる世界

 しん、と静寂が世界を包み込む。観客側からのどよめきから少しずつ綻んでいき、ゆっくりと動き出した時の中で玄明が叫ぶ。

「有り得ない……そんな、馬鹿なことが」

「馬鹿? 何がだ。お偉いさんが私利私欲で得たがっている何かか。

それとも、そんな我欲に走るわけがないっていう、どうでもいい擁護か」

「……リョウト。今度ばかりは、軽口では済まぬぞ」

「へぇ、大事な人の前でドンパチやっちゃうわけ?」

「貴様はッ!」

 威圧感が増す。全身から放たれる強烈な魔力混じりの波動を、涼しげな顔で受け流してやる。焼き増しの感情だからこそ素直に発露できるのだ。

 突きつけられた現実は、信じ続けてきたものへの否定。人間の善性を信じ、かくあるべきだと思い込み軍人は全て私欲を捨てて大義のために戦うのだと盲信してきた。

 度し難いほどに真っ直ぐ、即ち悲しいほどに愚直な人間が上神(こうがみ) 玄明という男だ。魔法を操る気配を見せる玄明に対して、俺は変わらぬ態度と口調で続ける。

「そちらさんが何を狙っているのかは、推測しかできない。っても、治せないものがあって、それを治せる奇跡を恋い焦がれさせた上でガナフスからもらい受けるって言うならある程度予想はつく」

「貴様は、分からないのではなかったのか」

 玄明の声は憤怒と冷徹の狭間にある冥獄から漏れ出ていた。理性で激情を押し付けている。その心持で玄明にとって断花(たちばな) 咲耶(さくや)という人間は掛け替えのない大事なものだと知れた。知ってしまったからこそ知らしめねばならない。

「分からないさ。俺は他人様に教えられるほど頭が

よくないからな。お前が言った通り、馬鹿なんだよ」

「引き延ばすな。簡潔に、必要なことだけを言え」

「大分切羽詰まってるなぁ。アスハも一緒なのかよ」

「私は……」

 話を振られた明日葉の表情は困惑一色に塗り潰されていた。精神の波を感じる。放たれる波動から読み取っていく。不安と混乱、自らが重ねてきたことに対する後悔と知らされていなかったことに対する義憤が混ざり合う複雑な心境だと知れる。

 震える唇を必死に動かして明日葉が意味ある言葉を絞り出していく。

「私は妹を、咲耶だけじゃ、なくてたくさんの同じ病に

侵されている人達を助けたくてっ、原因を探して追い求めて……

魔法探査じゃ分からなくて、あらゆる科学技法も分析も

通用しなくて、もう他に縋れるものがなくて、それでッ!」

「ガナフスの、か。分析はあってるよ。多分な」

「あってるって――」

「正しく、情報だけをもたらせばいいんだ」

 首筋に感じる冷たさは本物だった。音もなく抜き出された魔法剣から発される圧は殺意だけでなく玄明の情動を宿らせている。

 燃え盛る激しさと凍てつく静けさを乗せて玄明が再度問う。

「リョウト、貴様は知っているのだな。彼女……咲耶を苦痛から救う方策を」

「知ってどうする気だ」

「どうする、だと? 貴様は目の前で死に瀕するものがいながら、

じゃあゆっくりそのままくたばれとのたまうのかっ!」

「ああ、そうだ。助かる(すべ)がないのなら、仕方のないことだな」

「なっ……」

 絶句する玄明に笑ってやる。いつだって、どこでだって事実は一つだけ。取り繕っても意味などないし、無為に苦痛を引き延ばしてやる必要もない。

 ましてや、叶わぬ願いを前に無駄だとわかっていて希望を見せつけてやるなんて真正面から絶望を突きつけてやるのよりも遥かに残酷で無慈悲だ。

「繰り返すけどな、俺達はずっと侵略者と戦ってきたんだ。人間が抱えている欲望ってやつには人一倍敏感なのさ。特にマギスタスの軍上層部連中はかなり露骨だったぞ。情報を絞るだけ絞ったら捨ててやる、って魂胆が見え見えだったね」

「……それは」

「お、否定できないか? なら薄々感じてはいたわけだ。連中が何かを企んでいるのを知っていながら何も言わなかった。それって同罪だと思うんだけどな」

 俺は冷徹に分析を続けていく。

「まぁ、種明かしするとな。俺達ガナフスがこれまでどんな勢力にも

負けなかったのは単純に先読みの力があっただけだよ。押すべきに押し、

退くべき時にちゃっちゃと逃げる。軍っていうヒエラルキーの中じゃ、

命令に背けないもんな。俺もそういう時代があったよ」

「ガナフスにも軍があった、ということか」

「まさしく。だが、上の連中が馬鹿だったからな。敵の贄にしちまったよ。それを非人道的か、なんて議論していても仕方ないけどさ。俺達は最初から俺達が生きるためにねちっこいだけなんだよ。言い換えれば我欲に満ちてるんだな、これが」

 自分が生きるためにあらゆるものを利用する。

 単に共通の敵を持っているだけで、上司に当たるミカゲと明日敵になるかもしれない。だが、それでも俺は戸惑いなくミカゲと対峙して銃を突きつけ、引き金を絞ることができるだろう。きっとミカゲも同じだ。

 誰が悪いわけではない。今、それを語ったところで意味はない。

 そう俺は理解していても玄明と明日葉は違っていた。

「違う、そんなはずはない。総統は、民のことを考えておられた。

魔法も皆が幸せになるために作り上げられ、行使されてきたのだっ!」

「そうよ。他国からの侵略を防ぐために、平和を守るために!」

「平和を守る、って大義名分で他国の平和を脅かしていたわけだ」

「それ、は……」

 玄明も明日葉も押し黙る。マギスタスの歴史は資料で全て読んだ。

 他国の技術を分け隔てなく取り入れる。そういえば聞こえはいいが、実際は侵略した上で全てを奪い去り吸収する略奪の日々を繰り返してきただけだった。

 驚くべきことに、現在の総統は既に二百年以上同じ人物が就いているらしい。どのように肉体やら精神やら諸々を維持しているのかは分からないが、同じような理由でガナフスを攻め立てる連中も口を揃えて吐き出した言葉がある。

「不老不死、もしくは完全な存在になりたい。そんなとこだろうな」

「……違う。いや、そうであったとしても民に等しく恩恵を与えてくださるはずだ」

「だ、だから私はどんな病気だって治せる人間に、なろうって」

「汚染された魂は元には戻せねぇよ」

 一言で切り捨てる。自分自身をも切り裂く言葉を吐いて、静かにゆっくりと肺の中にたまったものを外側へ押し出していく。

「未来のため、国のため……そんなのは体のいい言い訳なんだよ。結局、ゲンメイもアスハも直接彼女に触れることすらしなかった。先を見すぎて、足元が見えなかった。あるかどうか分からないモノに頼るより、もっと間近にできることがあっただろ」

「……先程とは随分、違うようだが」

「だから、何度も言わせるなって。アスハの分析は正しい。魔力が力を変換し、別のものとして外側に出すなら俺達は自らの肉体に働きかけるだけだ。生きて欲しい、って願っても当の本人が諦めたらお手上げなんだよ」

「なら、ば……咲耶、も?」

「ああ、可能性はあるだろうな。ただ――」

 一度言葉を区切る。単に勿体つけている意味合いが強いが、自らの口で絶望を吐き出すのは(はばか)られた。俺自身が受けた深き(あと)(うず)く。それでも、演じきる。

「不老不死に近付けるための実験体が、あの子達だ。怪物に、なりかけてる」

 指さす。指先に釣られて三人の視線が一人へと注がれる。

 寒さに耐えるように自身の体を抱く咲耶の姿があった。

「あたしが、実験体で……ばけ、もの?」

「そうだ。軍上層部様が不老不死を手に入れるための実験動物(モルモット)さ」

「リョウト、貴様あぁぁぁっ!」

 怒声が響き、悲鳴が鳴り渡る。魔力の通った玄明の斬撃を俺は気を通した腕だけで止めた。振り払って距離を取る。流石に熱さと冷たさが残っていた。

 振り切れた怒気の紅を瞳に宿して玄明が叫ぶ。

「何故、それをここで宣告する必要がある!」

「いずれ分かることだ。それが、早いか遅いだけでな」

「……ならば、咲耶のいないところでもよかったはずだ」

「二人きりなら冷静に受け止められたか?」

「いや、信じない。やはり、ガナフスなぞの力に頼るのが間違っていたのだッ!」

 次々と振るわれる刃を軌道を読んで回避していく。漏れ出している激情の渦は正確に動きを教えてくれている。まるで未来予測でもできているかのように、玄明の体が動く前に俺の体は次にいるべき場所へと動く。

 甲高い警報音が鳴り響いた。同時に遠くから大勢の足音が聞こえ始める。

「はっ、どうやらそのお偉いさんも気付いたようだな」

 台詞を口にする。が、違う。警報音はやけに強く鼓膜を叩いていた。擬似的に作ったものではない、本物の緊急性を感じられる。

 そうクラッドチルドレンの感覚が叫んでいた。

 脳で思考するよりも早く体が動いた。明日葉、遥姫を守るように背中の陰に隠す。

 玄明、クレスも気付いたようで改めて模造刀である剣を構え直した。二人揃って天井を見上げる。強大な威圧感を持って、照明を支える天井に亀裂が走った。

 ずずずん、と突き抜ける。いや、天井をぶち抜いて何かが落ちてきた。

 咄嗟に俺達は左右に飛ぶ。遥姫の体を引き、抱きかかえてその柔らかさを十分に堪能しながらも情欲に反応することなく、ありのままの現実を見ていた。

 観客席もざわついている。様々な趣向を凝らしたことで、演劇の続きなのか現実なのか判断できないでいるのだろう。多分、演じている生徒達も同じだ。

 警報音まで正確に模倣しすぎたことが仇になった。

「ぬぅぅぅあぁぁぁぁんだぁぁぁぁぁ、ここはああぁぁぁっ」

 落ちてきたモノが大気を震わせた。機械で合成したような重低音。体を打ち鳴らし、不快指数をあげていく。(うごめ)く物体の表面はてらてらと光っていた。

 次に異臭が鼻の粘膜を突き刺す。見れば表面から黒紫の煙が立ち上っていた。

 明らかによくないモノだ。俺は視線を動かし、舞台の袖にいるはずのリオンを探す。

 碧緑色の瞳と交錯し、わずかに左胸が痛んだ。生徒達が舞台に上がらないように抑えている。逆方向へ視線を動かすと加賀見もまた生徒を抑えていた。

 改めて声を発した物体を睨む。

「うむぅ、ふぐぅ……いい、にほいがする。うまそうな肉の臭いだぁ」

「貴様は、何だ!」

「あんだってぇ? くひひひひ、ああ、おまいもうまそうだなぁ」

 クレスがあくまでまだ演劇を続けているていで物体と会話を交わす。

 てらてらと光る物体は粘土のように形を変える。不定形でありながらスライムよりも粘着性の高い物体で構成されているらしい。ところどころモノがはみ出す。紫や青や黒が入り混じる中でポリバケツやら地域指定のゴミ袋ラベルが見えた。どうやら異臭の原因はそこにあるらしい。

 ぐねぐねと蠢き、粘土細工を作り上げるように姿を変えていく。

「ふへぇ、とりあえず……これで動けるぞお」

 汚泥やゴミ、様々な廃棄すべきモノで組み上げられたのは歪な人型だった。全体の体色は紫色。大鎚のような頭部の両端で拳大の瞼のない眼球が辺りを見渡す。唇は引き裂いたように眼球近くまで伸びており、鼻はなかった。

 腕は熊のように野太く、表面は毛皮のようにふっさりと何かを生やしている。が、足はこれだけの巨体を支えているのが不思議なくらいに細長かった。

 今にもバランスを崩しそうだ。予想した通りに体が傾く。

「うおっとっとっとおぉぉぉぉっ」

 叫びながら口腔から吸い込んではいけない類の紫色のガスを吐き出す異形のモノ。

 (かし)いで倒れてくるのは俺の方。背後にいる遥姫、今この異常な環境に一番いてはならない存在に近付いてきている。

 クレスの意志が左胸を軽く引っかく。魔法で、どうにかするつもりか。ただ加減を間違えれば大惨事になりかねない。ならば受け止めるか。駄目だ。もし、あの肉体にも有毒性の物質が含まれていれば俺だけじゃなく背後の遥姫も危ない。

 守るべき、守りたいものの存在を前に俺が迷うことはなかった。

 もう奪われるのは嫌だ。どうせ喪うならその瞬間は自分で選択する。

 むしろ振り切れる機会に巡り合えたことに感謝したいのかもしれない。

 刹那、リオンやクレスが俺がやろうとしていることに対し、制止する声が聞こえた気がした。それでも俺は様々な感情と物質が渦巻くセカイに舌を晒す。

「〈紅の刻印(セル・ヴェーゼ)〉、第一周封印……解放」

 小さく呟き、揺らぎ倒れる巨体の陰で俺の口元が(あか)く輝いた。

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