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灰色の境界  作者: 宵時
第五章
138/141

5-28 亜異なる者達

 会議室にくぐもった咆哮が響く。

 全身を機械天使メタトロンの鎖で拘束された紅狼(くろう)はなおも脱出を試みるが、外部の力で強化された鎖を引き千切れずに宙空でもがくだけだった。

 這い寄る蛇のような黒い縄が紅狼の体を覆い隠していく。すっぽりと包まれると縄が形状を変えて棺を形作った。さらに蓋を一回り二回りと銀の鎖が巻き付き、金の錠前がかけられる。

 これらの黒縄や鎖を生み出したクレスがほぅ、と息を吐いた。

 機械天使の像が薄まり、代わりに表出した女性型の天使サンダルフォンが光の粒を振り撒く。白線を引くように破壊された箇所が区切られていき、淡い暖色の輝きを持つ光の帯が立ち上る。生み出された結界の中で壁や扉が修復されていく。

 乱暴に蹴破られた扉の破片が消失。飛び散った蝶番や各種部品も幻のように溶け消えていく。扉は元にあったように立派な面構えを取り戻す。穿(うが)たれた壁の穴も最初から傷一つついていないというふうに元の健在ぶりを誇っていた。

 サンダンルフォンの引き起こす超常の力は〝修復〟の領域を超えているように思える。破壊や騒動などなかったようだ。

 青璃(せいり)がふらつき、倒れかける。駆け寄り支える影が一つ。

 黒スーツに身を包んだ痩身の人物、櫃浦 晶が夫に肩を貸す。

「…………張り切りすぎです。如何に貴方でも、三体同時は無茶だ」

「え、夜の方も残しておいて欲しいってコトッスかね。きゃー、大胆っ!」

「……………………無用の心配だったようです」

 寄り添った晶が体を離すと、支えを失った青璃の体が揺らぐ。

「いやぁ、ホントに晶ちゃんはおカタくて困るッス」

「…………固いのはアレだけでいい、などとは言いませんよ」

「やっぱり欲しがってるんじゃないッスかぁ」

 馬鹿話には付き合い切れないとばかりに晶が再び青璃へ肩を貸し、席の方へと連れて行く。サンダルフォンは操る主の戯言にも眉ひとつ動かさず微笑んでいた。

 俺は胸中に含むものを声に出さない。他の者も言葉を挟まない。

 紅狼に封印を施したクレスが苦笑しつつ指を振る。

 付き従う五人のうちオッドアイの少女が紅と蒼の双剣を抜き放つ。

 作られた棺に印を刻むと何事かを呟く。続いてクレスも呪文を重ねていく。

 響き渡る音は歌のようで、祈りのようでもあった。

 暖かくも冷たく、深いところに楔を打ち込み、振動させていく。

 唱え終えると、少女の蒼い右目と淡褐色の左目が俺を捉えた。

「――――逝かぬよう、気を付けるべきです」

 前半部分は聞こえなかった。クレスが瞼を閉じて小さく頷く。

 俺ではなくクレスに対して告げたのかもしれない。

 重い音が響く。会議室の床に無骨な大剣が叩きつけられていた。

 赤い髪に蒼っぽい瞳が細められて席に着こうとしている面々を見ていく。

 視線は晶に手助けされて自身の隊長席へ座った青璃へ向けられていた。

「相変わらずつまらねぇ戯言吐いてんのな。少しは空気読むべきだろ」

「そうそう、フリか本気か知らねぇけどエロコメで()じ曲げるのは無理あるよな」

 少年の唇から不快さが漏れ落ちる。隣に並ぶ少年も不機嫌そうな面構えだった。

「アリエル、イージェス。無駄に突っかかるな」

「うるせぇよ。イヌッコロが人間様に意見すんな」

「元・異教の下僕も救われれば人間か。変わり身の早いことだな」

「あぁ? そりゃ俺達に喧嘩売ってるってことでいいのか」

 クレスが連れてきた少年達の間に剣呑な空気が漂う。

 オッドアイの少女が疲れたように溜息を吐いた。小柄な方の少女が自力で止めるべきか指示を仰ぐべきか迷うように視線を彷徨わせる。

「くだらん(いさか)いは後にしろ、(うつ)け共」

 雷鳴のように、鋭く千影の声が落ちた。全員の視線が一点に集まる。

 クレスや少年少女達を連れてきた首魁はメンバー達を見渡せる中央の席に座り、足を組んでいる。傍らには霊剣・鎖天桜花が冷たい気を放っていた。

「内輪で()り合いたいなら後で訓練場でも使え。今、優先すべきことは正しく相手を知り、目的を把握することだ。ただ単に正義の味方を気取りたいのなら邪魔にさえならなければ放置で構わない。だが、別の思惑が絡んでいるだとか〝別の何者かになりたい〟と目論んでいるのなら実態を知り、対処する必要がある」

 静まり返った室内によく通る声は鼓膜を震わせるだけでなく、肉体を通ってよくない部分を()ぎ落としていくようだった。

 アリエル、イージェスと呼ばれた少年達が首を(すく)めてみせる。

「分かってますよ。俺達は、俺達のやるべきことをやります」

「仕事はキッチリこなさないと、わざわざ来た意味もないからな」

 告げて二人の少年が用意された席へと向かう。

 初が大口を開けるも、言葉を吐き出さず唇を噛む。刺すような視線に当てられ、アリエルが優越感に満ちた薄ら笑いを浮かべる。

 余り好ましくない人物だ。だが軽薄なだけでもない。

 内側に秘めた力、自在に霊剣を操る実力は本物であり、見合う戦力があるからこそクレスが率いるアーク小隊は各地を転戦し罪の枝を刈り取り続けている。

 アリエル、イージェスに続きクレスが部下の少女二人と少年一人を連れて歩く。

 仲間内での激突は回避されたというのに、小柄な少女が周囲の視線を気にしているかのように俯きがちに進む。誘導するように少年が手を取って歩く。

 オッドアイの少女は凛とした表情だったが、僅かに憂いの色が混じっていた。

 クレスが微笑みながら少女の肩を叩く。憂いが消えて微笑が浮かぶ。

 それぞれの吐き出したいものを抱えたまま、全員が与えられた席に着いた。

 多面スクリーンへ映像を送る投映機を中心として、ぐるりと長机と備え付けられた椅子が並ぶ。クレスに記憶媒体を手渡された神坂隊の佐々木が投映機を操作し、映像を映し出す。

 座す者達の視線がスクリーンに集まる。

「さて、映像をご覧頂く前に改めて自己紹介させて頂きます」

 爽やかな笑みを浮かべてクレスが恭しく頭を下げる。

 殆どの者は彼らアーク小隊を知っているが、灰羽や鏡治など初対面の者もいる。

 クレスが手を上げると席に着いてた少年少女達が背筋を伸ばす。

「順番にアリエル・アークにイージェス・アーク」

「アリエルだ。ほぼ知ってる顔だが、何人か見かけない奴がいるようだなぁ」

「ポコポコ生まれるわけじゃないが、引き抜かれたり

昇格したりするようじゃあ、まだまだ平和には程遠いわけだな」

 赤い髪の少年、アリエルが軽薄な笑みを浮かべたまま名乗る。

 青みがかった黒瞳が隊長や隊員達を眺めて俺達の席を視界に収める。俺の隣に座る灰羽が口角をあげて挑発するように笑う。アリエルは目を丸くすると、隣のイージェスと顔を見合わせて楽しげな色合いを笑みに含ませた。

「イージェス・アークだ。アリエルと俺はオーリェン出身」

 告げたイージェスは黒髪黒瞳、東方系の顔立ちだった。

 両親のどちらかがこちら側なのだろう。イージェスが拳を握り、隣で身を縮こまらせている少女を小突く。少女の肩がはねて顔があがる。

 おっかなびっくりといった調子で少女が立つ。

「ウルク・アーク、です。ウランジェシカ出身……です」

「えーっと、あれです。空間把握能力が高いため、必要以上に〝色々と〟拾ってしまうせいでこんな感じなんです。決して悪気があるわけではありません」

「おーおー、お犬様は戦闘で〝しか〟役に立たないからなぁ」

「特攻役よりは遥かにマシだと思うがな」

 ウルクを挟んでイージェスと狼のような少年が静かに睨み合う。

 椅子が蹴倒されて床を滑っていく。アリエルが床を転がって近くに置いていた大剣を拾い上げる。顔には喜悦の笑みが浮かぶ。

 イージェスの手が腰の霊剣に伸び、対峙する少年は右手でウルクの体を引いて、左手の五指を揃えて指先を天井に向ける。ヒトの手から変異し、銀色の毛が生えて鋭い爪が伸びていく。制止する言葉は飛んで来ない。武力や霊力を用いて止めようとする者もいない。

 俺の体も動かない。

 正確に言えば、すぐ近くの者が放つ気に当てられて動けないでいた。

 騒乱そのものを楽しむように、灰羽は薄ら笑いを浮かべている。

 準戦闘態勢に移行しつつある中でウルクが狼少年の手を振りほどいて二人の間に立った。唇を引き結び、あげた顔には強い意志が見て取れる。

「……て、ください」

「あ? 聞こえねぇんだよ」

「やめてくださいっ!」

 強く、はっきりとウルクが意志を示した。

 室内が静寂に満ちる。灰羽がつまらなさそうに鼻を鳴らした。

 イージェスが笑う。嘲弄ではなく、冗談は終わりだと告げる軽いものだった。

 対する狼少年の表情は険しい。

「てなワケで、この狼くんが」

「エピタフ・アーク。〈人狼〉の……一応、エリス連合国出身だ」

 苦虫を噛み潰したような顔で狼少年、エピタフが名乗りをあげた。

 首を竦め、イージェスがアリエルと共に椅子を元の位置に戻して座る。

 ウルクだけがまだ気付いていないふうに瞳を潤ませて唇を噛んでいた。

「空間把握能力に長けるのと、人心の機微に通じているかは別物みたいですねー」

 すぐ隣で吐かれた言葉には答えない。

 余りいい趣向とは言えないが、アーク小隊が特異であることを知らしめるには手っ取り早い方法だろう。全員が霊剣を持ち、かつ亜異なる力を持つ少年少女。

 残る一人はことさら異質で、神造の偉容を誇る。

 オッドアイの少女はアリエルとイージェスに冷たい侮蔑の視線を送ってから静かに立つ。ウルクがエピタフと共に席に戻るのを確認してから、右手で自身の顔の半面を隠した。

「この通り、私は忌み嫌われ疎まれる存在です。亜人が多く住まうエリス連合国の中でも特に異彩を放ち、在り続けること自体が争いの火種でした」

 少女の声はよく通り、響く。

 言葉にも魔性があるかは分からないが、胸の奥に沁みるものがあった。

 俺は全てを知っているわけではない。

 少なくとも出会って見聞きしてきたものしか知らない。

 だから語られる以上に誰彼のことを理解しているわけではないし、この場に集う者達は多かれ少なかれ心に潜めるべきモノを抱いているはずだ。

「私は、オルトニア・アークは生まれてはならない存在だったのです。

ヒトと魔女たる〈渇血の魔女(ワルクシード)〉の混血として生まれてしまった」

 オルトニアは顔の右半分、恐らくは〈渇血の魔女〉から受け継いだ部分を隠したまま言葉を重ねていく。

「〈渇血の魔女〉は人間が辿り着いた魔術を超える魔法を自在に操る種族。いえ、正しくはヒトが〈渇血の魔女〉に対抗するために足掻(あが)いた結果が魔術であり、自身と世界を尊びながら精霊にやまぬ感謝の意を捧げ続けた末に興った国がイズガルトなのです」

 投映機が動き出し、スクリーンに映像が浮かぶ。

 爽やかな声と共に流れる映像はイズガルトが諸外国向けに展開している広報映像だった。

 広大な大地に青々と生い茂る緑葉が美しい森林地帯を形成している。

 蒼穹に翼を広げて舞う野鳥に混じって無手で人が浮かぶ。重力操作に質量変化、風と系統を織り交ぜた複合術式で可能とした飛行魔術を披露しているのだ。

 映像の視点が切り替わり、大きな湖が映し出される。

 透明度の高い湖面に魚達が泳ぐ。

 湖面に波紋が生まれていく。人間が水面の上を歩いていた。すぐ近くでは体を浮かせた者が空中を疾走し湖に線を描いて波を立てる。

 これらも複合術式によって可能としている魔術なのだろう。

「彼らは自然と共にあり、自然の中で属性を司る精霊達と語り合い、力を借り受けることで人ならざる力を操るに至った。オーリェンのように唯一神の冠を頂くことなく、アルメリア……旧日本のように時節ごとに宗派を変え混在するるつぼを認めながらも、ただ一つだけ徹底したものがあった」

 明るい口調で語り続ける資料映像がぶつ切りにされ、音声が絶える。

 新たに流されたのは旧日本で放送されたオーリェンで続く戦争の映像だった。

 唯一神オーリャを信奉するオーリェンは、神の名の下に事実上やりたい放題の無法地帯となっている。

 視線と下げるとアリエルとイージェスは唇を噛んで俯いていた。

 彼らにとっては葬りたい過去であり、だが消せない傷跡が魂の底に刻み込まれている。いつまでも汚泥のごとく、へばりつく。

 どれだけ楽しいこと嬉しいことで塗り潰しても過去が消え失せることはない。

 ふとした時に思い出し、(ある)いは燃え上がっては神経を焼き焦がす。

 俺にも狂おしいほどに成し遂げたい願望がある。

 だが、何故なのだろう。どうして、野太刀の霊剣は俺に応えないのだろう。

 アリエルもイージェスも、ウルクもオルトニアもそれぞれの願望を吸い上げた力を手にしているというのに、未だに同じ境地に辿り着けないのだろう。

 分からない。わからないが、俺はありもしないものに(こいねが)うことはない。

 アリエルやイージェスもそうだし、クラッドチルドレンは一度はありもせず造り上げられたものを呪ったことだろう。

「かの地に神などいません。この現世に在るのは〝見えない力〟だけ。イズガルトでも宗教の自由は認められていますが、大多数は神よりも大事なものが流れていると確信を持ち、抱き続けたからこそ届かぬはずの頂を掴み取れた」

 オルトニアが一旦言葉を切る。映像も止まり、切り替えられる。

 続いてスクリーンに映し出された映像は鬱蒼と生い茂る森林に囲まれた城。

 イズガルトを統べる者が住まう聖域と守備隊の姿があった。

「神に依らず、自らに流れる血脈こそ尊いと叫ぶ……それがヒトの魔術の根幹」

 言葉を落としたのはオルトニアではなく、クレスだった。

 声には自らの母国を誇るような勇ましさはなく、滅びた故国を懐かしむような寂しさがあった。

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