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灰色の境界  作者: 宵時
第五章
137/141

5-27 翡翠の凶咆

 白色灯の無機質な光が室内に降り注ぐ。

 会議室に設置された机に各隊の面々が部下を伴って座っている。

 俺も灰羽や鏡治を連れて列席している。斎藤と近藤の姿もある。

 斎藤が調子を確かめるように左手の五指を開いては握り込む動作を繰り返す。

 近藤も負傷した右足の(かかと)で床を叩く。

 赤亜(せきあ)の〈天海堕落(アンジェ・ダウト)〉によって()とされたガブリエルが二人の寿命と引き換えに負傷を完治させた。赤亜がいれば実質〈灰絶機関(アッシュ・ゴースト)〉は不死の軍団であるといえるのだろう。

「無限でも無制限でもないって言ってませんでしたっけ」

「……いきなり何を言い出すんだ?」

「いえ、来々木隊長のお顔に見てくれぇ、ってな感じで書いてるもんで」

 俺の心情を見透かしたように告げた灰羽が道化のようにおどけてみせる。

 そんなに分かりやすく顔に出てしまっているのだろうか。

『顔に偽の心情を晒して相手を攪乱する作戦の演習です。きっと』

「またまたぁ、来々木隊長にそんな芸当はできないですって」

『虚実は常に秘められています。目にする瞬間にしか、分からない』

「ま、本当に芸達者なら手段が増えていいと思いますけどねぇ。

斎藤さんや近藤さんはどう思います?」

「いえ、その……」「俺達に訊かれても、ね」

『〝無茶ぶり〟という状況なのでしょうか』

 灰羽の追及は無視しておく。室内の各所へ目を配る。

 俺達以外にも女隊員達に両隣を固められる形で(うい)が座っている。

 不機嫌な表情を隠しもせず、俺と目が合うと舌打ちして視線を逸らした。

 何があったか気にはなるが、藪蛇も困るので見なかったことにしておく。

 八千翔(やちか)は部下の佐々木と間久部に指示を出して映像機器の準備をさせている。

 御手洗と加賀里がボトル入りの飲料水を手にして各席に配っている。

 千影の姿はない。どうせ以前のように準備ができた頃に現れるのだろう。

 部屋の扉が開く。藍色の長髪が揺れる。左目には眼帯。唯一覗くライトグリーンの右目が細められた。部屋に踏み入った赤亜の体が傾き、倒れかけたのを付き添っていた花屋敷と能勢が支える。

 補助を振り切るように腕を振る。花屋敷や能勢、後に続く隊員達の表情は揃って隊長の身を案じている。〈天海堕落〉の行使が祟っているのだろうか。

 俺の視線に気付くと小さく首を振って微笑んでみせた。

 どんなに鈍く愚かな者でもやせ我慢、もしくは気遣っての笑顔だと分かる。

 言葉には出さずに頭を下げる。顔をあげると赤亜は苦笑していた。

 形だけの謝罪にどれほどの意味があるかは分からない。

「通過儀礼のようなもんですからね」

 心の中を覗くように言葉を挟み込んでくる灰羽は無視。

 気丈に振舞いながらも赤亜は扉から一番近い場所に腰を下ろした。

 指示を出し続けていた八千翔がちらりと視線を送るも、特別な反応は示さずに淡々と飲料水の配布を命じた。受けて御手洗と加賀里が動く。

 扉が独りでに閉まっていく。途中で停止し、再び扉が開かれた。

 赤亜に続いて天使遣いの片割れ、青璃(せいり)が部下と共に姿を現す。

 戦場帰りとでも言いたげに体の各所に治療布を貼っていた。

 だが見た目ほど疲労はないようで、俺を見つけるといつものように元気よく手を振る。隊員達を先に席へ向かわせ、青璃一人がこちらへ歩んでくる。

「うんうん、無事治ったみたいだね」

「お蔭様で」「驚かされるばかりですが」

 爽やかな笑みを浮かべて語りかけてくる青璃に、斎藤と近藤はどう反応すべきか考える暇もなく思ったままを口にしたようだった。

 俺が目で問うと、青璃も笑みで返してくる。

「随分と派手にやらかしたみたいですね」

「亮くんほどじゃないッスよ。ちょっと遊びすぎちゃって」

「連中、急激に力をつけてますよ。まるで――」

「僕達が操る〈死神〉や霊剣の力みたいに外側の干渉があった、とか?」

 微笑に冷たいものが乗る。俺は頷いて肯定した。

「こう、言葉で上手く言い表せないですが幻影(ヴィジョン)が見えました」

「幻影、ねぇ……亮くんにしか見えていないなら説明するのも難しいッスね」

 すぐ近くの席、本来であれば櫃浦隊の座す場所へ青璃が腰を下ろす。

 肩を叩かれる。視線をやると灰羽が自分にも喋らせろと目で言ってきた。

 俺は頷く。灰羽ならば俺以上に何かを感知しているかもしれない。

「俺からも私見を述べさせてもらっても?」

「僕が許可するようなことじゃないッスよ」

「それでは隊長の許可ももらえているので遠慮なく。俺の感覚が捉えたところだと、連中の霊力を物質化する能力は外部干渉によって変異してますよ」

「その根拠は?」

 微笑んだままだが、青璃の語尾から遊びが消失する。

「前から思っていたけれど、灰羽くんは色々と知りすぎてるんじゃないかな」

「何を聞きたいのか分からないので華麗に流させてもらいますけど、

連中の力がどう変わっているか感知できたのは俺の能力によるものです。

信じてもらうしかないですね。詳細については企業秘密ってことでヒトツ」

「確かなものがなく、ただ鵜呑みにしろというほど絶対的な力なのかい?」

「俺だってセイリスさんやゼキエルさんがどんな天使を何種類操れるのか。

連続で行使できるのか、同時に展開できるのか。全部知り得ていませんけど?」

「必要ないから教えていないだけだよ。教えてメリットになることでもあるかな」

「まぁ、ないですね。ないですが、知らないで危機に陥るデメリットはあるかと」

「なるほど、灰羽くんはそういうキャラで通すんスね」

「セイリスさんほどじゃないですよ」

 空気が冷えて圧力が増す。青璃も灰羽も冷笑を湛えて視線をぶつけ合う。

 近藤と斎藤は居辛そうにし、席を立って距離を置くか大人しく嵐が過ぎるのを耐え忍ぶか迷うように椅子を両手で握っている。

 一方で鏡治はマイペースにスケッチブックに何かを描いていた。

 終わったようで、鏡治が両手でスケッチブックを掲げる。

 描かれているのは深緑の六芒星が浮かぶ球体。力と呪いを植え付けるSSS(トリプルエス)があった。傍には力任せに引き千切られた鎖が天井から垂れ下がっている。本来、縛鎖に律されていた者の姿はない。


 轟音が響く。地震が起きたように会議室全体が揺さぶられる。

 会議の準備をしていた面々、座席で開始を待つ者達が揃って警戒態勢を取った。

 初に絡みついていた女性隊員達もそれぞれ刀を引き抜き、円陣を組んで隊長を守護する。緩み切った空気が一瞬で引き締められた。

 当の本人は守られる必要などないとでも言うように輪から抜け出て腰を落とし、いつでも狂想空破を解放できるよう臨戦態勢を取った。

 無論、俺達も動く。

 鏡治を守るように斎藤と近藤が陣取り、俺が前に出て野太刀の霊剣を引き抜く。

 血肉に飢えた野獣の咆哮が鳴り渡る。

 耳が痛い。肌がひりつく。臓物が震えあがる。吐き気を催し、駆けあがってくる胃酸が喉奥を焼く。嫌な気配と(おそ)れに体が硬直する。

「大丈夫。ボクがいるッスよ」

 青璃がいつものように笑った。既に()とされた機械天使メタトロンが甲冑の奥で鈍い眼光を灯している。脇腹辺りから二本の太い銀の鎖が伸びて自らを地面へ縛っていた。左右の腕の袖口に鋭い(もり)が見える。

「制御できないなら戦力じゃない。ただの脅威で、障害でしかない」

 誰かが告げた。

 声の主を確認する余裕などなく、連続して壁を砕く破壊音が轟く。

 悲鳴と苦鳴が入り混じる。胃が捩じ切れそうだった。

 力を得たのに、鍛錬を積み上げてきたのに待ち受けることしかできない。

 触覚で空気の振動を得る。

 エコーロケーションのように反射する音波を感知して距離感を掴む。

 房から脱出した紅狼(くろう)は通り道にある全てを破砕して突き進んでくる。

 何を目指しているのか、何を求めているのか。

 〈死神〉同士で引き合っているのか。SSSそのものが意思を持つのか。

 分からないが、着実に音は近付いてくる。

 灰色の壁材を撒き散らして淡い深緑色の光を放つ球体が室内に飛び込んできた。

 球体ではない。全方位へ発している霊力の刃が触れるもの全てを巻き込み、切り刻む破壊の嵐となって突き進んでいる。

 初が荒々しい怒号と共に霊剣を解放する。裂帛の気合も吹き荒ぶ乱刃の暴風雨とぶつかり、破壊音の中に飲み込まれていく。射線上のあらゆるものを切り裂き飛翔する斬撃に対抗するように刃の嵐に包まれた紅狼が空中で咆哮し無茶苦茶に腕を振るう。

 飛ぶ斬撃が乱打される刃とぶつかり合い、激しい音を立てて割れ砕けていく。

 散って落ちていく欠片に深緑と白が混ざる。

 やや勢いを失い、空中から自由落下に移った紅狼の体を横合いから紅蓮の矢が撃ち抜いて行った。

 室内に描かれた緋色の軌跡を辿ると、火の粉を散らす短刀があった。

 短刀を握るのは、部下に指示を飛ばしていた八千翔だった。

 さらに短刀が紅の線を引いていく。落下している紅狼が放った斬撃と緋色の線が激突し、轟音を響かせ互いの存在を消失させる。霊剣神火による鮮やかな相殺だ。

 落ちていく紅狼がさらに霊力の斬撃を放つも、囲い込むように伸びた銀の鎖に弾かれていく。メタトロンの包囲網からあぶれた刃が室内へ雨のように降り注ぐも、まるで不可視の壁があるかのように硬い音だけを残して消失した。

 鏡治を守護する斎藤や近藤が顔に恐れを払拭する、立ち向かう意思を魅せる。

 三人まとめて背後に抱える灰羽が茶目っ気を見せて片目を瞑ってみせた。

 空間が歪んでいる。灰羽の背から顔を出した鏡治がスケッチブックを掲げている。描かれてるのは雷嵐のごとく荒れ狂い斬撃を放つ紅狼の姿だった。

 絵画を現実へ反映する〈霊描観幻(スピリジョン・アーツ)〉は強力に過ぎる。鏡治自身が戦闘能力は皆無だと自虐していたが、吸霊鬼でありクラッドチルドレンである力を異能だけに集約しているのだとすれば現実へ浸食する超常の発露も頷ける。

 同じく現実にあらざる天使を堕とし、使役する青璃や赤亜は自身の地力と〈死神〉としての力を足して行使可能な状態を維持しているのだろう。

「一つの異能で状況を激変させる、たった一人の人間兵器(レギオン)

 誰かが口にしたのか、俺自身がそう思ったのか。

 心の内側で広がっていく言葉の意味は神経を犯すように、大切な何かを侵蝕していく。

 首を振る。今は、この時は、目の前にあるものから外れてはならない。

 機械天使メタトロンの鎖に拘束された紅狼が言葉にならぬ獣の雄叫びをあげる。

 制御する青璃の顔に余裕の笑みはなく、苦しげに額に皺を寄せ、噴き出た汗が軌跡を作って重力から逃れられず落ちていく。

 時折降り注いで来る刃を叩き落し、破片にして散らせる。

 青璃の傍に薄らと青白い翼を持つ、一枚布をまとった女性の像が見えた。

 紅狼の捕縛だけに留まらず、空間の保持と修復までを一手に担っている。

 青璃が真剣な表情で何事かを呟く。三体目の天使が堕ちて、くる寸前でメタトロンの鎖が一層太くなり鈍色が漆黒へと染め上げられていった。

 全身を締め上げられた紅狼が凄絶な絶叫をあげる。

 これ以上は捕縛どころか絞め殺してしまう。

 俺は制止しようと野太刀で風を斬り裂き、声を張り上げる。

 叫ぶと同時に勢いよく壊された扉が蹴破られた。

「捕縛完了だな。セイリス、よく耐えてくれた」

「もうちょっと遅かったらボクだって本気にならざるを得なかったんスよ?」

「存分に休ませてやれるぞ。連中を狩るのに最適なモノを連れてきた」

 現れたのは黒いスーツに身を包んだ千影だった。

 傍に同じ黒スーツで固めた櫃浦も影のように付き従っている。

 続いて会議室に少年達が足を踏み入れていく。

 一人目は赤い髪に青っぽい黒瞳を持つ少年。続く黒髪黒瞳のアルメリア系少年が隣に並ぶと揃って他者を嘲笑う軽薄な笑みを浮かべる。

 三人目は気弱そうな少女で雰囲気に萎縮しているのか、忙しなく周囲を見回している。そんな少女を守るかのように四人目の狼のような風貌の少年が見かけにそぐわない手つきで少女を支える。

 さらに続くのは整った顔立ちの、凛とした藍色の長い髪の少女。異彩を放つクラッドチルドレンの中でも特に、蒼い右目と淡褐色のオッドアイが目立つ。

 狼のような少年以外、全員が腰に刀剣を()いている。

 問わずとも発される霊力が全て霊剣であることを示していた。

「モノ扱いは酷いですよ。僕達は兵器ではないのですから」

 最後に紅狼によって破壊された会議室内に入ってきたのは、紫がかった銀髪に透き通るような蒼眼を持つ少年だった。首から二種類のネックレスを下げている。

 俺の唇が込み上げる衝動のまま疑問を紡ぐ。

「……クレス、どうしてここに?」

「相手はイズガルト、魔法使いも混じってると聞いてね。なら、僕らの出番だ」

 さも当然といった調子で答えて銀髪蒼眼の少年、クレッシェンド・アーク・レジェンドは部下の小隊員の前で爽やかな笑みを浮かべてみせた。

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