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灰色の境界  作者: 宵時
第五章
136/141

5-26 再聖来襲

 陽光を拒絶するように鬱蒼と生い茂った森林に轟音が響き渡る。

 小型の野生動物が地を走って逃げ回り、枝で羽を休めていた鳥達が迷惑そうに甲高い鳴き声をあげながら飛び立っていく。

 日の当たらぬ場所には苔が生えており、点々と赤黒い印がついている。

 後方から飛来する熱源をいち早く察知して横へと転がる。一瞬反応が遅れた少年の左腕を奪い去って霊力を凝縮した弾丸が苔に覆われた岩を破砕。破片が散って負傷した者に追い打ちをかける。

 落ちた腕は地面に現れた黒い亀裂に飲み込まれて消失した。

 フォローに回った者が自らの服の袖を引き千切り、負傷者の左腕を縛って応急処置を施していく。

 左後方で轟音が響いた。大木が()ぎ倒され、重々しい音が鳴り渡る。

 俺は目と首の動きですぐに移動するよう指示。受けて、負傷者と支える者がその場を後にしてより森深くへと逃げていく。

 直後、機関銃のように無数の弾丸が二人のいた地点を襲った。

 大木が一身に霊力の弾を受け止め、表皮を()がされて丸裸になっていく。

 勢いは留まらず、内側を削り(えぐ)られて上部を支えきれず傾いていく。

 倒れていく方には負傷者達が、迫り来る超重量の恐怖に硬直していた。

 影が動く。灰羽が鏡治を抱えて現れた。開かれたスケッチブックには鎖が描かれており、筆跡が輝いている。次の瞬間、スケッチブックから解放されたように鎖が飛び出て巻き付き周囲の木々を用いて倒壊を防いだ。

 灰羽は鏡治を抱えながら軽やかに跳躍。

 寸前までいた箇所に霊弾が撃ち込まれていく。

 全てのタイミングを読んだ鮮やかな動きだった。

 さらに破砕音が響く。俺は視線で合図を送り、それぞれが受け取って頷く。

 散開し木々や茂みの裏側に隠れて息を潜める。

 横凪の軌跡が生まれ、新たに樹木が切り倒されていく。

 開けた射線に俺達はいない。丸太のような腕で戦斧を振り回す男が豪快に笑う。

「そぅらそらそらそらぁっ! この山を丸裸にしてやろうかぁ?」

「兄貴は声でかすぎ。リスとか鳥とか全部逃げちゃったじゃん」

「いいんだよ。森はぶっ壊しても再生する。命は一つ限り……だろ?」

「植物にも命があるって知ってるか、単細胞野郎」

「ああん? なんだって?」

 思わず言い返してしまった。木陰を背にしたまま、俺は次の策を練る。

 来々木隊の面々は距離を取りつつも、すぐに連携できる位置で待機していた。

 一番近い位置にいた灰羽(はいば)が困ったような顔で笑っているが無視。鏡治がスケッチブックに何か書いている。掲げられた字を見て俺は頷いておく。

 霊力の盾を操る和装少女、真昼と霊力を武器化する少年のような少女、夜月(よつき)との邂逅から半月ほど経過していた。

 威力偵察と睨んだ通り、暫く動きがなく沈黙したかに見えた。

 が、再び攻勢に出たらしい。強大な霊力を持つことが肌で感じられる。

 霊脈の起点たる霊峰不治御剣に続く霊峰天閃太刀山での調査中に霊力を操る三人の少年と遭遇し交戦状態となっていた。

「おーい、どこいった? 俺達と遊ぼうぜぃ、〈灰絶機関(アッシュ・ゴースト)〉のクソガキさんよぉ」

 戦斧を肩に担いだ男が薄ら笑いを浮かべながら挑発するが、応えてやらない。

 鏡治が知覚し読み取った情報によると、少なくとも付近に四人いる。

 一人は霊力を戦斧に変え、大木を軽々と薙ぎ倒す強靭な肉体を持つ男……(ひじり) 浩祐。姿は見せていないが浩祐が切り拓いた空間へ不用意に飛び出すと無数の弾丸に襲われる。

 右後方に待機させている斎藤の左腕を吹き飛ばし、近藤の右足をも撃ち抜いていた。互いを支えないと交戦どころか回避も難しい。

 弾切れの様子はなく、射線が生まれると同時に豆撒きでもするかのようにばら撒かれる弾丸は相当の霊力量を誇っていると見るべきだろう。

 後の追跡調査で敵方の組織〈聖十二戒団〉の首魁といえる存在、聖家には三人の息子がおり、揃って霊力を操る武闘派だと判明していた。

 自信たっぷりに挑発を繰り返す戦斧の男が長男の浩祐。次男に宗祐と三男の涼祐も人相は割れているが直接姿を確認するまでは至っていない。

 一卵性双生児のように容姿が似ているために判別し辛いのだ。

 三兄弟は連携を得意とするデータがあるため、恐らく姿を見せず遠距離から砲撃しているのは宗祐か涼祐のどちらかだろう。聞こえる声はどことなく似ている。

「チッ……どうすっかなぁ」

「兄貴がやりすぎるからホントに逃げちまったのかもね」

「あ? 俺のせいって言うのかよ」

「連中の二匹に俺の弾ブチ込んでやったし十分じゃん」

「や、諦めたら駄目だろ。あの人がいってたぜ。

奴ら〈灰絶機関(アッシュ・ゴースト)〉はゴキブリ並にしぶといってなぁ」

「あー、そうだった。

カンペキ息の根止めるために脳天粉砕しろって言われてたっけ」

「お前は雑なんだよ。馬鹿じゃねぇんだから数撃てばいいってワケでもねぇだろ」

「ハァ? 脳筋兄貴は黙って俺の道作ってりゃいいんだよ」

「聞こえなかったなぁ。なんだって?」

「俺が仕留めてやるから糞兄貴はサポートだけすりゃいいんだっつったんだよ」

 肌を刺すような緊迫した空気が満ちていく。

 連携行動はとれているが仲がいいかどうかは別問題らしい。

 灰羽が手信号で攻勢に出るかどうか問うて来る。

 俺は手のひらを見せて現状維持を指示、様子を伺う。

「なんならお前が実戦訓演習相手でもいいんだぜ」

「へぇ。んじゃ、あの人には馬鹿兄貴は間抜けにも接触した雑魚に

不意打ち喰らって殺られたから超カッコよくて兄想いの宗祐が

仇を撃ちましたー、って報告しとくな。それでいいんか、んん?」

「逆だろ。アホンダラが。馬鹿みたいにドカ撃ちした

愚弟の仇を最強無敵の浩祐様が粉砕したってな」

「兄貴さぁ、いい加減その馬鹿みたいな名乗り辞めない?」

「うっせぇんだよ! 宗祐もカッコいいとか思ってんの?」

「二人ともやめなって……」

 前衛を斬り開く浩祐と後方から乱射で殲滅を担当する、宗祐が言い合っているところで木陰から三人目の少年が顔を出した。乱雑に散らした髪の、紅狼を想起させる顔に苦笑いを浮かべている。

「んだよ涼祐、今忙しいんだよ」

「おうよ。どっちが上かハッキリさせとかないとな」

「年齢で浩にぃが上でいいでしょ。涼にぃは接近戦まだ慣れてないんだし」

「脳筋兄貴が特攻担当、俺が後方から華麗に仕留める構図でいいんだよ。

涼祐は露払いってか、雑魚散らして盾になったりすりゃいいの」

「そうだなぁ……戦端は俺が斬って出るからよ、適当に背中守ったり

いざとなったら肉壁になったりすればいいんじゃないかな。中途半端だよな」

「にぃちゃん達、さらっと酷いこと言ってるけどさ……」

 聞いているこちらが可哀想になるくらいに雑な扱いだった。

 浩祐が前衛特化、宗祐が後方特化とすればもう一人はサポート役といったところだが、少なくとも矛先を自分に向けることでコントロールするくらいには頭が回るらしい。

「こんな山奥でいがみ合ってるとこを()られたら目立てないし、虚しいよ?

誰にも見つけられずに動植物の餌になって終わり。

不治御剣に釣り下がってる自殺者とおんなじだよ」

 人知れず朽ち果てる。誰にも看取られず、知られることなくこの世から消える。

 何気なく告げた涼祐の言葉は自殺者達に対する侮辱のようにも思えた。

 胸の奥で小さく疼くものを抑え込む。

 誰にも知られていないわけではない。

 俺が知っている。俺が覚えている。魂に刻み込んでいる。

 父の死も小百合と過ごした日々も、今生きている俺が抱え続けていく。

 斎藤も近藤も死なせない。生きて帰るには交戦は避けねばならない。

「……ま、そうだな。涼祐の言う通りになったら笑えねぇからな」

「あの人にもまだ鍛錬不足って言われてるしな」

「雑魚散らすくらいなら余裕だと思ったんだけどな」

「んー、一応探査してるんだけどな。引っかからねぇ」

「もういいよね。浩にぃ、涼にぃ、戻ろうよ」

「まぁ、肩慣らしにはなったか」

「物足りないな。底も知っておきたいし」

「霊力総量ならここじゃなくても量れるでしょ。自然破壊はダメ」

「お、涼祐って意外に自然とか動物とか好きな系?」

「違うよ。無駄が嫌いなだけ。どんなイレギュラーがあるか分からないからね」

「んじゃま、帰るとしますかぁ」

「報告はしとかないとな。涼祐、記録よろしくぅ」

「……はいはい」

 諦めたように末弟の涼祐が告げる。

 浩祐が振り返りざまに戦斧を一閃し、樹木を斬り倒す。負けじと宗祐も霊力の弾丸を放とうとして涼祐に止められた。これ以上無駄遣いしないよう言い含められ、まだ物足りないと文句を言いつつも二人の兄が従う。

 気配が遠ざかっていき、天閃太刀山が静寂を取り戻す。

 息を潜めたまま俺は鏡治に目で確認を取る。

 スケッチブックへの筆記で答えが返ってきた。

 聴覚と触覚と嗅覚に神経を集中させる。

 連中の足音はない。飛び立った小鳥達が帰還し、状況報告するように囀る。

 肌で感じた不気味な霊力波動もなく、今は穏やかに霊脈に沿った流れを刻む。

 嫌な臭いはしない。奴らからは、言いようのない不快なモノが漂っていた。

 腐葉土の独特な香りが鼻の粘膜をくすぐる。人によっては、この香りも苦手かもしれない。深く息を吸って、吐く。

「準警戒態勢に移行、斎藤と近藤への治療開始」

「申し訳ありません、来々木隊長」

「謝るのは俺の方だよ……」

 左腕を持っていかれた斎藤が眉間に皺を寄せ脂汗を浮かばせつつ、ばつが悪そうにして頭を下げる。単に激痛を堪えて難しい表情をしているだけなのかもしれない。

 近藤はスケッチブックを掲げた鏡治に手のひらを見せて拒絶を示す。

 翻した手で斎藤を示し、先に治療するよう促す。頷いて鏡治が動く。

 後回しにしてもらった近藤は撃ち抜かれた右足に簡易治療布を貼る。

 薬効が作用して鎮痛効果と傷口回りの雑菌除去を行う。

 斎藤の前に立った鏡治がほのかに輝くペンで地面に円を描く。

 黒い亀裂が生まれ、生々しい断面を見せる左腕が現れた。

 スケッチブックに描かれた手術器具が現実へ浸食していく。

 伸びたアームが左腕を掴む。応急処置の布を取り払い、機材が動いて接合手術を行う。

 ひとまず見かけは修復されたが、だらりと下がる左手の指は動かない。

「ちゃんとついてるのに動かない、って変な感じですね」

「……すまない」

「謝らないでくださいよ。俺がトロいだけなんで」

「でも――」

「やめときましょうよ。とりあえず全員無事だったわけで」

 俺と斎藤の間で謝罪の応酬が始まろうとするのを見越したのか、灰羽が割り込んできた。

 先の都市散策である程度判明はしていたが、この男の探査能力も凄まじい。

 普段は不謹慎とも言いたくなる軽い調子と笑みも今は助けられていると思える。

「ね。俺のジャミング役立ったでしょ」

「そう簡単に言ってのけるものじゃないと思うが……」

「まぁ、俺はこの力を買われて戦闘員に繰り上がったようなもので」

『僕と同じ、一芸に秀でた者だということですね』

「鏡治の〈霊描観幻(スピリジョン・アーツ)〉も一芸で切って捨てるものじゃないぞ」

『ですが、僕の身体能力は普通の人間並みです。他の皆さんのように

武器も扱えないですし、戦力としては数えないで欲しいくらいなのですが』

「えー、それでも戦闘員で来たんでしょうが」

『異種族だろうが区別せず救ってくれた恩義のため』

「生真面目すぎるのか意固地なのか……」

『ふざけたふりしつつも、要所で仕事をこなす貴方には負けます』

「またまたぁ、俺も当たり前のことをやってるだけ。

仲間助けるのは当然なわけで、やりたいことをやってるだけです」

「仲間……か」

 〈聖十二戒団(ホーリー・ツイスター)〉は目に見えて力をつけてきている。

 看過できない速度で、情報よりもさらに強大な霊力による武具を振るう。

 彼らにも夜月や真昼のように仲間達がいる。

 同じように守るべき者があり、貫き通したい主張がある。

「あー、また迷ってる顔ですね。来々木隊長ー」

『過剰な感情移入は自殺志願者の持ち物かと』

「分かってる」

 理解している。敵対するならば、対峙しなければならない。

 仲間を守りたいなら、敵の守るべきものを害さなければならない。

 殺して再起の芽を摘まねば、何度でも何度でも繰り返し犯し侵略するだろう。

 首を振る。思考を振り払う。

 思考の放棄だと分かっていても、俺はその先を考えたくない。

「手当が済んだら、戻ろう」

『僕の能力でも応急処置に過ぎません。天使の御力を借りねば……』

「それって宗教勧誘みたい」

「由々しき事態ですよね……報告しないと」

「報告といえば、奴らの上に盟主以外の何かがいるんですかね?」

 俺の声かけに応じて鏡治、灰羽、斎藤に近藤がそれぞれ言葉を連ねる。

 そう、短期間に強くなりすぎている気がする。

 悪寒が走る。

 天閃太刀山の霊脈に当てられたのか、よからぬものを感じ取ったのか。

 再度神経を研ぎ澄ませて周囲の索敵を行い、敵意と害意がないことを確認してから俺達は本部への帰路に着いた。

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