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灰色の境界  作者: 宵時
第五章
134/141

5-24 ヒトの境界線

 突然の侵入者に対し、最も早く動いたのは青き七枚の盾だった。

 緋枢(ひすう) 真昼の霊力が物質化した盾のうち三枚が姉の夜月(よつき)を、三枚が母親の真夜を守護し、残る一枚が槍のように先端を絞って炎髪金眼の男の首筋を狙う。

 両手で霊力の盾を操作しつつ、真昼が男を見据える。

「あなたは、何者なんですか」

「いい反応ですね。姉を想う心に母を慕う心、

そして迷わず外敵を滅ぼす強い意志……美しい」

「どこから入ってきたのです。何が目的ですか」

「本来ならば貴女を守るのはお姉さんの役目なのでしょうね。でも、雛はいつまでも守られるだけの存在ではない。いつか一人で立ち上がり、巣立つ時がくる」

 真昼の問いに対して、どれにも答えず男は声を押し殺して感慨に(むせ)び泣くように両手で顔を覆う。

「て、んめぇ……ッ!」

 数瞬遅れて夜月が手に霊力を固めた刀を握り、真昼を守るよう前に出る。

 先に男が告げたように守るために前に出る、という行動を後から実行してしまっていた。頭で理解しているのかしていないのか、構わず行動に移している。

 夜月が反応するのとほぼ同時に、明祐が手のひらへ四彩の箱を出現させて一歩、二歩と壁際へ引いて距離を取る。

 姿を現した箱から四匹の蛇が飛び出て鎌首をもたげる。

 父親に遅れながらも、息子らがそれぞれ武器を手にしようと意識と力を集めていく。

「お待ちなさい」

 鋭く言い放ち、炎髪金眼の男が左手のひらを見せて動きを牽制する。

 言葉の圧力とモーションだけで浩祐の右手と、涼祐の両手に凝縮されつつあった霊力が形成を妨げられ硝子が砕けたような音が響き渡る。

 空気が変質し、全身を襲う重さと寒気を感じさせる。

 空間の変化に耐え切った宗祐だけは靴を履かないまま庭へと飛び出し、周囲に霊力の弾を生み出すことができていた。

 男の金色の瞳が宗祐を捉える。餌を睨む捕食者のように感情が見えない。

「それで、どうされるおつもりですか。

射角的にご友人やお父上を巻き込むことになりますよ。

恐らく、お兄様と弟君は物質化を行使できません。守れず、死にます」

「は、はは…………なんだよ。なんだってんだよっ!」

「さて、何のことでしょう」

 震える声で精いっぱいの虚勢を張る宗祐に対し、炎髪金眼の男は微笑むだけ。

「ああ、自己紹介が遅れました。私はストラ。ストラ・クトエディンと申します」

 炎髪金眼の男、ストラが歩いて机の上にあった急須と未使用の湯呑を手に取る。

 急須が傾けられて中身が注がれていき、緑茶の香りが剣呑な空気に混ざる。

 戦闘中でも敵地でもない、午後の穏やかな時間を切り取ったように流れるような動きで湯呑を手にし静かに茶を(すす)る。

 歯牙にもかけない、といった態度に明祐が眉間に皺を寄せる。

「……門番や警備役を首にするのは後だ。

先にストラ・クトエディンとやらをもてなそう。我らのやり方で、なっ!」

 努めて穏やかに告げると、合図としたように四色の輝きを放つ箱から緋に蒼、緑に白銀の鱗を持つ蛇が飛び出しストラへ襲いかかる。

 牙を剥いて喰らいつこうとする蛇達は、黒スーツを破り裂くことも鮮血を散らすこともなかった。ストラの空いた左手が四匹まとめて掴んでいる。

 硬度を無視する握力で五指が握り込まれ、蛇が抜け出そうと暴れまわる。

 ストラの頭が動いた。逃れようともがく蛇達が消失。ストラの薄い唇には血。漏れ出る緋に蒼に緑に白銀の輝きが砕け散っていく。

 微笑んだまま、ストラが湯呑の中身を飲み干して机へ置く。

 時間の停止した世界で一人だけ動いているかのようだった。

 ストラの笑みは満足げに輝き、神に祈るように胸の前で手のひらを合わせる。

「ご馳走様でした。とても濃厚で猛々しい魔力でしたよ」

「魔力、だと? 違う。我らの聖なる力は決して――」

「断じてそんな下賤なものではない、と。

人理の外側にある法則を活用しているのは同じですよ。

言葉遊びに何か意味があるのでしょうか。

聖なる力と呼べば強大無比で、魔たるものを滅ぼせると?」

 空間の重圧が増す。ストラだけが平然と笑っている。

 軽薄な笑みを浮かべていた宗祐の周囲で振動が巻き起こる。次々と破裂音が起こり、突風が吹き荒れる。外にいた宗祐の体が木の葉のように舞い踊らされる。

 浩祐と涼祐が飛び出て兄弟ならではの連携をせ、態勢を立て直す。

 室内では他の者が臨戦態勢を取る中、乾 源蔵と息子の和馬だけが平穏無事といった調子で茶を啜り、受けの煎餅を(かじ)っていた。

 隣で刀を抜こうとし、得物を預けたことを思い出した坂敷 戒厳が岩のように硬直している。和馬が煎餅を飲み込み、茶を飲んでげっぷした。

「そんなに殺気立たなくてもさ、彼にやる気はないみたいだよ」

「うむ。お主ら、荒ぶっておるが余りに、遅い」

 落ち着き払った様子で和馬に続き、源蔵も湯呑を置く。

 微笑んだまま、ストラの金眼は乾親子を見る。

「度胸があるといいますか、察しがいいといいますか」

「でもさ、本気ならとうに俺ら全員食ってるでしょ。えーっと、ストラさん?」

「とはいえ、簡単に食料にされる気もないが、の」

「うん。それも含めてやる気ない、ってコト」

「ええ。お二人が仰るように、私に害意はありません」

 驚くほどすんなりと会話を成立させ、ストラから非戦の構えを告げた。

 真昼の盾に守られながら真夜が恐怖を抑えつけるように一度唇を噛み、意を決して口を開く。

「敵意がない、と。言葉通りに信用できるとでも?」

「決して悪い話ではないですよ。

あなた方の願いを叶える手助けをして差し上げようと思いましてね」

「白々しい。交渉する気があるなら賓客らしく正面玄関からおいでなさい」

「恐らく話も聞かず門前払いされてお終いだと思いますがねぇ」

「身の程を分かっておられるようで。去りなさい」

「と、仰られてますが貴殿のご意向はいかに?」

 あくまで強気な姿勢を見せる真夜にも、ストラの応対は変わらない。

 縋るような目で真夜が統率者である明祐を見る。

 支配者であるはずの男は目を見開き、硬直していた。

 手の上には何の輝きも示さない箱が乗っている。

「先に申し上げた通り、回収させて頂きましたよ」

「そ、んな……馬鹿な。聖家に代々伝わる秘術がこうも簡単に奪われるなど」

「嘆く必要はありません。貴方の息子三人には十分な素質があります。

あなた方の望みは世界の支配ではないのでしょう? あるべき形を取り戻す。

例えば、武力による政権交代を果たした〈灰絶機関(アッシュ・ゴースト)〉を排除したい、とか霊脈の利権が欲しいとか、裏から馬鹿で能天気な国民を操りたいとかね」

 ストラの言葉が誘い、(えぐ)る。

 奥底に隠し、収めておきたいものを引きずり出そうとする。

 霊力の刀を構えたまま、夜月が咆哮する。

「逐一回りくどいんだよ! 言いたいことはストレートにかませよっ」

「夜月嬢。物事には順序というものがあるのです。

貴女が真に心から欲したいと(こいねが)っているものも、ね」

「あァ? ワケわかんね。くだらねぇハッタリならぶった切るぞ」

「似た方を知っていますよ。〈灰絶機関〉に」

「……それ、三馬鹿の一番下も口走ってたが、何なんだよ」

「興味がおありですか?」

「ねぇよ」

 即答した。切って捨てたが言葉にしている時点で後を引いている。

 睨みつける夜月に対し、ストラの笑顔は崩れず揺らがない。

「貴女にとっては聖徒も聖家も、〈聖十二戒団(ホーリー・ツイスター)〉という

執行部隊も興味がないのでしょうね。あるのは一つだけ。たった一つの――」

 銀閃が走る。目にも映らない速さでストラの左腕が肩口から落とされた。

 一拍遅れて負傷に気付いた肉体が鮮血を吹き出す。

 颶風(ぐふう)となって駆け抜けた夜月は庭に出ていた。

 腰を低く落とし、四足獣の姿勢でなおも突撃準備にある。

「次、ふざけたことを口走ったら首を落とす」

「やれやれ……冗句の通じないお嬢さんだ」

 聞き分けのない子供を相手にするように告げて、ストラは夜月など見ることなく落とされた左腕を右手で拾う。軽く投げると肉塊となった左腕は飴細工のように溶解し、最初から戻るべき場所を知っていたふうに口内へ飲み込まれていく。

 液状化した自らの肉を飲み干したストラの左肩が震える。

 ぎゅらり、と粘質の音を立てるとさも当たり前のように腕が生えてきた。

「てめぇ……人間かよ」

「私の定義で言えばお嬢さんも十分人間離れしてますよ」

「知るかボケ。どういう仕組みか知らねぇが、頭さえ潰せばッ!」

「まったく……」

 夜月がたわめた足に力を込めて跳躍する。物質化した霊力の刃が届く刹那、割れ砕ける音が響いた。浮いた夜月の体が、真昼の展開した盾に受け止められる。

「は…………はぁ?」

 何が起こったか分からない。そんな声が夜月の口から漏れる。

 言葉にはしないが、眼前で見ていた真夜や真昼も同じ想いだっただろう。

「な。次元が違うよ。相手にしても仕方ない仕方ない」

 和馬だけがあっけらかんとしていた。隣で源蔵が頷いて同意を示す。

 戒厳はただただ成り行きを石像となったまま眺めているだけだった。

 浩祐達にしても同じ。

 どう動けばいいのか分からない。

 指揮するはずの明祐が硬直している。

 ストラの口が動く。何かを咀嚼(そしゃく)し、口の端から青い光が漏れる。

 夜月の手に握られていたはずの刃は、ない。

 今起きた事象が信じられない、と言いたげに夜月は自らの手を見ている。

 ストラが舌で上唇を舐める。

「さて、デザートも頂いたところで本題に入りましょうか」

 告げてストラが腰を下ろす。石像化した戒厳と乾親子。対面に畳の上で転がる夜月と、守護のため七枚の盾を展開する真昼。あくまで毅然とした態度で真夜が立っている。

 明祐は棒立ちになったまま、浩祐に宗祐、涼祐は父親の背に隠れていた。

 ストラの座った位置は、それら全てが見渡せる空間の支配者の位置だった。

「そこは、私のいるべき場所だ」

 震える声で明祐が主張する。立場を、空間を奪うなと乞う。

 ストラの笑みに困ったような成分が加わる。

「困りましたね。まるで私が圧倒的武力で

従わせようとしているみたいではないですか」

「貴様の戯言は、もういい。

我らは崇高な目的のため、神が在る場所を取り戻さねばならない。

亜人やら混ざりものまで徴兵するような輩を野放しにしてはならぬ。

暴力を振りかざし、悪行を積み重ねる者を撃ち滅ぼさねばならぬのだ!」

「そのために手段を選んでいる余裕はないでしょう?」

「そうよぉ。あてくし達を正式に〈聖十二戒団〉として認めてくれればいいのン」

 悪寒を催す甘ったるい雰囲気のだみ声と共に、新たな闖入者が現れた。

 ストラの背後、襖を開け放ったのは毛皮でも着込んだかのように、素肌が見えぬほどの剛毛に覆われながらも顔を白粉(おしろい)と紫の口紅で着飾った屈強で奇怪な人間だった。

 別の意味で男か女か判別できない怪人に付き従う痩身があった。

 こちらはこちらで全身を包帯で巻いた奇天烈な格好をしている。そこいらが赤黒い血に濡れ、今も出血し続けている部分が鮮やかな紅に染まっている。辺りに振りまく血臭が濃すぎて息が詰まりそうだった。

 続くのは栗色の髪の少女。洋装に似合わぬ和の弓を携えている。

 最後に部屋に入った青年の顔から驚愕の様相が見て取れる。

「お父様……この惨状は、いったい」

 顔に張り付けた感情を言葉でも吐いたのは坂敷 戒厳が息子にして、放逐されその存在を亡きものとされた紅狼(くろう)の兄。

 直近で〈聖十二戒団〉に参陣した坂敷 晴明(はるあき)その人だった。

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