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灰色の境界  作者: 宵時
第五章
132/141

5-22 線を引くもの

 千影の命により、一旦解散し各自で情報収集に当たることになった。

 霊剣を持つ者達が隊長格となり、部隊が分散され各地へと散っていったが俺は変わらず鏡治や灰羽(はいば)、新たに戦闘員となった斎藤と近藤を連れて本部を擁する都市近郊の警戒を続けている。

 日々任務に当たり数か月が経ち、定期報告会が開かれることとなった。

 本部の広々とした回廊を歩く。足音が連なり、硬い音が響き渡る。

「いやぁ、しかし平和ですね来々木先輩」

「平和、なのかな……相変わらず軽犯罪は絶えないけど」

「犯罪が減らないってことは実質的に仕事できてないってことでは?」

『法が法としての役割を果たしていない、とも言えます』

「法があろうがなかろうが、踏み越える者は踏み越える」

「俺達もどうしようもない犯罪者はブチ殺しますからねぇ」

「……あくまで、新たな犠牲者を出さないため、だ」

『死刑執行者は殺人とは扱われません。むしろ、心的外傷からの回復を

試みるために一定期間置いてヒーリングを施しているくらいなので』

 相変わらず灰羽はどこか引っかかり、棘のある言葉を吐く。

 鏡治も淡々とスケッチブックに意思を筆記し、斎藤か近藤が代理で発声してる。

 飾り気のない回廊を歩いて行くと、遠くでこちらへ手を振る人影が見えた。

 誰か確認できたが、無視して歩く速度も変えずに進む。

「最近戦闘員に格上げされた君達はどうですかね」

「どう、と言われましても」「僕達が答えていいものか」

「遠慮することないよねぇ。来々木先輩は優しいから、気に入らない

答えだからって首と胴体がサヨナラすることなんてないからさぁ」

「誰もそんな暴挙には出ない」

 灰羽の軽口を切って捨てる。いや、紅狼(くろう)ならやりかねないか?

 くだらない仮定を振り切り、放り投げる。

「無理に意見を出す必要もない。ないなら、ないでいいから」

「本当に来々木先輩は優しいですねぇ」

「無理強いしてもいいことなんかない」

『たとえ自分の意志を持たなくとも、指示を受けて動ければいいと?』

「おぉ、中々言うね!」

『とはいえ、秘めた意志もまた立派な強き心だと思います』

 代弁ではなく、足早に前に立ってスケッチブックを掲げて鏡治が意思表示する。

 この内容を斎藤や近藤に言わせるのも酷だと思ったのだろう。

 そうこうしてるうちに手を振り続けていた青璃(せいり)のところへ着いた。

「酷いッスよ、もう。手を振ってあげてるのに完全無視だなんて……」

「何が悲しくて手を振り合わなきゃならないんですかね」

「放置プレイが悲しいッス……」

「あぁ、ハイハイ。どうもすみませんでした」

「心が全くこもってないッス!」

 憤慨する素振りを見せる青璃に俺は小さく溜息を吐く。

 背後に控える青璃隊の面々も統率者の言動に苦笑いを浮かべていた。

「その調子だと、収穫はなさそうですね」

「そういう反応も酷いと思うッスよ?」

「いや、でもセイリスは――」

 口にしかけて気付く。ずっと手を振っていたのは右手の方だった。

 左手は背中に回して隠している。唇を撫でる嫌な感覚。

「左手、どうかしたんですか」

「気にしない方向で、ね」

「俺がはい、そうですかって納得すると思います?」

「君も変わらないッスねぇ……」

 青璃が困ったような笑みを浮かべつつ、隠していた手を掲げる。

 左手は簡易治療布が幾重にも巻き付けられ、二回りほど太くなっていた。

 何度か嗅いだことのある、焼け焦げた臭いが漂う。

「あー、見事に焼けちゃってますねぇ」

『治せますが、どうしましょうか』

 あっさりと灰羽が口にし、鏡治は生真面目に治癒を申し出る。

 二人の声を聞いても青璃の表情には変わらぬ微笑み。

「うん。まぁ時間経過と治癒強化で何とかするから大丈夫ッス」

「接触、したのですか」

「中で詳しく話すことにしよう。皆も待ってるッス」

 軽く流され、促される形で室内へ招き入れられる。

 部屋は薄暗いが、すぐに暗順応した。

 迷わぬよう足元に蛍光塗料のテープで道標が作られている。

 会議室のように長机が方形に組まれており、外側に各部隊の長と戦闘員達が列席していた。俺達で最後か、と思いきや室内を見渡すと黒衣の忍の姿がない。

「櫃浦達は引き続き哨戒任務に当たっている」

 扉の内側、壁に背を預けて千影が立っていた。

 眉間に刻まれた皺に疲労が浮かんでいる。

 目がさっさと席に着けと言っているので一礼だけして部下の戦闘員達を先に進ませる。

 会釈して灰羽が進み、律儀にスケッチブックに「失礼します」と書いて掲げつつ鏡治が通り、後に斎藤と近藤が続く。二人の後を俺も追う。

 空いた席に座る。机に囲まれた中心には小型の投影機が設置されており、映像が空間に映し出されている。アルメリアの王位についたハル・マリスク・アルメリアが持ち込んだ技術の一つが利用されているそうだ。

 映像では旧日本からアルメリア王国へ移行し、変化したものが挙げられている。

 各都市への監視カメラの設置や清掃兼防犯自走機械、効率的な情報伝達に加工技術の発展。ひいては過去の遺物となりかけた伝統工芸や文化の系譜に伝承まで網羅され、資源に乏しい国家の地盤に負けずに持てる可能性の全てを打ち出している。

 収益が権力層に一極集中することもなく、労働に値する対価が規定された。

 だが旧家は変わらず栄枯衰退を認めず、繋がりだけで幅を利かせてるという。

 一度味わった甘すぎる密を忘れることはできない。再び味わい、継続するためにあらゆる手を使い、悪事に手を染める。そうした処理例も挙げられていた。

 争いは絶えず、罪を犯す者は常に一定数存在する。

 確かに灰羽の言う通り、俺達は〝仕事ができていない〟のかもしれない。

 だが、俺達が存在しなければ世界がどうなっていたかは、今この場で知ることはできない。

「意味のない平行世界の観測ですからねぇ」

 嘲弄を含んだ声が左方から聞こえてきた。

 意味はないし、そんな可能性を見たがるのは今の自分達を否定することになる。

 小百合は〈全なる一の(プロヴィデンス)〉であらゆる物事を見通し、〈幽世絡繰り(ノン・マリオネッタ)〉で対象の認識を誤認させることでただ一人だけの世界で人々を観測し続けてきた。

 声の主……いや、呉井 灰羽も常人の届かぬ領域から人々を見つめているのか。

 室内の光量が増して映像が薄くなっていく。

「さて、現状調査に当たった者達が揃ったところで、始めるとするか」

 最後に席に着いた千影の声で開始が告げられる。

「今回、あえて戦力を分散させ各地へ散らせた結果を示してもらおうか」

 長机が組まれた隙間を通って戦闘員の一人が中央の投影機を操作していく。

 再び照明が落とされ、薄闇に本部を要する都市を中心とした地図の映像が展開される。

「青璃隊の御影です。西部郊外にて能力を悪用した亜人種を確保したものの、乱入者による未知の攻撃により亜人種が絶命。青璃隊長が負傷されました」

「セイリス、お前ほどの者が傷を負うとはな」

「面目ないッス……。ただ、確実に言えるのは向こうも霊力を操ることッス」

「来々木隊の報告にもあったな。霊力を物質化する者と戦ったと」

 俺達へと視線が集まる。

 中央に投射された映像には西部衛星都市が映し出されていた。

 目で合図して斎藤が了解したと頷く。斎藤の手で映像が切り替えられ、防犯カメラに映った少女が空間に浮かび上がる。不自然にレンズが青い物体で覆い隠され、少女の手と背後で守られる着物少女の足元しか映っていない。

「これは、どういうことッスかね。盗撮映像ッスか」

「こんな時につまらない冗談はやめましょうよ」

 悪びれた様子もなく青璃が笑う。

 無警戒かつ無思慮に思われたが、あの真昼という少女が操る七枚の盾のうち一枚が視界を塞いでいたのだろう。全部覆い隠せば済むのに、わざと情報を残していることに意味はあるのだろうか。

 一旦思考を置き、席から立って俺は事務的な口調で切り出す。

「先に報告にあげました夜月(やつき)、真昼の姉妹ですが高名な華道家である緋枢(ひすう) 真夜の実子であることが有楽上(うらがみ)、呉井の追跡調査によって判明しました。ほぼ確定情報です」

「勿論根拠はあるのだろうな」

「主要都市から衛星都市まで網羅し、記憶している有楽上が

ここ最近で管理者の名義が移ったものをチェックしていました。

絞り込んだのは呉井の手によるものです」

「はーい、俺から説明させてもらいますよぅ」

 灰羽が勢いよく手をあげてアピールする。

 千影が頷いて促してくる。俺が着席すると同時に灰羽が立つ。

「えー、最近入れ替わったところが幾つかありまして、さっき挙げた華道家の緋枢家。流鏑馬(やぶさめ)の名手と謳われる的場家。セイリ……いえ、天海 青璃さんを襲ったのは恐らく的場家の現当主、的場 亜矢かと思われます」

「弓……か。ただの弓ではないな。いや、矢の方か」

「多分、ボクらが使う霊剣と同じく、矢の方に強い思念を込めているんだと思うッス。鬼人混ざりの子が撃ち抜かれた後、降ってきた二発目は弾けたものの、追撃は見事に()とした天使ごと左手をやられちゃったわけッス」

 青璃が治療布を巻きつけた左腕を掲げてみせる。

「〈天海堕落(アンジェ・ダウト)〉で広範囲を見ていたのもあって、

消耗したところで隙を突かれた感じスかね。

実弾なら喰らった弾から後を辿れたと思うんスけど……」

「情報が正確であるなら、相手の能力の一端を見たことは役立つ」

「まぁ、もうちょっと回復したら解析してみるッスけどね」

 痛みも悔しさも感じさせず、青璃は微笑んでいる。

 俺は指を振って灰羽に続きを促す。

「あー……で、ですね。切田先輩と遣り合ったっていうのが多分、統率者というか元締めかと思います。旧日本からアルメリア王国へ移行した時に外側から同じ目的を持つ者達を引き入れ、各地に散らせて霊峰やら霊格のある地を抑えさせてます」

「……アンタ、あのムカつく連中の正体も分かってんの?」

 (うい)が頬杖をついて問いを投げる。そんな女性らしくないさまを列席する切田隊の戦闘員達はうっとりした表情で眺めたり、携帯の撮影機能を起動したりしているが見なかったことにしておく。

 初の目は真っ直ぐ灰羽を睨んでいる。

「角刈りのいかにも体育会系馬鹿みたいな恰好のウド大木野郎に、

インテリ眼鏡の不快なニヤケ野郎に加えて思い出したくもない、

あの狂獣みたいな下品で粗野で畜生じみたクソ野郎がさぁっ!」

「ああ、昂ってる切田様は素敵すぎる……」

「その憤りを是非私にぶつけてくださいませ!」「いえ、私めに!」

「何言ってるのよ、私が寵愛を受けるに決まってるでしょ!」

「うっさいわね、誰が先だとか後だとかじゃなく平等に愛してもらうのよ!」

 切田隊所属の少女ら……(たいら)(なぎ)(たちばな)(とどろき)がそれぞれ睨み合っている。

 当の初は横を見ることもなく頬杖をついたまま、疲労の溜息を吐く。

「えっと、あれです。無視して続けて、どうぞ」

「そうさせてもらって、いいんですかね?」

「いいの。流して」

「で、では続けさせてもらいます……よ?」

「確認取らなくていいから」

 他の隊の者達はいつものこと、と表情すら崩さず流している。

 迷うように灰羽の視線が彷徨って俺を見る。小さく首を振ってやる。

 斎藤の手により、また画像が切り替えられる。

 アルメリア王国東部の地図が浮かぶ。

「各地域の有力者、いわば旧政界の富豪層とでも言うべきでしょうかねぇ。

既得権益を手放すことを嫌がり、古臭い因習に囚われた連中が息を潜め、水面下で動いてるのです」

「千影様、赤亜隊からも報告させて頂いてもよろしいでしょうか」

 赤亜隊の花屋敷が挙手し、許可を求める。

 率いる長である赤亜は考え込むように瞼を閉じ、唇は引き結ばれていた。

 千影がゆっくりと頷く。

「いいだろう。ゼキエル達は北陸以北だったな」

「我らは北陸から東北にかけ範囲を広げ、山中で奇妙な男に襲撃されました」

「奇妙、とは?」

「その、何といいますか……」

 花屋敷が口ごもる。赤亜の隻眼が開く。

「女か男か分からないやつだ。まぁ、いわゆるオカマだな」

「赤亜隊長……それ以上、は」

「気にするな。ああ、でもあれは不快だったな。思い切り無精髭を残しながら口紅塗ってアイシャドーやらウィッグやらで着飾って馬鹿で間抜けで珍妙だった」

 赤亜の右目が当時の光景を思い出すように揺れる。

「だが実力は侮れなかった。四属性を操り、多角的な攻撃を仕掛けてくる

正統派の魔術使い……いや、下手すれば魔法すら使役しうるかもしれない」

「それほどのものなのか」

「え、ええ。一応映像があるのですが、見ますか」

「やめろ」

 千影が答える前に赤亜が花屋敷の進言を切り捨てた。

「訳の分からない奴は一回だけで十分だ。二度会えば俺が消す」

 険しい表情で告げた赤亜の言葉には覚悟の重さがあった。

 慌てて花屋敷が床に膝をついて平伏する。

「いいんだ。いい。あれは夢か幻だと思っておこう。なぁ、花屋敷」

「まったくもってその通りです、隊長」

「酷い悪夢を見ていたんだ……」

「後で私が癒しであげよっか」

 隣で茶化す八千翔(やちか)にも無反応で、赤亜の右目は天井を見ていた。

 そこに何かあるわけではない。もっと遠くの、俺達が与り知らない景色を見てるのだろう。想起させてはいけないし、立ち入ってはいけない話題なのだろう。

 八千翔も苦笑する。花屋敷が席に戻った。

 また一人発言許可を求めて挙手する。

 千影が頷いて先を促していく。

「神坂隊からも報告します。任務の一つであった不治御剣に繋がる霊脈の再確認と、パスの調整に赴いたところ、和装の少女と遭遇しました」

「和装の……来々木隊がやり合った真昼という少女か」

「いえ、名乗らなかったので正体は分かりませんが、白地に

紫陽花(あじさい)をあしらった着物をまとっていたのと……」

「首筋に薔薇の刺青(いれずみ)があったから、多分別人だと思う」

 神坂隊の佐々木の報告に八千翔が言葉を付け足した。

 短い対峙ではあったが、首筋に刺青はなかったと思う。

 確認するような千影の目に俺は首肯して八千翔の言を肯定しておく。

 次々と投影される地図が入れ替わって忙しい。

 報告をまとめると、相手側もアルメリアの各地に散っているようだ。

 ならば、やはり戦力調査が目的だったのだろうか。

 一通りの報告を聞き終えて千影が考え込む。

 何か、言葉を切り出すタイミングを見計らっているようにも見えた。

 再び灰羽が挙手し、許可される前に口を開く。

「情報の糸をより合わせていくと……各地に散った旧日本の

権力階層が名うての異能者を集めているとも取れますよね。

俺の見るところ、裏で糸を引いているのは(ひじり)家みたいですけど」

「聖家……やはり、そこに行き着くか」

「と、言いますと?」

 小さく零した千影に注目が集まる。

 視線を鬱陶しがるように手を振ってから千影が口を開く。

「坂敷の動きも探ってきた。放逐した紅狼は存在ごと消され、坂敷 戒厳はもう一人の子である坂敷 晴明を擁立し、聖家が主導する闇の執行機関へ参陣した」

「おや、ご存知でしたか」

「各国に一つくらいはあるだろう。我らのように、な」

「〈聖十二戒団(ホーリー・ツイスター)〉……イズガルトで興り、

精霊の加護を受けた選りすぐりの魔術使いで構成された武闘派集団にして、

魔訶なるものも異形なるものも存在を許さぬ純潔の信奉者共と聞きます」

「笑える話だな。精霊と語らい魔術に傾倒しながら、人間以外は滅べというのか」

「私見ですが、恐らく〈灰絶機関(アッシュ・ゴースト)〉に対する当てつけでしょうね」

 告げて、灰羽が道化のように首を(すく)めてみせる。

 この場に集まった者達の胸の内で同じ言葉が反響しているだろう。

 〈聖十二戒団〉……十二は参画している権力者を指すのか、それとも実際に動く執行者達を指すのか。

 どちらにせよ外部からの参入であれば数の上では勝っている。

「引き続き調査を続けろ。我らの本分を忘却することなく、各々の任につけ」

 鋭く千影が言い放った。

 言外に、対〈聖十二戒団〉を思案しつつ任務に当たれと受け取れた。

 が、どうにも引っかかる。

 何が、とは明確に言語化できないが頭の片隅に〝何か〟が残っている。

「一旦休憩とする。各自情報交換に励め」

 散会の声に各自が立ち上がり、別の部隊と情報を交わす。声の波が響く。

 俺の疑念は浮かび上がったまま、波濤に押し流されるように思考の果てへと飛ばされて存在を失っていった。

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