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灰色の境界  作者: 宵時
第五章
131/141

5-21 声と遠い空

 鏡治、灰羽(はいば)と共に都市地下にある本部へ戻る。

 事後操作と隠蔽工作で、コンビニ放火犯の男はめでたく巡回していた警察官の手によって現行犯逮捕されたことになった。

 「ガキにやられた!」などと意味不明な供述を繰り返しているとのことで精神鑑定が行われる予定らしいが、後のことは国の司法様に任せることにする。


 長い回廊を歩き、都市の防犯システムを統制する大部屋を横切っていく。

 各所に設置された監視カメラや防犯機器から送られる映像と情報を分析し、必要あらば警察機関へ情報を流し、時に闇のうちに葬り去る。

 報告や伝達の声が飛び交い、後処理に向かう下部メンバーや演習がてら現場に駆り出される者達が(せわ)しなく回廊を走っていく。

 周囲を見渡すが青璃(せいり)赤亜(せきあ)など、いわゆる隊長格の姿が見えない。千影の姿も見当たらない。

 所在を確認しようと施設内のパスコード管理を担う者に尋ねようとした時、耳を(つんざ)く警告音が鳴り響いた。

 携帯端末を取り出しつつ、壁際へ走る。備え付けの機器からコードを引っ張り出して接続。施設内部の状況を確認していく。

 訓練室で異常反応が起きているらしい。コードを引き抜く。

「二人とも、行くよ」

「えっ……行く、って報告はどうするんですかぁ」

『状況確認が先決』

 鏡治が筆記し掲げたスケッチブックを見るまでもない。

 来た道を逆走していく。施設の位置的に外部からの侵入者とは考え難い。

 可能性がないこともないが、掘削して地下にある施設の一角を狙うのであれば訓練室などではなく戦闘員の居住区画や医務室、もっといえば先程横切った防犯システムの制御室を襲撃した方が効果が高いだろう。

 相対した夜月(やづき)の影響か、かの少女の顔がちらつく。

 不用意な混乱を生む前にさっさと鎮静化させた方がいい。

 角で壁を蹴ってさらに加速。鏡治や灰羽を置き去りにしてしまうかもしれないが、頑張ってついてきてもらうしかない。

 さらに角を左へ曲がって直進。訓練室の前につく。

 耳に障る警告音が鳴り響いている。背後に着いてきてるかどうか分からない二人を確認することなく室内へ入る。警報は鳴っているがここは戦場ではない。



 訓練室へ足を踏み入れると、目の前の壁に深い溝が刻まれていた。

 横一文字に叩き込まれた太刀筋は間にあるものを全て両断しており、人型を象った標的や懸垂(けんすい)にベンチプレスなど筋肉を鍛える大型装置がまとめて()ぎ払われていた。

 有象無象の区別なく全てを断つ斬撃を放った張本人は荒々しく肩で呼吸している。

 気配を感じて左方を見ると困ったように笑う八千翔(やちか)の姿があった。

 予測していた通りの情景に俺は思わず大きな溜息を吐いた。

「……何やってるんですかね、この脳筋女は」

「あぁ先輩。あの夜月って人に激似ですよね!」

 こいつはまた余計なことを、と思うが口には出さないでおく。

 興奮さめやらぬ様子でこちらへと振り向いた(うい)が俺を睨みつけてくる。

「……激似って何のことよ」

「聞いてるのは俺の方。耐久壁まで食い込ませちゃってまぁ……異常事態だって判断されて警報が出てる。で、すっ飛んで来たらご覧の有様なわけで」

「アンタもぶった切られたいの?」

 初が霊剣・狂想空破を鞘へと戻し、抜刀態勢を取る。

 殺気と怒気の混じった霊力波動をぶつけてくる。

 負けぬよう俺も腹に力を込めて、研ぎ澄ました意志の刃を示す。

 同時に道筋を組み立てて言葉の刃も用いて連撃を刻む。

「挨拶もなしに後輩ぶった切るのか。最低だな」

「もう一度だけ聞いてあげる。

アンタと同じくらいムカつく、そこでヘラヘラと笑ってる優男クンが

言ってたのは何のことなの? まさかアンタらも邪魔されたじゃないの?」

「その口ぶりだと、そっちにも出たみたいだな」

「ハイ。二人とも、その辺りにしておこう。ね?」

 俺と初の間に八千翔が割って入ってくる。

 自分では止めなかった癖に、と思いつつ見ると笑顔で誤魔化された。

 当て馬として使い、沸騰したところを一気に鎮火させる作戦だったのだろう。

 俺もそうするであろうことを予測して前に出たので別に構わないのだが。

 初が苛立ちと共に刃を振るい、巻き起こった風がガラクタとなったトレーニング機器を室内に散らす。俺は野太刀の柄頭に手のひらを当てつつ鼻で笑ってやる。

「年食っても中身は子供のままだな。ああ、体も子供だったか」

「……あ? 今何つったんだ」

「ほらな。激情可燃物だよ。神坂さん、よくこんなの制御できますね」

「そんなに逝きたいなら望み通りにしてやるよ」

 瞬間的に初が殺意と霊力を燃焼させ臨戦態勢に入る。

 全てを破壊する殲滅戦ならばともかく、相手の言葉一つに苛立っているようではそこらに転がる無法者の排除はできても同じ霊的能力を持つ存在には対抗できない。いいように制御されてしまう。

 とはいえ、あの夜月も相当な激情型の人間だ。

 もっとも、燃焼する原因の大元は七枚の盾を操っていた真昼を守護するという庇護欲だか独占欲だかにあるようだが。

 どことなく単純な姉妹間にある愛情より深い何かを感じていた。

 背後で鈍い音が響く。俺と対峙する初の表情が固まる。

 背中に氷柱を突っ込まれたような感覚。ゆっくりと振り返った。

「修復する間もなく壊滅させるつもりか、この大虚(おおうつ)け共が」

 壁を裏拳で殴って視線を集めたのは千影だった。

 長く(つや)やかな黒髪を弄りつつ、赤黒い瞳は不機嫌さに濁っている。

 畏怖したように鏡治が片膝をついて(こうべ)を垂れる。

 灰羽は気障っぽく騎士が女王の前で(かしず)くような姿勢を取っていた。

 俺は霊剣の柄頭から手を離し、手のひらを見せて戦意がないことを示す。

「すみません。俺達が遭遇した相手が余りにそこの洗濯板女に似通ってたので」

「アンタ、まだ言うか……ッ!」

「落ち着け切田。逐一戯言に構うな。いいように踊らされるだけだ。貴様も大概にしておけ。元をただせば貴様もまた踊らされる傀儡だっただろうが」

「……ええ、そうでした、ね」

 分かっている。理解したからこそ、踊らされたくはない。

 踊らされたくないが、今は前だけを見る。現実に起きている事象を直視する。

 からかうのをやめて、居住まいを正す。

「既に伝達が飛んでいるとは思いますが、報告します。

放火犯を追跡中、十代半ばほどの少女二人と遭遇。

互いに〝夜月〟〝真昼〟と呼び合い恐らく実の姉妹だと思います」

「聞いている。情報を共有しておく必要があるだろう。

遠巻きから監視しつつ、忍び寄る連中の影について、な」

「他にも遭遇したのですか」

「神坂、切田が率いていた者達が青年二名と交戦。ゼキエルと

セイリスもそれぞれ大男と大和撫子とやらが乱入してきたようだ」

「六人、ですか」

「もしかしたら、もっといるかもしれませんねぇ」

 含みを持った言い方で灰羽が割り込んでくる。

 俺にもたれかかり、体重を預けてきて鬱陶しい。

 千影が俺に引っ付く灰羽を見る。

「何か知っているような物言いだな。わかるのか」

「わかるのか、と問われて何を意味するかはおいておいて俺の力を持ってすれば何者かまでは分からずともクラッドチルドレンでない使い手は判別できますかねぇ」

「……そこのニヤケ優男クン。名前は?」

「ああ、そうでした。見目麗しいお二人とは初対面でしたねぇ」

 ふらりと俺から離れ、灰羽が躍るようにステップを踏んで回る。

 何が楽しくて回転してるのか知らないし、知りたくもないがこの場にいる全員の視線を集めている。どことなく千影に睨まれて感じていた威圧の呪縛からも解き放たれたように体が軽く感じられた。

 くるくると灰羽が回る。渦を巻いて風の流れを生み出し、先程初が吹き飛ばしたガラクタを部屋の角へと寄せていく。

 風を操っているのか物体そのものを動かしているのか。

 判別する暇もなく、切断された機器達が山と重ねられ沈黙する。

 片付け終えたところで灰羽が回転を止め、大仰に手を広げて舞台俳優のように胸に手を当てて恭しく頭を下げる。

「呉井 灰羽と申します。ご厚意で拾って頂きました。

来々(くるるぎ)先輩の下で働かせて頂くことと聞いています。

美しく気高い先輩方、以後お見知り置き頂ければ幸いです」

「ふぅん……クソガキも隊長格なんだ。へぇ、そうなんだ」

「何かご不満でも?」

 初の声色など気にも留めず、灰羽が直球で問いを投げつけた。

 聞かれた当人が驚いたように目を丸くしている。

 また癇癪(かんしゃく)を起こすかに見えたが、小さく鼻を鳴らすだけだった。

「あたしは切田 初。名字で呼ぼうが名前で呼ぼうが気にしないけど、

くだらない渾名(あだな)で読んだら殺す。ぶった切る。抉り潰す」

「穏やかじゃないですねぇ。メンバー同士の私闘はご法度では?」

「そのような規定はない。まぁ殺し合ってもらっても困るのだが、そう簡単に殺されないだけの技量か能力を持たない奴を戦闘員として招聘した覚えはないのでな」

「流石、言葉に重みがありますねぇ」

「つまらん冗談を吐くな」

「いやはや手厳しい」

 風を受け流す柳のように、灰羽はのらりくらりと初や千影の言葉を捌いていく。

 そんな様子を八千翔は黙って見守っていた。僅かだが、表情が曇っている。

 灰羽が歩みを進める。初と距離を縮めて手を差し出す。

「ともあれ、これから共に国をよくしていく仲間だと思います。

どうぞ、よろしくお願いいたします。切田先輩」

「……先輩って呼ばれるのも中々悪くは、ないかな」

「なら俺も呼んでやろう。切田先輩」

「アンタに呼ばれると気持ち悪い」

 酷い言われようだ。握手を交わし、嬉しそうに灰羽が笑う。

『〝一刀斬獲〟切田様。〝飛燕灼絶〟神坂様。よろしくお願いします』

 気付けば鏡治はスケッチブックに謎の異名めいた言葉を添えていた。

「一刀斬獲って……人を刀みたいに」

「中々いいセンスしてると思うけれど」

「やち姉、ひょっとしなくても馬鹿にしてる?」

 八千翔が微笑み、鏡治は困ったように掲げたスケッチブックを下ろして内容を書き換え始めた。何か満足した様子で灰羽が何度か頷く。

 千影は苦笑しつつも和やかに自己紹介していく面々を見ていた。

 灰羽が仕切り直すように咳払いをする。

「そうそう、千影様。先程の答えなのですが、霊的能力者の

正体はかの囚われし狂獣様を訪ねてはいかがでしょうか」

「……貴様に紅狼のことを話した覚えはないが」

「あぁ、そうですね。お話できない状態なんでしたね」

「何故、知っている」

「ですから、分かってしまうんですよ。

提示された情報と、この手で紡ぎ出した糸をより合わせれば

結果というモノが生まれます。ただ、それを観測しているだけです」

「坂敷が、関係しているということか」

 千影の問いに対して灰羽は頷くだけだった。

 俺には何を意味しているか分からないが、千影と灰羽の間ではしっかりと通じ合っているようだ。

 紅狼は死念と共に霊剣を飲み込み、体内へ取り込んだことで霊的能力が開花した。問えるものなら俺だってまだまだ問い質したいことがある。

 未だに()のないこの野太刀も俺の声を聞いてくれるかもしれない。

 だが、今は灰羽が評したように血と死と戦場を求めて吠え狂う野獣でしかない。

 殺し続けた結果なのか取り込んだ死念によるものなのかは分からない。

 〈灰絶機関(アッシュ・ゴースト)〉にいても分からないことだらけだ。

「分からないのであれば調べて知って取り込めばいいんですよ。誰だって最初はまっさらの純白純潔です。白から様々なものに触れて何色かに染まっていく」

 そんな声が聞こえた。俺の胸の内だけに響いたのかもしれない。

 気配すら感じさせず、灰羽が俺の隣にいた。

「うわっ!」

「おわっ……なんですか来々木せんぱぁい、大声出しちゃって」

「またぼーっと何か考え込んでたんじゃないの」

「あの真昼って子の豊満な果実を思い浮かべてたんじゃないですかねぇ」

「……やっぱエロガキだわ」

 知らぬ間に罪状が積み上がっている。

 否定する気が起きない。というより、構っていられない。

 いつぞやから感じていた奇妙な感覚が形を持ち始めている。

 誰かが告げて、去っていた遠い言葉が脳裏に蘇る。

 灰羽は何を知ってどこから情報を得て言葉にして出力しているのか。

 知っている。俺は、その能力を持つ少女の間近にいて、喪った。

 クラッドチルドレンの力が受け継がれるというのであれば。

 もし、この世界に小百合の想いが残っているのだとしたら。

「……SSS(トリプルエス)

 呟く。俺の声は雑踏に紛れるように、灰羽が初や八千翔と打ち解けて談笑する音の波に流されて消え失せていった。

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