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灰色の境界  作者: 宵時
第五章
130/141

5-20 昼と夜の少女たち

 道の両側に多種多様な店舗が並ぶ。出火騒ぎで駆り出され、鎮火させた矢先に〈灰絶機関(アッシュ・ゴースト)〉の下部メンバーによって人払いがなされているはずだ。

 俺達は公的には存在しない組織で、在ることが露呈されるわけにはいかない。

 表向きの公的機関として警察や救急などの治安と人命救助を行う組織がある。

 〈灰絶機関(おれたち)〉は組み込まれず、染まってはいけない。

 現実にあってはならないものを、外法をもって取り除く機械的な刃でなければならない。

 常に自らに言い聞かせていることだが、今この場で対峙する二人は違っていた。

 少年のような少女は俺に対して敵意と共に強い霊力波動をぶつけてくる。

 初と出会った時にも感じた、肌を刺す霊的圧力は自分が格上の相手の前に立っていることを否が応でも思い知らされる。

 なおかつ、彼女は隠蔽工作なしに能力を行使している。

 いや、自在に形を変える霊力は果たして常人にも見えているのだろうか。

 霊剣の()を知らずとも、青璃(せいり)の操るメタトロンを目視できる俺は常識の外側にある事象に見て触れていずれ使役する側の人間だ。

 常人に視認できないのであれば、暴れた男が反応できなかったのも分かる。

 見えていたとして、対処できたかどうか怪しい速度だったのは置いておいて。

「おい、何考え込んでやがる。聞こえてねぇのか?」

夜月(よつき)ちゃん、もしかしたら妖精さんかも。

妖精さんとお話できるかな? できたら大発見かも!」

「んなわけねぇだろ。さっき待てー、とか抜かしてたんだからよ」

「あらあら、そんな言葉遣いしてると逃げられちゃう」

「……真昼。もっかい言うけど、絶対妖精じゃないから」

 知らぬ間に妖精疑惑が持ち上がっているが、どう反応すればいいのか俺には分からない。菖蒲(あやめ)柄の着物をまとう少女、真昼の周囲で青色の板が衛星のように旋回している。

 守りならそれだけでも十分なはずなのに、少年のような少女……夜月は刃を手に臨戦態勢のまま。足は倒れた男の顔を踏んづけたままだった。

「ぐげ……くそっ、何しやがんだクソガキ!」

「うっせぇな。ちょっと寝てろ」

 起き上がろうと動く男の顔にスポーツシューズの(かかと)がめり込む。

 重い音が響く。見かけ通りの身体能力ではない。

 俺達クラッドチルドレンのように生まれ持って高い身体能力を持っているのか、それとも圧倒される霊力による強化や補助の秘術でも使っているのか。

 夜月は鬱陶しそうに男の頭をぐりぐりと踏みつけ、改めて俺を睨む。

「で、もう一度聞いてやるがお前も真昼を傷つけるのか」

「いや、俺はそこの男を追っていただけで……」

「あ? こいつお前の獲物だったのか」

「分かってて、止めたんじゃないのか」

「知るか。真昼を傷つける奴は全部ぶっ殺す。捻り潰す」

「夜月ちゃんっ!」

「あー、もう。真昼。お姉ちゃんにちゃん付けすんなっての」

 会話を聞く限り、真昼が妹で夜月が姉らしい。

 俺の目は二人の一部分を見比べる。和装に隠されても内側から押し上げ主張する豊満な果実の存在を感じ取れる。一方で男と見間違えたことから……。

 悪寒。いつぞやの再来を思わせる濃密な殺意が発されている。

 視線を上げるとひきつった笑みを浮かべる夜月が出迎えてくれた。

「おい、てめぇ……どこ見てやがるんだ」

「はてさて、何のことでしょう」

「とぼけんな。三秒で失せろ。真昼がてめぇの視線で穢れる」

「失せろって言われてもそいつを捕縛しないことにはな」

 コンビニを爆破し炎上させた男は気絶し倒れ伏したまま動かない。

 余罪を調べる必要はあるが、俺にはこの場で男を処分する気はない。

 だが、俺が去れば夜月は躊躇なく男を殺害するだろう。

 夜月が眉間に皺を寄せる。

 不快感を露わにしようが、凄もうが俺は自分のスタンスを変える気はない。

 この男が罪状のまま裁かれ服役した後、出所後に再び犯罪に手を染めるかもしれない。そんな暗い未来が待っていても、一人の感情に任せて殺させるわけにはいかない。

 左手で刀を持ち、右手で柄を握る。二人の少女の前で抜刀態勢を取る。

 俺の構えを見て不敵に笑った。女らしい唇から八重歯が覗く。

「お前、刀を抜くことがどういうことか分かってるのかよ」

「ただ適当に刃物を振り回したからそこのそれは転がってるんだろ」

「ハッ……意味わかんね。このクソはてめぇの知り合いか?」

「いや。初めて見たし初めて追いかけたがお前が倒してしまったな」

「ワケ分からん。真昼、ソレ見てて。ついでにちょっと遊ぶ」

「程々にね、夜月ちゃん」

 真昼の声を合図に俺達の距離が縮まる。

 野太刀の霊剣を引き抜き、横に一閃。夜月が下を抜けていく。足に熱。切られたが浅い。身を翻して縦に刃を振るう。鈍い音が響いて、両腕を交差させた夜月に受け止められてた。両手には再び篭手が装着され、感情のままに炎の波が揺らぐ。

 熱を持っているわけではないが、不定形に燃え上がり武具となる情動の炎だ。

 刃の軌道をずらしつつ、拳が飛んでくる。左手で防御。肉を打ち骨まで響く重い一撃だが、折れるほどではない。何らかの手段で強化していても俺の純粋な肉体強度と全身に行き渡らせた霊力を凌駕するほどのものではないようだ。

 刃を返して刀を振るも手応えはなく、虚空を切り裂いていく。

 夜月は距離を取って刀を構えていた。

 自在に形状を変える武具の使い手は面倒だ。

「見かけ倒しってわけじゃなさそうだなぁ」

 夜月の笑みから不快さはなりを潜め、愉悦を含んだものへ変わっている。

 真昼は姉の言いつけ通り、男を囲うように青の盾を展開していた。自分が襲われたというのに随分と律儀というか、従順というか。

 どこか倫理観が壊れている気もする。

 四枚の板で男を囲み、残る三枚は変わらず衛星軌道で旋回している。

 真昼が戦闘に参加することはなさそうだ。この場では有難いかもしれない。

「まだ真昼を舐め回すように見るなんざ、余裕だなぁオイ」

 下段から切り上げてくる刃を体を逸らして回避。返す峰打ちは小柄な肢体を捉えられずに空を切っていく。夜月が再び距離を取っていた。

 どうにも捉えられない。が、焦燥感はない。

 まるで初と模擬演習しているような感覚だった。

 俺は踏み込んで野太刀を握り直し、下段から切り上げる。夜月が篭手を生成して防御、流水の動きで形状変化させ刀を作り出し浅く裂いていく。

 見かけ通りに感情のまま突き進んでいるのではなく、何か裏があるような動きだった。切られた箇所が何故か痛みを訴えない。

 ヒットアンドアウェイに近く、俺の攻撃を篭手で受け流し即座に生み出した刃で切り裂き距離を取る。斬撃そのものではなく目的は別にあるのだ。

 切られた足の感覚が鈍い。恐らく麻痺毒。だが、耐えられる。

 幸か不幸か、呪いか祝福か知らぬ肉体は薬効耐性もある。

 表情には出さずに何度か切り結んで距離を取る。

 真昼が不安げな表情を浮かべる。夜月が不可思議そうに首を傾げた。

 刃に仕込んだ毒が効かないことを訝しんでいるのか。

「やっぱり、てめぇ只者じゃあないな」

「堂々と刀振り回してる時点で異常だと気付くべきだね」

「ハン、違いない。あたしの剣も見えてるようだしさ」

「男か女か判別するより簡単だね」

「……言うじゃねぇか」

 空気が変わった。威圧感が増す。畏怖を覚える。

 正体が分からない以上、俺は深入りする気はなかった。

 打ち合って分かったのは夜月も真昼もクラッドチルドレンではなく、〈灰絶機関〉以外に霊力という条理の外側にある力を操る組織が存在するということ。

 まだ見ぬメンバーである可能性も捨て切れないが、恐らく別物だ。

 紅狼の顔がちらつく。違う。あれが余りに異質すぎるのだ。

 同朋であるなら互いに知らないことが多すぎる。

 何より、夜月は男から真昼を守っただけ。それ以上は過剰防衛どころか殺人に至ろうとしても全く躊躇する素振りを見せない。

 違う意味で異常だと言える。

 異常と言える俺が正直すぎるのだろうか。

 雑念を払う。発する圧力が強まったが夜月が動く気配はない。

 突如けたたましく機械的なアラーム音が鳴り響く。うとうとと夢の世界へ船を漕いでいた真昼が驚いたように飛び上がり、着物の袖を漁る。

 俺も夜月も慌てふためきながら音源の携帯端末を操作する姿を眺めていた。

 拍子抜けしたのか、急速に肌を削るような霊力波動が弱まった。

「チッ……時間切れか。命拾いしたな」

「どこのどなたか知らないけど、もうちょっと女の子らしい喋り方すれば?」

「くだらないことばかり並べたてやがって、ヘタレが」

「明らかに本気を出してない相手をぶちのめすほど子供じゃないんでね」

「減らず口を……っ!」

 再燃しかけるも、姉の暴発を防ぐように剣状に形を変えた青い盾が俺と夜月の間に突き立つ。

「お姉ちゃん、撤退だよ。怒られちゃう」

「……分かってるよ、真昼」

「それでは、ごきげんよう。〈死神〉候補の亮様」

「殺る気なくなったからそれ置いてくわ。勝手にどーぞ」

「そりゃどうも」

 言い残して、二人が跳躍する。電柱を蹴って登っていき、店舗の屋根に到達するとすぐに視界の外側へいってしまった。何とも切り替えが早い。

 俺のことは知っていても、自分達は名乗ってくれないらしい。

 夜月と真昼……正邪のような、鏡合わせの姉妹はどこに所属しているのか。

 何の目的で威力偵察を行ったのか。俺達のことをどこまで知っているのか。

「考えるのは俺の役目じゃないな」

 呟く。考えるべきだろうが、実際にあったことを報告するのが先だろう。

「せんぱぁぁぁい、どうなりましたかぁっ」

 背後から甘ったるくわざとらしい作り声で灰羽(はいば)が問いを投げてきた。

 巡回らしいことも説明もろくにできなかったが、鏡治と灰羽の底知れないものの一部を垣間見ただけでもよしとするべきかもしれない。

 この世界は、まだまだ未知のものが多すぎる。

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