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灰色の境界  作者: 宵時
第五章
124/141

5-14 片手の刻を越えて

 けたたましい警告音が鳴り響く。跳ね起きてベッドから降りる。

 自動で開いたクローゼットから差し出されたジャケットを引っ掴む。

 羽織りながら同じように収納箱から出てきた靴を履いて爪先で床を叩く。

 固く重い音。見た目は普通のランニングシューズだが、鋼衣繊維で編み込まれ刃物すら通さない特別仕様で靴底にも鉄板が仕込まれている。

 足の調子を確かめつつ、ウエストポーチを腰に巻く。

 最後に黒塗りの鞘に収まった太刀を手にして部屋を出ていく。

 広い廊下には互い違いに同じような戸が並ぶ。

 無機質な灰色の壁にネームプレートがはまっていて、かろうじて誰の部屋か判別がつく。

 無個性、言い換えれば統一された仮眠所の光景にも慣れた。

 足は壁に記された矢印に導かれて進む。俺と同じジャケットをまとった男女数名が忙しなく走っている。彼らは武具を携帯していない代わりに小型通信機で駆けながら呼びかけに応じて指示を飛ばしている。

 戦闘員ではなく、物資の管理や連絡その他の雑務を担当する下部メンバーと呼ばれる者達だった。すれ違いざまに軽く挨拶を交わす。俺の手には下部メンバーから渡された小型受信機があった。耳に取り付けて歩みを速めていく。

 小走りに廊下を進んでいくと講堂のような大部屋に出る。

 すり鉢状の部屋に机が並び、それぞれに通信機とモニターが備え付けられている。中央に位置する点から巨大なモニターが釣り下がっており、いくつもの小さな画面に分割されて別々の映像を映し出していた。

 リアルタイムに流れる映像は都市の各所に配置された監視カメラによる。

 整然と並ぶオペレーター達を一瞥して、俺はさらに部屋の奥へと進んでいく。

『犯人は首都東部デニュード地区を逃走中。少女一名を人質として連れている模様。

警察機関各所は対応策を検討中。迅速に処理されたし』

 受信機から受けた連絡の内容を聞いて舌打ちする。

 あの日から何も変わらず、今日も誰かが罪を犯し誰かが犠牲になる。

『聞こえているな。本案件は〈灰絶機関〉が処理する。来々木と切田で組め』

「了解……って、またですか」

『文句を言うな。既に切田は出ているぞ。お前の正義とやらを示せ』

「言われずとも」

 分かっている。続く千影の声を聞き流し、足早に廊下を駆けていく。

 通路を抜けた先に円筒形の昇降機が並んでいた。タイミングを見計らったように開いた扉へと駆け込む。扉が閉まり、急速上昇。体にかかる重圧と耳奥の痛みに奥歯を噛む。何度経験しても慣れない。クラッドチルドレンの過敏すぎる知覚能力は常人の領域を超えて有利であり、不利でもある。

 昇降機の扉が開くと同時に外へ飛び出す。薄闇の中、足元の照明を頼りに廊下を走っていく。スライド式のドアが開くと同時、目を()く陽光に晒される。

 振り返ると出口が閉じ、何の変哲もない裏路地の壁となっていた。

 ジャケットから携帯端末を取り出す。画面には点滅する印が一つ。移動する印が二つ。地図を併用して確認すると犯人と思しき印は人ごみに紛れて逃げようと大通りを突き進んでおり、追う印は馬鹿正直にその背を追っているようだった。

「相変わらずだな……」

 小さく息を吐く。端末を仕舞って頭に地図を浮かべながら走り出す。

 路地を掃除する、ドラム缶のような形をとる自操清掃機を踏み台にして跳躍。

 塀の上へと上がって駆ける。背後で聞こえる警告音は無視。

 風を切って走る中、道を歩く人々の姿が視界に入り込む。

 外回り真っ最中のサラリーマン。寄り道に興じる学生。店先で声を張り上げ店主と値下げ論争を繰り広げるマダム。警ら中に呑気に欠伸している警察官。

 過ぎ去っていく日常と、俺達を隔てる境界線はどこにあるのだろう。

 ニンジャ、ジャパニーズシノビなど外国人観光客に指さされながらも、俺は塀の上を駆け抜ける。屋根から屋根へと飛び移り、空を舞う姿は正しく見上げる者にとっては(ことわり)の外側にいる存在に思えるのだろう。

 予測地点で飛び降り、道に着地。足が痛い。

 道路を進むと曲がり角からが飛び出してきた。

 ぶつかる寸前で体を捻り、服の裾を掴む。遠心力を利用して引き倒す。

「ぐはっ……なんだ、この餓鬼っ! いきなり何しやがる!」

 抗議には答えず、俺は無言で地面へ押し倒した男の腰へ馬乗りになり、体重をかけつつ腕を押さえる。固めたのを確認し、顔をあげるとこちらへ走ってくる人影。

 短く刈った髪に刃のような鋭さを宿す黒瞳。俺を見て一瞬だけ驚き、露骨に嫌そうに表情を歪ませる。

「アンタ……なんでここにいるのよ」

「連絡行ったと思いますけどね」

「あー、もう。一人でいいのに」

「……人質は?」

「あ、えっと、それは」

 口ごもる。俺はお返しにあからさまに呆れを示すよう大きな溜息を吐く。

 目の前の少年、もとい少女の同僚である切田 (うい)が腰に()いた脇差の柄に手をかける。

 霊剣・狂想空破を抜き放って切っ先を俺へと向ける。

「か、解放させたというか、その糞野郎が手放して逃げたから……」

「保護も確認もせずに追うことを優先した、と」

「ぐっ……そういうフォローするのがアンタの役目なんじゃないの?」

「何の連絡もなかったから確保を優先したわけで」

「手柄を横取りしようっての?」

「誰が仕留めようが結果は同じかと」

「あー…………もう! だったらさっさと退きなさい」

「ここで、殺すつもりか?」

 苛立ちを払うように初が刃を振るう。

 騒動を聞きつけて住民達が集まってきていた。

 当然、刀を帯びている俺や抜き身の刃を見せつけている初に視線が集まる。

「なんだなんだ、何かの撮影か?」

「ママー、なんであの人は剣を持ってるのー?」

「しっ! 見ちゃいけません」

「警察に通報した方がいいんじゃね?」

 周囲がざわつく。男が何事か叫んだが後頭部を打ちのめして黙らせた。

 同じような黒衣をまとった者達が人ごみをかき分けてくる。

 人払いがなされると同時にフラッシュがたかれる。

 誰かが写真を撮影しているのではなく、光を見た者の記憶を部分的に消し飛ばす装置らしい。

 悪意ある者が使えば犯罪にも使える者でも平気で使う。

 俺自身が握る刀も同じ。敵を屠るだけならばただの殺人道具。誰かを守れば救いの手となる。

 一つの行為で二つの結果が生まれる。そう、思い込む。

 〈灰絶機関〉の下部メンバーによって後処理がなされていく。

 目撃した者達の欠けた記憶を埋める誘導催眠が施され、その間も手の空いた者が周囲を監視する。

 各所にあるカメラも後で情報操作されるだろう。

 多くの人の手による処理で不条理を不条理で葬る、という行為が成り立つ。

 俺達は、それが正義だと信じて事を為す。

「処理、完了しました」

「あー……うん。有難う。ごめんね」

「いえ、仕事ですから」

 事務的な口調で告げて下部メンバーが犯人を連れて去っていく。

 鮮やかな撤収光景を眺めている俺の隣には不機嫌面の初がいた。

「結局、アンタのせいで殺り損ねた」

「そんなに殺害数あげたいんですか」

「あたしらの〝呪い〟とやらの解呪法でしょ」

「最後の手段として残すべきなんです」

「相変わらず甘っちょろいコトを」

「後先考えず突撃するところとか、昔のまんまですけど」

 真っ直ぐ初を見て首を竦めて見せる。相変わらず胸部装甲は大絶壁を見せつけていた。

 視線に気づいたようで、初が狂想空破を鞘へと納める。

「ぶった切るけど、いい?」

「誰も成長してないなぁ、なんて思ってませんよ」

「それ、白状してるのと同じだからっ!」

 コンプレックスであるのも変わらないらしい。

 そうだろう。人は簡単に変わることはできない。

 また、変えることもできない。

 俺は刃が解放される空間の線を先読みして能力を回避。本部へと戻る隠し通路の一つへ潜り込む。

 トンネルとなっていて、薄闇の中を地下へ地下へと向かっていく。

 頭上で初が何か叫んでいるが聞き取ることはできなかった。





「お帰り」

「……ただいま、戻りました」

 食堂で声をかけられた。ひきつった笑顔に俺も苦笑いで答える。

 最短ルートで本部へ戻ったはずが、既に初が待ち構えていた。

 相当急いだようで、肩を上下させ荒々しい呼吸を繰り返している。

 何が彼女をそうまでさせるのだろう。俺のせいか。

 広々とした食堂には長机が並び、大人数で会食できる。

 和洋中様々な料理が並び、注文の声と仕上がりを伝える声が飛び交う。料理を受け取る者も、料理を作っている者も全員がクラッドチルドレンか、元クラッドチルドレンだ。

 闘牛のように突撃態勢をとっている初が女性の手で無理やり椅子へ座らされる。

 俺も青年に背中を押されて初の正面に座らされた。

「まぁまぁ、初ちゃん。ゆっくりご飯でも食べよ」

「亮くんも仲良く食事にするッス。補給は大事ッスよ?」

「……青璃。いい加減、その喋り方はどうにかならないのか」

「どうもこうも、ボクのアイデンティティーを奪う気ッスか?」

 長机を六人で囲む。机の端に俺が初と向かい合う形で座らされ、俺の隣に女と見まがうほど麗しい藍色の長い髪を持つ者、青璃(せいり)が座る。

 初の隣で絶壁を嘲笑うかのような豊乳がこれ見よがしに机の上に乗せられる。

 子供のように不貞腐れ、頬を膨らませた初の視線は見事な乳に注がれていた。

「やち姉、ちょっとでいいからソレ分けて」

「いくら初ちゃんの頼みでもできることと、できないことがあるから」

「あんまり、見せつけるのも、な」

「なぁに? ゼキエルは焼きもち焼きさん?」

「そんな、ことは……」

「焦らなくてもお二人は昨晩もお楽しみだったんスよね?」

「プライベートな話まで暴露してやることもない」

「ふっふーん、ご想像にお任せします、ってやつだねぇ」

 赤みがかった茶色のウェーブヘアと乳を揺らして明るく八千翔(やちか)が笑う。

 八千翔の隣に座った赤亜(せきあ)は以前のようにゼキエルと呼ぶな、とは言わなかった。

 首元を隠すように赤いスカーフを巻いている。

 青璃も赤亜と同じように白いスカーフを首に巻いていた。

 隠された部分には、あるものが刻まれている。

「…………食事、持ってきました」

 ぼそり、と声がして存在を思い出す。いつの間にか消えて、両手に大皿を持って戻ってきたのは黒い装束に身を包んだ人物。声は細く、高い。

 変声期前の少年とも思える姿だが、その実体は初に近い。

「ご、ごめんなさい櫃浦さん。いつも給仕させちゃって」

「…………構いません。好きで、やっていることですから」

「いや、でも本来なら年功序列的に俺がやるべきであって」

「いいんスよ、亮くん。世話してあげるのが好きな子ッスから」

「…………セイリスは、ご奉仕し甲斐がある」

「やだなぁ、こんなとこでアピールしなくても後で可愛がってあげるッスよ?」

「……………………声、大きい」

 かんらかんらと笑う青璃に対して、隣に影のように控える黒衣の少年、ではなく女性は消え入りそうな声でささやかな抗議を示した。

 赤亜に八千翔が体を預ける。青璃の傍には櫃浦がいる。

 五年という時間を越えて、死を呼ぶ呪いを回避した四人は二組の一心同体となった。

 だが、クラッドチルドレンとしての常人を越えた身体能力は保有したままだ。

 だからこそ彼らはこの場に留まっている。他の多くの者達も同じく〈灰絶機関〉に籍を置く。

 日本を終わらせ、新たな国を生み出し支える者達が集う。

 足に固い感触。靴先で床に置いた自らの太刀を小突く。

 五年を経ても、まだ俺の霊剣に()はなかった。

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