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灰色の境界  作者: 宵時
第五章
123/141

5-13 病憑転心

 室内演習場で俺は立ち尽くしていた。何枚もの畳を合わせて設えられた模擬戦場では天海(あまみ) 青璃(せいり)が並々ならぬ気を発して待ち受けている。

 笑みを絶やさず、軽薄な言動の裏で鋭く核心を貫いてくる男を前に固まっていた。動けない。いや、動きたくないのか。

 肉体も精神も見えない鎖に縛られているようだった。

 何度かこの空気を体感している。

 常倉 和久と出会った時の分かりやすい悪辣さと邪悪さ。

 冷たくおどろおどろしい視線で俺を刺した常倉 久音。

 どちらも、もうこの世界にはいない。〈灰絶機関〉によって世界に悪影響をもたらし、更生できぬ邪悪と判断され、取り巻き諸共鏖殺(おうさつ)されてしまった。

 現場に立ち会い、大量殺戮を目の当たりにして震えていたのだ。

 あれは、どんな感情だったのだろう。情動の波長を得たのだろう。

 目の前で殺されていく人を前に、何もできない自身の弱さに怒りを覚えていたのか。それとも、羽虫を潰すように処刑していく千影が恐ろしかったのか。

 すぐ近くで死に()く少女を想って魂の慟哭を響かせていたのか。

「どうしたんだい。さあ、早くボクの前に立って」

「……俺と、セイリスで模擬戦をやる、のですか」

「それ以外に何かあると思うかい?」

 普段まとっている、明るく楽しい雰囲気は感じられない。

 まるで初めて和久と対峙した時のようだった。

 動かなければならないのに、動けない。邪悪だと感じているのに、自分からは逃げることも立ち向かうこともできない。

 駄目だ。これでは、何も成長していないではないか。

 (うい)八千翔(やちか)と共に霊剣を与えられたことで、選ばれた人間なのだと錯覚していた。

 実際には霊剣を手にしただけで、何も解せていない。

 八千翔でさえ初と引き離され居残り組になっているというのに。

 紅狼(くろう)の言葉が脳内でぐるぐると巡り、蘇る。

 力を手に入れても、俺は向けるべき矛先を見失っている。

「……少し、昔話でもしようかな」

 そう青璃が告げると、僅かながら体が軽くなった気がした。

 何だろう。まだ、格の違いを見せつけられるのだろうか。

 そんなもの知らしめられずとも肌で感じている。

 間違いなく俺よりも青璃の方が強い。足元にも及ばない。

 そもそも比べることすら失礼な話だろう。意図が分からない。

 和久の時もそうだった。何をしたいのかわからない。

 正体不明のものと対峙した時、知れず理解できない時が怖い。

 この先何が起きるのか。何をされるのか。どう転ぶのか。

 本来、未来に起こり得ることなどわかるはずもないのに。

 青璃は自らを落ち着かせるように、隻眼の(まぶた)を閉じて小さく息を吐いた。

 天海兄弟は片方の目を眼帯で隠している。先程の演習で見たように、ただ失われてるわけではないのだろう。言葉に形容できない何かが必ずある。

 ともすれば、この正体不明の(おそ)れの要因なのかもしれない。

 瞼が開かれる。ライトグリーンの左目は俺を見ていない。

 どこか遠くを、恐らく青璃自身の過去を見つめている。

「亮くん、君は天使や神の存在を信じているかな」

「信じるも、何もセイリスや赤亜さんが見せてるじゃないですか」

「実際に目の当たりにしなければ信じない、と」

「それは……」

 言葉に詰まる。今ここにいる俺は、既に非日常側の人間だ。

 鮮明に焼き付いた光景を忘却しろと言われても記憶から消し去れるはずがない。

 数々の言葉と暴力の嵐に耐えてきた日々も、気持ちだけで町一つを支配する組織に立ち向かったことも、その過程でたった一人の理解者を失ったことも、無謀という(とが)を負ったことも、全てこの身に刻み込まなければならない。

 だが、全てなかったことにできるのならば。忘れられるのならば。

 その時は思い願うだろう。非日常には触れたくないと。

 そんな異常な光景は万が一にも認めるわけにはいかない、と。

 青璃が笑顔で頷く。

 神の宣告を伝える信奉者のように晴れ晴れとした笑顔だった。

「この目で見たから信じる。見なければ信じない。そんな人は実際のところ、

見せつけられたところで何か仕掛けがあるのではないか、と疑ってしまうんだ」

「……自分で見た光景を信じられないなら、何を信じるというのですか」

「ボクに聞かないで欲しいなぁ。誰も彼も全てを知ることなんてできないんだ。

全部を見通せる力があるなら、是非ともあやかりたいものだね」

「神や悪魔の存在証明、という話ですか」

 ぶっ飛んでいる、と思う。妄想に空想、幻想の世界だ。

 正常な認識でないのならば、覚醒剤だか麻薬だかで狂っている。

 もっとストレートに言うと馬鹿げた話だ。

 青璃が小さく鼻で笑う。

「そう。馬鹿げた話だよね。それでも、誰にも存在を証明できないなら不在を

証明することもできない。まだまだ人知を超えた事象や謎は多いからね」

「それこそクラッドチルドレンのことだって、

解明して公表すれば世界を震撼させられますよ」

「亮君なら、公表してしまえばどうなるかわかると思うけれど」

「……色々と、夢は膨らんでしまいますね」

 具体例は出さない。

 千影がやっていることを発展させれば、世界を戦乱に巻き込むことになるだろう。

 ただ、何故信用できるのか、とは問わない。

 口にするまでもなく答えは出ていた。

 直感的に理解してしまっている。九龍院 千影は戦乱を望むのではなく、争いを駆逐するために動いている。その気になれば一国を滅ぼせる戦力を腐敗した権力層だけに絞っている。

 武力による解決が絶対的に正しいわけではない。

 正しくなくとも事実を突きつけられて、俺は敗北している。

 理想で何かを為すことはできなかった。

 父親を失い、小百合を喪い心も砕けて命すら奪われそうだった。

 自らに眠る力に気付けずに、使おうとすら思わなかった。

 英雄(ヒーロー)などではなく、矮小な人間だと思い知らされてもなお、〈灰絶機関(アッシュ・ゴースト)〉に身を寄せたのは偏に圧倒的な武力を欲していたからだ。

 そして、得た。霊剣という死者の念を原動力とする魔性の刃を手にした。

 あれほど否定しておきながら、英雄的強さを前に膝をつき拝んでいる。

「自分を否定する必要はないよ。

人は誰だって溺れてしまう。

力や欲、その他の雑念にね」

「……やっぱり、顔に出やすいのでしょうか」

「あれ、気にしてたんスか?」

 笑顔のままで青璃が告げる。口調が元に戻っていた。

 暖かく柔らかい、包み込むようなライトグリーンの左目が俺を見る。

 包容力のある色合いから一転して、刃のような鋭さを宿す。

「脱線したね。話を戻すと、亮君も本能的にわかっているように、誰だって霊剣が扱えるわけじゃないんだ。手にして〝操ってもらう〟には相応の闇がいる」

「……あの紅狼さん、でしたっけ。

も言ってましたけど、具体的にどんなものを差すんですか」

「分かっていて聞くのかい。案外意地悪なところもあるんだね」

「いえ、その……誰も、そんなふうには見えなくて」

「亮君だってそうでしょ。誰かに見せつけてはいない」

「そりゃ、誰だって不幸自慢なんか聞きたくないですし――」

 そうだ。これも染まりすぎて失念していたことだ。

 そもそもにおいて、身体能力や感覚器官の向上に対する代償がたった二十年の命など割に合わなさすぎる。常人からいえば、期限付きの命など不幸でしかない。

 価値観に差異はあれど、生きていたくない人間などそうはいないはずだ。

 いや、それも俺個人の考えであり押し付けでしかないか。

 俺は、どうなのだろう。不幸なのか。

 少なくとも幸福とは呼べないかもしれない。

 歩いてきた過去を振り返る。追いすがる過去と向き合う。

「うん。不幸なんて気軽に愚痴としてこぼせる程度のものじゃない。普通の世界で普通に生きている人達からすれば、クラッドチルドレンは総じて不幸だろうね。でも、僕達は不幸です。可哀想な人です。そんなアピールは誰もしないでしょ」

「……意味、ないですから」

「同情してもらったところで呪いの因子は消えないからね。もっとも、これまでそうやって自暴自棄になって自滅してくれた例があるから言えるんだけど」

「モルモット代わりですか」

 少し不快だった。千影もそうだったが、仲間意識とは多分遠い。

 遠いというより、一般的な同朋意識とはずれている。

 言うなればクラッドチルドレンそのものの謎を解明することが第一義であって、個人が呪いから解放されるかどうかは一つの要素でしかないのだろう。

「ま、実際今やっていることも霊剣の適格者探しと、サポートする兵員の増強。戦いになればいかにクラッドチルドレンでも死傷者は出るだろうし、補充しなければならない時もある。誰もがずっと戦い続けられるわけでもないからね」

「……わかります、けど」

「ああ、また脱線してしまった。で、否定したところだけどボクの話は

闇の一端だと思って聞いて欲しい。きっと、亮君のためにもなるから」

 誰かの不幸話を聞いたところで気持ちが沈むだけだと思うが。

 そう思いつつも気になってしまっている自分もいる。

 どうして青璃は天使を操れるのか。全身に碑文のような模様や文字が刻まれているのか。生え変わっているような腕はどんな力によるものなのか。

 恐らくは誰もが持ちうる欲求、知りたいという好奇心の蛇が獲物を求める。

「かつて、ボクとゼキエルは南方の小さな諸島で生まれた。

その島では双子は忌むべき存在とされていたんだ。

善と悪が分けられ世界に生み出されてしまった、ってね」

「いいことしかしない人間も、悪いことしかしない人間もいないでしょう」

「彼らの中ではそう解釈されていたんだ。どちらかが善人で、どちらかが

悪人。業に染まろうとする芽を摘むべく、片方を殺すしきたりがあった」

「……でも、セイリスも赤亜さんも今を生きてる」

「ボクらはクラッドチルドレンであったからこそ、生きてられた。

もう一つの風習というか、慣習があってね。

仮に双子がどちらも生き残った時は天の遣いとみなす、と」

御使(みつか)いとして崇拝の対象となったのですね」

「崇拝するだけなら、まだマシだったんだけどね」

 青璃が目を細める。相変わらず視線は俺を捉えていない。

 どんな方法かは、語りたくないのだろう。

 生き埋めか水攻めか、いずれにせよ苦難を乗り越えた末に、重用される立場になれたのであれば多少は報われたと言える。

 偶像として(まつ)られることが幸か不幸かは分からないが。

 飾りに頂くだけであれば、魂の起源が穢れ朽ちることもなかっただろう。

「シンボルを持つ信仰にも様々な形がある。

取り巻く儀礼もまた同じように多種多様な方法があり、

風土や教義によって一つの起源から枝分かれしていく。

他から見れば異常としか思えない蛮行であったとしても

当事者には崇高な思想に基づく神聖なる儀式だった」

 肌が粟立つ。耳を塞ぎたくなる。

 首を振り、拒絶しそうになる気持ちを払い飛ばす。

 精神が()じれそうでも向き合わねばならない。語る当人こそ、自らの深い場所にある傷口を抉っているのだから、受け止めるべきなのだと思う。

「神、つまり天から遣わされたものは代行者であると同時に、

その身に神の意志を宿らせる。本来ならば手が届くはずのない存在が、

目の前にあって触れられる。直接神聖なるものから恩恵を受けられる。

救済を(こいねが)い、導かれようとして生きる術を尋ねてくるんだ」

「生きた神として崇められるだけなら、窮屈であれ不都合はなかったのでは?」

「人の欲望というのは尽きないものなんだ。ちまちまと願うだけじゃ足りない。

祈祷や儀式のレベルで通じる念を超えて、全能を望む者達が出始めた。

神の前で跪き、願を立てることを辞めて、神そのものになり替わろうとした」

 人の持つ欲望の深さを少しは知っているつもりだ。

 和久は学校という器の世界を支配していた。その母親である久音は町を支配下においていた。それで終わるわけがない。その先をも求めただろう。

 どこまで手を広げれば満足するのか。

 よくある話で富を蓄えた者の願いは決まっている。

「……不老不死。時間の支配、永遠への(いざない)い」

「命も老いもお金じゃ買えないからね。

かといって、人の身に過ぎた願いは叶えてもらえそうにない。

ならば、神に近しい者を利用して位階から引きずりおろす」

「……ヒトの願い。いえ、呪いに等しい呪怨の底に溜まった、」

 (よど)みだ。真に信心深いのであれば神に触れることなど拒絶する。

 神聖なものは届かないからこそ気高く美しいはずだ。

 なまじ、触れられるからこそ奇跡を手中にできると誤認してしまう。

 青璃が自らの肉体に刻まれた痛ましい紋様を見る。

 解読はできないが紋様の配置が何らかの図式を示していることは見て取れた。

 体の丁度中心に円状の痕が縦に四つ並んでいる。挟むように左側と右側に三つの円状痕が同じように縦向きに並べられている。

 それぞれの円は文字によって繋げられていた。全体で見れば八角形、近しい円同士の結び付きで見ると内部に十個の三角形と三つの四角形を抱えている。

 青璃の指先が傷痕をなぞっていく。

「これは、ボクの体を使って天使を呼び出した痕だ。

ある時は災厄を回避する知恵をねだり、またある時は

他勢力に打ち勝つための秘策を引き出した。儀式の度に

新たな傷が増えて、激痛を刻まれてなお死ぬこともできなかった」

「その、腕を千切られたりとかも……」

「よくわかったね。いや、見れば分かるか」

 (あら)わになっている腕の傷痕が俺に見せつけられる。

「戦いの前に指揮を高めるために供物になったよ。

自分の体が食われていくさまは……ああ、うん。思い出したくもないね」

「もっと、酷い仕打ちを受けたのですよね」

「古来から白は神聖、清廉の象徴だった。

形を持った神を前にして、その座から降ろすにはどうすればいいか。

気高きものに至る道を探すことはできたのか。できなかったのか」

「……穢せばいいんです。ヒトと同じ場所へ、()ちてもらう」

 口にしている自分自身が嫌になるほど、下卑(げび)た発想だった。

 ヒトの身では天使や神の気高さなど得られるはずがない。

 だが、触れられるのであれば同じ場所まで落ちて頂くことはできる。

 青璃は小さく頷いた。

「ボクも、同じように依代として扱われていたゼキエルも穢れに満ちた」

 どのような手段を使って、どう汚されたのか。

 問いを投げてはいけない。想像すらしたくない。

 度重なる拷問によって死に至った父親の無残な姿が脳裏に蘇る。

 匹敵するか、凌駕する肉体的・精神的苦痛を経て青璃はここにいる。

「ゼキエルは天使の子供を作ることができるのか、なんて妄想にも付き合わされていたからね。まぁ、それはボクも同じなんだけど掘る側と掘られる側は別だよね」

「えっ……でも、赤亜さんは男で、すよ、ね」

「男性象徴のガブリエルと女性象徴のザフキエルを()とされた影響でね。

どちらでもあって、どちらでもない。不確定で不安定な体になってしまった。

でも腐り(ただ)れた記憶なんて思い出したくない。封じたい。だから、拒絶する」

 ああ、そうなのだ。

 女性のように長い髪を持ちながらも、誤認されることを異様に嫌うのは傷を思い返すからだ。同時に、どちら側にもなれない自分の意識を縛るための戒めなのかもしれない。

「精神を汚染され、肉体を壊されてもクラッドチルドレンの呪いは死ぬことを

許してくれなかった。無限に思える光なき世界は突然、終わったんだ」

「……救われたんですね。利用する者達を駆逐して」

「唐突に終わって、それからボク達は自分の力で天使を律する力を覚えた」

「それまで自分で操ろうとは考えなかったんですね」

「考えられると思うかい?

地獄が去るのを待つことしかできなかったボクらに」

 突風に()(さら)われるように救われた境遇は同じだ。

 いや、同じなのだろうか。受けた傷や抱いた想いは同じなのだろうか。

 俺には小百合のような力はない。察せても知ることはできない。

 言葉として出てきた事柄も真偽を知る方法はない。

 それでも、俺は信じる。信じるしかない。

 青璃から発される霊力の波長と言葉の重圧に嘘は感じられない。

 また偽る意味もないだろう。二人の闇は深い。

 普段の仕草は苛烈なる過去の闇を祓うための〝儀式〟かもしれない。

「二度と、力を悪用させないために、戦ってるんですね」

 慰めの言葉は無意味だと思った。他にかけるべき言葉が見つからず、絞り出したものは次へと繋がるもの。過去に留まらず未来へ向かうための一歩。

「……亮くんも、同じ復讐対象を失った身。だから、情動を向けるべき

場所を見定められない。でも、今はそのままでもいいと思うッス」

 告げた青璃の笑みに(よこしま)なものは見えなかった。

 今思えば、表出していた邪気は過去を思い返す過程で自らを利用してきた者達への怨嗟(えんさ)が染み出ていたのだろう。

 俺もまた無意識のうちに悪意を垂れ流していたのかもしれない。

 それでも、誰も俺が抱えるものに言及することはなかった。

 父親の信念ごと否定した紅狼を除いて。

「……俺に、見つけられるのでしょうか」

「亮君には痛みや苦しみ、他者の嘆きをも抱えられる強い心があるッス。

ボクから言えるのは一つ。自分だけに留めず、誰かと共有すること。

そして、自らの罪から目を背けないこと」

「二つになってますけど」

「言葉のアヤってやつッス」

 軽い調子で言いつつ、青璃は何事もなかったかのように服を着始めた。

 剣呑な雰囲気は吹き飛んでしまっている。

 穏やかな空気を取り戻すも、言葉は深く刻んでおく。

「亮君が自分を傷つけた人を忘れないように、これから害し殺める人達も絶対に忘れない。いつの日か、何かの形で贖う時が来る。それでも、選んだ道だよね」

「……心得ているつもりです」

「うん。少なくとも、霊剣の死念を受け止めた胆力と潜在能力は誰もが認めてるはずッス。後は、得た力をどう使っていくか。何のために、誰のために使うのか」

 頭では分かっているつもりだった。

 力がなければ、正義を語っても理想論でしかない。

 結果を生み出せる圧倒的な武力がなければなしえない。

 今も、これからも俺は自分自身が不幸だと口にすることはないだろう。

 青璃が言うように、俺自身の罪であり蓄積された咎に対する相応の罰が降り注いでいるだけ。願うとすれば、誰かに降りかかる悲劇を払いたい。

 変わらない。正義の味方を、英雄を目指していた頃と変わらない。

 変化しているとすれば、正義を貫くためには力を振るうことも辞さない。

 もう二度と、喪失の痛みを負いたくはないから。

 歩く。元通り衣服をまとった青璃の傍に立つ。

 屈んで与えられた霊剣の太刀を手に取る。

 まだ、重い。俺の手には過ぎたる得物なのかもしれない。

「まだ、時間はあるッス。変わる世界にこそ、ボク達が向き合わなければ、ね」

「……そう、ですね」

 この刃は無差別に殺す力ではない。

 願わくば、罪だけを刈り取れればいいのに。

 罪を根源から失くすにはどうすればいいのか。

 今は、まだ分からないでいた。




 一か月後。〝日本〟という国は世界から失われた。

 〈灰絶機関〉を率いたハル・マリスク・アルメリアによってアルメリア王国として生まれ変わる旨が発表され、技術大国として世界と渡り合うと方針づけられた。

 公的には〈灰絶機関〉の存在は明らかになっていない。

 俺の、長きに渡る執行人(ひとごろし)としての生活が始まった。

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