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灰色の境界  作者: 宵時
第五章
115/141

5-5 骸より出づるもの

 集まった少年少女の間に不安と動揺が走る。ざわつくのも予想の範囲内だというように、千影は制止せずに静かに皆を見ていた。

 今の今まで一般人であった者達が恐れ(おのの)くのも無理はない。

 が、部屋の守りを担当する八千翔(やちか)(うい)赤亜(せきあ)青璃(せいり)の天海兄弟は顔色一つ変えずに任務を継続している。

 彼らは〝殺した〟経験を持つ者だからだろう。

 俺もどちらかといえば千影達の立ち位置に近い。

 死に瀕し、死に触れてなくなっていく感覚を得たからこそ分かる。

 困惑しながらも座る少年少女は取り乱し、立ち上がって暴れるようなことはなかった。

 混乱する頭で情報を整理し、なおも知ろうと幾人かが最初に設定された通り、質問の許可を求めるために手を挙げる。千影が微笑を浮かべる。

「混乱しているだろうが、それでも規則に従ってくれることを感謝する。

いや、それだけでも貴様らが常人とは違う何かを持つと分かるものだが……」

 言いながら白い指先が小柄な少年を示して質問権を渡す。

 受け取った少年は小刻みに震えながらも言葉を(つむ)ぐべく口を開く。

「その、九龍院流は要人警護を担当する屈強な人員を育成していると

聞いたことがあります。でも、裏で暗殺者をも仕立てて戦地へ

送り込んだという噂もあります。どちらが本当なのですか」

「どちらも真実だ。父上は政府高官を守らせ、

敵対する組織を潰すために刺客を送った。

この私とて、元々は外敵を滅ぼすために

造られた人間兵器のようなものだからな」

「……では、本当に、実の父親を、殺した、のですか」

「善悪を断じるのに家族だの友人だの生温い情けが入り込む余地があるのか?」

 途切れ途切れの問いに対する答えは一刀の下に切り捨てるものだった。

 肉親だから、だとか親友だから、だとかそのような曖昧な境界は存在しない。

 それが正しいのか、間違っているのか。己の価値観と正義に殉じて判断を下す。

 そのさまは普通の人間にとっては異常に感じられるだろう。

 そう、考えている俺自身も最早、普通ではなく〝異常〟の仲間入りをしていることに軽く頭痛を覚えたが、今更引き返すことなどできない。

 物語の中で正義を執行できる者は、強大な力を持っている者に他ならない。

 力がなければどんな崇高な思想を抱けど、紙屑のように潰されてしまう。

 俺が抱いていた正義は余りに矮小(わいしょう)で、か弱き少女一人すら救えない脆弱なものだった。

 対して千影の正義は圧倒的すぎて何事にも揺るがない巨大な柱に思えた。

 俺には理解できていても、畏怖する少年少女達にとって狂っているのは千影の方だろう。

 別の少女が今にも泣きだしそうな顔で質問権を求める。

「少年の問いは終わりか。ならば、次はそこの貴様だ」

「……わたし、たちも、暗殺者にされる、のです、か」

「貴様が望めば……いや、とてもできそうにないな。

断っておくが、何も人を殺せと言っているわけではない。

あくまで、手段の一つとして挙げただけに過ぎん」

「で、では他にも、生き残れる方法があるんですかっ!」

「そう急くな。貴様にはまだ時間がある。

実際に死ぬかどうかは、あの阿呆がくたばる瞬間を

見てもらうとして、説明を続けさせてもらう。と思ったが、なんだ」

 少女は縋りつく子犬のような目をしていたが、無視して千影が別の男を当てる。

「命を、吸うと表現していましたが、おかしくないですか。

人の命は一人一つ限り。吸血鬼じゃあるまいし、他人の

生命力を吸って寿命を延ばす力でもあるというのですか」

「いい質問だ。定められた死を越えるために

必要とされる贄とでも考えてもらえばいい。

先程口にした血中因子は死の刻限が迫ると、

全身の動きを封じて〝発芽〟するのだよ」

「植物、なのですか」

「の、ようなもの……だ。断定はできんがな。

死者の命を吸って成長した植物もどきは新たな種子を残して

枯れ朽ちる。生み出された実は、またどこかの誰かに根付く」

「そんな、それじゃ――」

 驚愕と共に続いた問いが野太い絶叫にかき消された。

 千影の視線が動く。目に込められた指示を受け取って赤亜と青璃が動く。

 二人の動きを目で追うと、外へ出て別の部屋へと向かっていた。

 記憶が正しければ、あの絶叫は先程千影に突っかかった男のものだ。

 一体何が起こるのか。待つだけの少年少女の間にさらなる恐怖が立ち込める。

 残った八千翔や初が落ち着けと(なだ)めることもない。俺も口にはしない。

 一度植えつけられた恐怖は簡単に拭えない。

 気休め程度の言葉に何の意味があるのか。

 この程度の苦しみや痛み、負の感情を越えられなければ次を迎えられない。

 タイヤが床を転がってくる音が聞こえてきた。赤亜と青璃によって車輪つきのベッドが部屋の中へ搬入され、少年少女の前まで運ばれる。

 千影の傍まで運ばれてきた男はベッドの上で全身を痙攣(けいれん)させていた。

 下半身は膝下、上半身は肘から先が露わになり素肌が晒されている。

 人間の体の隅々まで栄養素を運ぶために存在する血管が腕や足に浮き出ていた。

 異物が混入しているように血流のところどころに(こぶ)が出来ている。

 千影が指示棒で瘤指し示す。

「これが呪いによって死ぬ直前に現れる症状だな。

日付を越える頃に、この瘤から一気に目が出る。

発芽と同時に全身を襲う激痛でショック死、

仮に死ななくても爆発的に成長する際に

全身の血液を吸い尽され絶命する。

この〝エクスシード〟によってな」

「エクス、シード……」

 俺は思わず口に出していた。同様に少年少女も口にしていた。

 理不尽にも自らの命を縛り、刻限に間に合わなければ苗床にされてしまう。

 何故自分なのか。どうして選ばれてしまったのか。

 誰の胸にも抱かれた疑問だろうが、誰も口に出すことはなかった。

 口に出さずとも既に答えはそれぞれの脳内で出てしまっているのだろう。

 既に常人と違っていることで受けてきた痛みや苦るしみが教えている。

 恐らくは五体満足に生まれ出なかった者達も似たような気持ちを叫んでいる。

 持病を、特に治療法の見つかっていない難病に侵された者も怨嗟をあげている。

 誰に対してか。世界そのものか。存在するかどうか不確かな〝神様〟か。

 叫ばずに理解が追いついてしまっている。

 空に向かって唾を吐きかけても自らが浴びてしまうように。

 行き場のない気持ちをぶちまけたところで何の意味もないということを受け入れたくなくとも理解してしまっている。

 呪いとは、そうした理不尽を形にしたものなのだと思う。

 いつしか室内は静まり返っていた。自分もいずれ、目の前に晒されたように全身の自由を奪われ死を待つだけの肉塊となってしまう。そう悟った故の諦めか。

 ベッドに横たわる男の体が跳ねる。

「あっ……くっ、うぐっ……こっ……がっ」

「おぉ、まだ喋れるのか。根性だけは大したものだが、残念」

「い、やだ」

「どうした。死にたくないのか」

「いや、に……決まって、る、だ……ろ。死にたく、なん、か」

「繰り返そう。残念ながら貴様が何を想い、願おうとも結末は変わらん」

 慈悲はない。死に()く者に対して冷徹な言葉が降り積もる。

 もう一度男の体が大きく跳ねた。言葉にならぬ呻き声が散っていく。

 何度も、何度も体を跳ねさせる男はまさに絶命の時を迎えているようだった。

「やだ、いやだ、いやだいやだいやだ

死にたくない逝きたくない消えたくないぃぃぃっ」

 男が泣き喚く。

 電気ショックを受けているかのごとく激しく体が跳ね上がる。

 瞬間、鮮血が飛び散った。移動式ベッドの近くにいた少年少女の顔に紅の斑点が付着し、(いろど)りを乗せる。

 遅れて血を浴びた事実を認識し、悲鳴があがった。

 同じように至近距離にいた千影も鮮血の戦化粧をしている。

 表情には驚愕よりも不可思議さの方が色濃く出ていた。

 男の体を突き破ったエクスシードが若芽を生み出し、広がって枝分かれしていく。生まれた新たな枝からさらに枝が生え、葉が広がり、また枝が増えて分かれて増えて別れて瞬時に細くも確かな幹を持った樹木が出現した。

 先端に数多ある蕾が開く。鮮やかな赤色の花弁を魅せる。

「……赤亜。どういうことだ?」

「えーっと、拾ってきたデータが間違ってたみたいですね」

「ですね、じゃなく間違っていたからズレが生じたんだろうが」

「まぁ、そういうことですけど俺のせいじゃないですよ」

「責任の所在などもうよい。結果的に最善の形で知らしめられたのだからな」

「……ちょっと刺激が強すぎたんじゃないですかね」

 言って、赤亜が懐から取り出したハンカチで半泣きになっている少女に散った血を(ぬぐ)っていく。青璃も少年らにポケットティッシュを配っていた。

 目の前で自らが至る死の結末を見せつけられた。

 それでも俺の中にはどこか嘘のようなものがあった。

 本当に〝こう〟なるのか。違う結末があるのではないのか。

 ただ疑問もある。嘘の結末だとして、一体何のためにそんな余興じみた演出をする必要があるのか。疑念を抱かせること以外に効果があるようには思えない。

 事実、動揺はあっても少年少女の中に逃げ出す者はいない。

 いや、正確には逃げ出そうにも八千翔と初が目を光らせているからか。

 千影が青璃からもらったティッシュで血を拭き取り、乱雑に丸めたゴミを捨ててホワイトボードの前に戻る。何事もなかったように説明を続けるらしい。

「で、だ。こうなる前により多くの罪人を刈り取る。

具体的な殺害数は……まだ確定ではないが、およそ一万になる計算だ」

 一万。余りに多すぎる。誰もがそう思っただろう。

 エクスシードの苗床となった男が赤亜と青璃の手で部屋から運び出される。

 少年少女の瞳は亡骸を追うことなく、正面を睨んでいた。

 他の選択肢を、生存できる別の方策を追い求めて縋っているようにも見えた。

「では貴様らが興味津々の二番目だ」

 指示棒で示される。

 そこには殺伐さとは打って変わって生々しい表現があった。

 幼い時には道徳で物語的にぼかして教えられ、小学生時代にも続き、中学生辺りになってようやく一定の輪郭をもって、高校生で突きつけられる保健体育の内容。

「人を殺さず、呪いを解くことができる二つ目の方法は相思相愛の人間を見つけ、愛を交わすこと……と、ぼかしておくことにしよう。私もほら、一応女だからな」

 恥じらうような精神性などないだろう、と思ったが表情には出さないでおく。

 意味を素直に受け取った少年少女の中には気恥ずかしそうに目を背ける者がいた。一方で何のことか分からずに首を傾げている者もいる。

 別方向での混乱が生まれつつある室内で八千翔が笑顔で口を挟む。

「要は恋せよ少年少女、ってことですよね。千影様」

「あぁ……まぁ、そんなところだな。今後の研究、いや何でもない」

「素を出しちゃダメですよ? 千影様ったらお茶目なんだから」

「む、そういうのが茶目っ気という奴なのか?」

 俺には千影と八千翔が何を言っているのかよく分からなくなってきた。

 フォローしたいのか混乱させたいのか分からない。初も似たようなことを考えているようで、ほのかに頬を紅潮させながら言葉を選んで視線を彷徨わせている。

 俺からすれば初が恥ずかしがっているのもよく分からない。

 席に座る少女の一人がおずおずと手を挙げて質問権を欲する。

「そこ、質問を許可する。ちなみに〝やり方〟は個々の自由だぞ」

「いえ、そうではなく……何人くらい、その、いるのでしょうか」

「番になった者達か? そうだな、今補助メンバーになっている者が数十名いる。

彼らは自らの意志で我々のサポートのため、持ちうる力を最大限に発揮している」

「そんなに、いるんですか。そんなにいるのに政府は、何を……」

「知られてはならないのだよ。これから滅ぼす敵になるのだからな」

 再び室内の空気が冷えていく。

 和やかな雰囲気になったのは僅かな間だけだった。

 少女の震える唇が問いを生み出そうと動く。

「どう、いうことですか。私達を、助けてくれるんですよ、ね?」

「勘違いをするな。

私達はそれぞれの体に宿る力を制御する方策は教える。

どんな仕組みなのか、どうすれば生きられるのか。

知りたいこと、欲する情報は全て与えよう」

「見返りは求めない、のですか。何も要求しないのですか」

「求めるさ。貴様らに選んでもらう。一つ目の方策で呪いを解きたい者は

戦いに身を置くことになる。二つ目を選ぶ者は補助をしてもらう。

積み上げた戦力と情報力をもって、と私達〈灰絶機関(アッシュ・ゴースト)〉は

日本政府を……腐った政治家や官僚共を根絶やしにするのだ」

 誇大妄想に基づく選民思想。そんな狂気を少年少女達も感じたのだろう。

 それでも、反論を許さない千影の強大な威圧感が空間を支配していた。

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