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灰色の境界  作者: 宵時
第五章
113/141

5-3 祝(のろ)われし子供達

 けたたましいブレーキ音を立てて車が急停止する。

 反射的に取っ手を掴み、体を支えて耐えた。

 青璃は左手を天井につき、右手でシートを掴んで生ける柱となり(うい)にしがみつかれていた。

 八千翔(やちか)がぐったりと項垂れ、千影はやれやれといった調子で息を吐く。

「まだまだ修練が足りないな。この程度で動揺するとは……」

「臨死体験はできればしない方が精神衛生上助かるのですけど」

「何事も経験だよ。貴様らは若い。まだまだ多くを学ばねばならん」

「千影さんもほとんど変わらないッスよ。冗談じゃなく安全運転して欲しいッス」

「たかが一年、されど一年だ。年功序列などというカビ臭い慣習を

持ち出すつもりもないがな。程よい刺激がないと人生楽しくないぞ?」

「ち、千影さんのように渡り歩いていたら命がいくつあっても足りないです」

 八千翔、青璃(せいり)、初と不平不満を述べるも千影は小さく笑うだけだった。

 シートベルトを外し、そそくさと外へ出てしまう。大きな溜息を吐いて八千翔も自らの命を繋ぎ止めたベルトを外して車から降りる。

「亮、降りて降りて。後、できれば手伝って欲しいッス」

「……その方がよさそうですね」

「普段強気でも乗り物には弱い、そんなところが

初ちゃんの誇る萌えポイントだと思うんスよねー」

 青璃の言っていることが分かるような分からないような。絶賛グロッキー状態である初は自力で降りることすらできないようで、シートの上で青璃に引きずられる。俺が足を持とうとしたところで右足が動き、顎へ襲来。

 体を引いて回避し、重力に引かれて戻る足を捕らえる。

 青璃は暴れる上半身と格闘していた。

「放せっての! あたしは荷物じゃないっ」

「大人しくして欲しいッス! もう皆集まってるんスよっ」

「だったら余計に変なとこ見せられないでしょ!」

「だから、女の子はちょっとくらい弱味あった方が萌えるんスって」

「黙れ! キモいんだよ。なんだよ萌えって。意味わからねぇっ!」

 俺も必死になってばたつく初の足を抑える。暴れる少女を無理矢理抑えつけている、という状況が変な気恥ずかしさを生み出し、上手く力が入らない。

 何とか地面に立たせた。右頬に張り手を喰らう。

 早すぎて全く反応できなかった。

 返す刃は俺ではなく青璃へと向かい、肌に手形を生み出した。

「痛いッス!」

「叩いてやったんだから当たり前だろうがっ!

ふざけた記憶までぶっとばしてやろうか!」

「丁重にお断りさせて欲しいッス」

「すみません、もうしません、ころさないでください」

 俺は音速で青璃と共に日本古来の奥ゆかしき最上級謝罪方式である土下座を行った。俺だけ頭を踏まれた。口の中に砂が入ったが我慢して踏まれ続ける。

 青璃が「羨ましいッス」とか小声で言っているのは無視。

 初ほどではないが、俺も青璃の意味不明さが恐ろしく感じる。

 恐怖とは別の、本能的に近寄り難い何かだった。

「初ちゃん、その辺りにしておこうよ。ね」

「で、でもさ……やち姉、こいつらさ」

「うん。いいけれど、先輩として恥はかけないよね?」

 砂舐めさせ刑が終了したらしい。恐る恐る顔をあげると、青璃はとうに起き上がって砂埃を払い平然と笑顔を浮かべている。

 俺を踏んでいた初は八千翔に(なだ)められながら乗っていた車を見ていた。

 車中にはまだ後部の荷物置き場スペースで紅狼が爆睡している。

 千影も荷物を下ろすのを一旦諦めたようで遠くに見える建物へと向かっていた。

「はぁ……」

 小さく溜息を吐いて、立ち上がり砂埃を払って口元を拭う。

 手の中に砂を含んだ唾を吐いて後ろ手に背中の衣服でふき取った。

 地面に吐き捨てるわけにはいかない。

 森から出た時は遠景で確認できなかったが既に敷地内には俺達以外にも二台の車が停められている。改めて目の前にそびえたつ建物を見た。

 屋敷に見えた巨大な家屋は寮だった。敷地内には広大な運動場が広がっている。長らく手入れされていなかったようで、草が伸び放題になっていた。

 短距離用のコースに設えたラインが経年劣化で剥がれ、丸まっている。

 スタート台は雨風に晒されて久しく、赤錆を浮かせていた。

 入る時に視界の端で捉えた〝総合体育演習場〟の名前通り各種の施設を取り揃えた複合施設なのだろう。寮以外にも市民体育館のような建物がある。

 遠くにプールもあった。

 一通り見える景色を確かめて、改めて停車している二台の車に目をやる。

 車から降りて整列させられている少年少女の顔には不安の色があった。

 年齢は上は千影と同じくらい、下は俺と同じくらいの八歳から十八歳辺りというところ。数は二十人ほどだった。

 千影の言動から察するに彼らもクラッドチルドレンなのだろう。

 人の枠組みを超えた存在であり、人ならざる異能を操ることができる。

 俺のように何の知識もないのか、それともある程度の自覚はあるのか。

 一か所に集めて何をしようと言うのか。

 八千翔や初、紅狼のように殺人者に仕立て上げるのか。

 列を整えている人物が歩み寄ってきた千影へと一礼する。

 千影とほぼ同じくらいの長髪だが、上がった顔に優しさや柔らかさはない。

 黒のスーツを身にまとい、左目が眼帯によって隠されている。

 どこかで見た意匠の眼帯だ。

 ライトグリーンの瞳が千影を見て、俺を見る。

 寒気を覚えた。視線に敵意が乗っている。

 長い藍色の髪をゴムを使ってまとめて背中へと流す。

 千影も俺を見て手招きをした。

 肩を叩かれる。青璃が気持ち悪いくらい綺麗な笑顔を浮かべていた。

 嫌な予感しかしない。

 引き延ばしてもいいことなど起きようもなかったので素直に招集に応じる。

 目の前に立つと長髪の人物はかなりの長身だった。二メートルに届くか届かないか。千影も女性にしては長身である方だが、さらに上をいく。

 威圧的な視線で見下ろされるのは蛇睨みを喰らっている蛙の気分だった。

「お前、俺を女だと思っただろ」

「え。いえ。そんな、ことは、ないです、よ?」

「嘘が下手糞すぎるだろ。千影さん、コイツ本当に大丈夫なんですか」

「さあな。使い物になるかどうかはこれから見るところだ」

「……餓鬼の御守りなんか性に合わないですよ」

「そう言うな赤亜(せきあ)。戦力がいる。

腐れ政治屋共を捻り潰すには一人でも多い方がいい」

「…………半端な戦力は邪魔なだけだと思いますけどね」

 品定めするように長髪の人物、赤亜の手が俺の体に触れていく。

 首回りから肩口、二の腕と下りて、腹回りまで手を突っ込まれた。

 脇を撫でられても堪えて不動を貫く。

 放たれる圧力から感じられる。男色趣味などではなく、言葉通り触れて筋肉の質や付き方を見て戦力となるかどうかを見定めているのだろう。

「ふん。とりあえず最低限の資質はあるようだな。それなりの度胸もある」

「あなたが、ゼキエルさんですね」

「……あ?」

「ですから、あなたがセイリスのお兄さんで――」

 続く言葉を音にすることはできなかった。片手一本で宙づりにされている。

 高くなった視界で連れられてきた少年少女が動揺している様子が見えた。

「お前、あの馬鹿に何を吹き込まれてきた? なあっ!」

 首を掴まれたまま揺さぶられる。凄まじい力だ。

 喉元を抑えられているので声など出せえるはずがない。

 棒を振り回すように揺らされ、地面へと叩きつけられた。

 咳き込み、空気を求めて呼吸する。

 見上げると赤亜が鬼の形相で俺を睨んでいた。

「俺は天海 赤亜。残念ながら血縁上はあのアホ、天海 青璃の兄だが

断じてゼキエルとかいうふざけた名ではない。二度と呼ぶな。いいな!」

「で、ですよね。俺も……げほっ、おかしいと思って、ました」

「大体な、アホのセイリスとかいう馬鹿みたいな呼び方はまだいい。

それに引きずられてゼキエルだ? どう読めばそうなるんだよ!」

「〝き〟しかあってませんからね……その、赤亜、さん」

 本能的な防衛反応が働いている。

 逆らっていい状況と悪い状況は分別できる。

 死の現場を乗り越えてきたのだ。あの惨劇で俺が何か成長できたとしたら、場の空気を読み相手の心情を察する状況適応能力だ。

 赤亜が目を丸くする。しまった。学習しても対応を間違えたか。

 肩を掴まれ、引っ張り上げられる形で立たされる。怒りの鉄槌が振り下ろされるか、と身構えた。恐怖と痛みから逃れるように瞼を閉じて視界を切り捨てる。

 が、俺に与えられたのは激励のような肩たたきだけだった。

 恐る恐る瞼を開けてみると、赤亜が複雑そうな顔で俺を見ていた。

「そう。その通りだ。お前はよくわかっている。

いや、分かってくれそうでよかったよ」

「あの、すみません。勝手がわからなくて」

「いや、いい。いいんだ。お前はそれでいい」

 頷きながら、何度もそれでいいと繰り返す赤亜を前に俺は内心で安堵した。

 やはり色々とおかしいのは青璃の方らしい。口調といい性格といい双子でありながら別人のようだった。それでも根深い関係性は背後に薄ら見える幻影で分かる。

 赤亜に付き従うように中性的な容姿を持つ像があった。どんな天使を()としているのかは分からないが、その目尻には透明な珠が浮かんでいる。

 〝彼ら〟も苦労しているのだろう。

「おい、一体お前らはなんなんだ!

俺達をこんなド田舎に連れてきて何をするつもりだっ」

 謎の感動っぽいものに心を揺さぶられていると連れられた男の一人が吼えた。

 全員の視線が声を放った男に向かう。男が腕を掲げて千影を指差す。

「戦力だとかほざいてたな。俺達に人殺しでもさせようってのか?」

「人殺しなんて、そんな怖い……」「助けてくれる、って言ったから」

「境遇に不満はないか、って言われて」

「皆と違っている自分の正体が知りたくないか、って」

「好きなように暴れられるって言ってたから俺は大歓迎だぜ」

「私を治療してくれるっていうから来たのに!」

「ヤだよ、皆うるさいうるさいうるさいっ! この聞こえすぎる耳がヤなのにっ」

「ああぁぁぁ、喚くんじゃねぇよ! お前らの声が痛いんだっての!」

 連れてこられた少年少女が口々に叫ぶ。

 それぞれに告げられ、伝えられたことは全く別らしい。

 列が乱れ、吼えた男を中心に群れを作る。

 中にはどちら側につけばいいのか、決めかねて遠巻きに見ているものもいた。

 喚き散らす少年少女を前に千影が重く溜息を吐く。

「やれやれ……それをこれから説明しようとしていたというのに」

「千影さん、俺が黙らせましょうか」

「いや、いい。言っただろう、これから戦力……いや、仲間になる者達だと」

 拳を振り上げて威嚇する赤亜を制止して千影が吼えた男の前に立つ。

「貴様の予測は半分当たっている。治療というのも嘘偽りではない。

貴様らは人の身でありながら、その枠組みを超えた者達だ。

多くが、これまで何故自分にそんな力があるのか思い悩んできただろう」

「違うね。俺はむしろ優越感を覚えてたんだよ。

馬鹿な教師、糞みたいなクラスメイト。

俺を化け物扱いしやがるカスみたいな親。

腐り切った環境にうんざりしてたとこなんだ」

「優越感、ね。私も含めてカミサマとやらから(のろ)われた存在が、か」

「呪いなんかじゃねぇ!

他のゴミカスとは違うっていうんだろ。

で、ふざけた政治家共をぶっとばすんだろ。

選ばれた戦士じゃなきゃなんだってんだよ!」

「概ね正しい。貴様が二十歳で死ぬ運命を受け入れているなら、立派な戦士だな」

「…………は?」

 男の顔が凍り付く。騒いでいた者達も一斉に静まり返った。

 それも一瞬だけ。突きつけられた畏怖が新たな波を引き起こす。

「何言ってんだ、死ぬ?」「呪い? 科学全盛期に馬鹿かよ」

「意味わかんね。頭おかしいんじゃね?」

「なんでお前にそんなことが分かるんだよボケ」

「ふざけんじゃねぇよ!」

「ビビらせよう、たってそんなわけにはいかねぇぞっ!」

 少年少女の間で疑念と憤怒が渦巻く。

 当然の反応だろう。あなたは二十歳で死にます。

 それは逃れられぬ運命なのです。

 聞かされて鵜呑(うの)みにする奴は間違いなく物狂(いか)れだ。

 俺だって何も知らない状況で突きつけられれば一切信用しなかっただろう。

 だが、俺はもう見てしまっている。

 千影の異能を、小百合の力が失われてしまったのを。

 紅狼の異常性や、目的のために殺人を肯定できる八千翔や初の姿を見ている。

 千影が本気で言っているかどうかは分からない。確かなのは人ならざる力を振るえる者達がいて、彼らが大きなことをなそうとしていることだけ。

 騒ぐ少年少女を前にした千影に赤亜が何事かを耳打ちする。

 聞いた千影は口元をほころばせた。浮かべた笑みは慈母のように優しく柔らかいように見えて、微笑まない赤黒の瞳が残虐な死神の誘いを宿していた。

「何を笑ってやがるんだっ!」

 最初に吠えた男が激昂と共に千影に掴みかかる。

 襟首を掴まれたまま、千影は黙って偽りの笑みを浮かべていた。

「貴様、明日が誕生日らしいな」

「…………それが、なんだってんだ」

「最後の一日を楽しめ。晩飯も可能な限り豪華にしてやる」

「おい、くだらねぇ冗談はやめろよ。なんで俺が死ななきゃならないんだよ!」

「何度も言わせるな。貴様が〈呪われし忌子達(クラッドチルドレン)〉だからだ」

 言い捨てた千影は愉しそうに笑っていた。

 慈母の微笑みの仮面で死神の嘲笑を隠していた。

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