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週末限定、異世界ソロキャンプ! ~残業疲れのOLが現代のキャンプギアとスーパーの食材でまったり飯テロ極めます~  作者: RIU


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第49話:ランタンの危機と光る木の実

異世界の森の奥深く、淡いピンク色の光を放つ幻樹(げんじゅ)の下で開催された『第一回お花見キャンプ』。

黒毛和牛の極厚ステーキと高級赤ワインがもたらした狂乱の宴も、夜が更けるにつれて、ようやく穏やかな静寂へと包まれようとしていた。

美味しい料理と酒で完全に満たされた異世界の友人たちは、レジャーシートの上やローチェアに深く身を沈め、それぞれが思い思いの形で心地よい春の夜風に身を委ねていた。

ジンツとバルガスはイビキをかいて眠り、リネットは静かに目を閉じている。サリサとマイ、テオの子供組は固まって丸くなり、気絶から目を覚ましたゴードンは妻のミレーヌに介抱されながら水を飲んでいた。


千秋(ちあき)は、宴の片付けをあらかた終え、自分のテントの前に吊るしてある『アンティークのオイルランタン』の前に立っていた。

このランタンこそが、現代日本のアパートと、この異世界ファルマ大陸を繋ぐ『扉の鍵』であり、同時に凶悪な魔獣から千秋たちを守る『絶対的な結界』を張るための魔道具である。

千秋はふと、そのランタンの炎が、いつもより小さく、小刻みに揺らいでいることに気がついた。


「……あれ? なんだか火が弱いな」


ジリ、ジリリッ……。


まるで息絶え絶えの虫の息のように、オレンジ色の炎が今にも消えそうに瞬いている。

千秋はランタンをポールから外し、下部のオイルタンクを軽く振ってみた。

チャプ、という音が、ほんのわずかにしか聞こえない。


「うそ……オイルが、もう底を突いてる……!」


千秋の背筋に、冷たい汗が流れ落ちた。

このアンティークランタンに入っているのは、亡くなった祖父が遺した『特殊なオイル』だ。千秋は毎週末、異世界に来るたびにそのオイルを少しずつ大切に使ってきたのだが、ついにそのストックが限界を迎えてしまったのだ。


「大丈夫、焦らないで。……予備のパラフィンオイルなら、ちゃんと持ってきてるから」


千秋は自分に言い聞かせるように呟き、コンテナボックスから現代のキャンプ用パラフィンオイル(純度の高い普通のオイル)を取り出した。

ランタンのキャップを開け、その透明な液体をタンクへと注ぎ込む。

芯にオイルが染み込むのを数分待ち、再び火を灯した。


シュボッ。


炎は一度、大きく燃え上がった。

千秋がホッと胸を撫で下ろした、その次の瞬間だった。


――プススススッ……。ボフッ……。


「え……っ!?」


新しく注いだパラフィンオイルを吸い上げた途端、ランタンの炎が不自然な青色に変色し、激しくむせ返るようにして急速に萎んでしまったのだ。

それと同時に、千秋のキャンプサイトをドーム状に覆っていた『魔物よけ&認識阻害の結界』の境界線が、ノイズが走ったようにビリビリと揺らぎ始めた。


ヒュオォォォォォ……ッ。


結界が薄らいだ隙間から、これまで完全に遮断されていた『夜の魔の森』の、氷のように冷たく、死の気配を孕んだ風が吹き込んでくる。

遠くからは、グルルルルッ……という、凶悪な魔獣の飢えた咆哮が、はっきりと耳に届き始めた。


「嘘でしょ……!? なんで!? オイルは満タンに入れたのに!!」


千秋はパニックになり、ランタンのつまみを必死に回して火力を上げようとした。

しかし、炎は大きくなるどころか、ますます弱々しくなり、今にもフッと消えてしまいそうになる。

現代の普通のオイルでは、この異世界の扉を開き、強力な結界を維持するための『エネルギー(魔力)』が全く足りていないのだ。


(どうしよう……。このまま火が消えちゃったら、結界がなくなって魔獣が押し寄せてくる……。それに……!)


千秋の脳裏に、最も恐ろしい想像がよぎった。

このランタンの炎が、異世界と現実世界を繋ぐ鍵なのだ。もし、祖父の遺した特殊なオイルが完全に尽き、この火が消えてしまったら。


(私は、元の世界に強制送還される……。そして、もう二度と……)


千秋は、レジャーシートの上で無防備に眠っている仲間たちの姿を振り返った。

ジンツ、バルガス、リネット、サリサ、テオ、マイ……。

彼らと過ごした、かけがえのない週末。美味しかったご飯。一緒に笑い合った数え切れないほどの思い出。


「嫌だ……」


千秋の目から、ボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちた。

ランタンを両手で強く握り締め、震える声で懇願する。


「消えないで……! お願いだから、消えないでよ! このオイルが切れたら、もう……もうみんなに、会えなくなっちゃう……っ!!」


千秋の悲痛な叫び声が、静かな夜の森に響き渡った。


「……チアキ?」


その声に最初に反応したのは、微かな気配に敏感な獣人の弓使い、ナドヤだった。

彼女が身を翻して千秋のそばに駆け寄ると、同時に、異変を察知したジンツやリネット、そしてエルフの学者ロイドたちも次々と目を覚まし、慌てて集まってきた。


「おいチアキ! どうしたんだ、泣いてるのか!?」

「それに、なんだこの嫌な風は……! 魔獣の遠吠えが、異様に近く聞こえるぞ!」


バルガスが大斧を手に取り、周囲を警戒する。


「ランタンの……私のランタンの火が、消えそうなんです……っ!」


千秋はしゃくり上げながら、事情を説明した。

お爺ちゃんが遺してくれた特別なオイルが尽きてしまったこと。自分の持っている普通の油では火が安定しないこと。そして、この火が消えれば、結界が消滅し、さらに千秋自身がこの世界から弾き出され、二度と戻ってこれなくなるかもしれないこと。


「な、なんだと!? チアキが……俺たちの前から、いなくなっちまうっていうのか!?」

「そんな……! 嫌ですぅ! チアキ殿がいなくなるなんて、絶対に嫌ですぅぅっ!」


ジンツが顔面を蒼白にし、サリサが千秋の腰にすがりついて号泣し始めた。

そんなパニックになりかける一同の中で、ただ一人、エルフの学者ロイドだけが、冷静に弱々しく揺らぐランタンの炎を観察していた。


「……なるほど。チアキ殿が『かえれない』という現象の真偽はともかく、このランタンが高度な魔道具であり、現在の炎が極端な魔力不足に陥っているのは事実のようだ」

「ロイド! 悠長なことを言っている場合か! どうにかしてこの火を燃やし続ける方法はないのか!」


リネットがロイドの胸ぐらを掴まんばかりの勢いで詰め寄る。

ロイドは眼鏡を中指で押し上げ、千秋が持っている『パラフィンオイル』のボトルを手に取った。


「チアキ殿が注いだこの透明な油。燃焼の媒体としては優れているようだが、魔力が『完全にゼロ』なのだ。これでは、結界という高度な術式を維持する触媒にはなり得ない」

「じゃあ、どうすれば……! 魔力のある油なんて、私、持ってないよ……!」

「待ってください!」


泣きじゃくる千秋の声を遮るようにして、村の少女マイが大きな声を上げた。

彼女は何かを懸命に思い出すように、両手を胸の前でギュッと握り締めている。


「チアキさん! 村の昔話で聞いたことがあります! 森の奥深くに生えている『ヒカリクルミ』という木の実……! 夜光虫みたいに青白く光るその木の実から絞った油は、強い魔力を宿していて、昔の魔法使いたちが儀式の炎に好んで使っていたって!」


マイの言葉に、ロイドの長い耳がピクリと動いた。


「ヒカリクルミ……! 確かに、文献で読んだことがある! マナを極限まで濃縮して内部に蓄える性質を持つ希少な植物だ! それの油と、チアキ殿の持つ現代の油を混ぜ合わせれば……失われた魔力を補完し、炎を安定させることができるかもしれない!」


「本当!? それ、どこにあるの!?」

「この時期なら、湿気のある森の影に落ちているはずです! 暗闇の中で光るから、夜なら絶対に見つけられます!」


解決策が示された瞬間。

異世界の住人たちの目の色が、完全に変わった。


「よし! 話は決まったな! 全員でその『ヒカリクルミ』とやらを探すぞ!」


ジンツが槍を高く掲げ、大声で号令をかけた。


「結界が完全に消えるまで、まだ少しだけ時間がある! チアキは絶対にここから動くな! ランタンの火を守ってろ! 残りの全員で、森中をひっくり返してでもその木の実をかき集めてくる!」

「うむ! 騎士の誇りにかけて、チアキの居場所は絶対に守り抜く!」

「チアキちゃん、待ってな! すぐに戻ってくるからね!」


バルガス、リネット、ミレーヌ、ゴードンまでもが、躊躇することなく真っ暗な夜の森へと飛び出していく。


「私の『夜目』と嗅覚なら、すぐに見つけられます!」

「私も、風魔法で茂みを吹き飛ばして探しますぅ!」


ナドヤとサリサが後に続く。

テオとマイも「僕たちも行く!」と走り出し、ロイドも「私も植物学者として……!」と慌てて後を追った。


千秋は、ランタンを両手で包み込むようにして守りながら、暗闇に消えていく仲間たちの背中を見送った。

誰も、千秋を失うことを受け入れなかった。

誰も、諦めなかった。

全員が、千秋という一人の人間のために、危険な夜の森へと飛び込んでいってくれたのだ。


「……お願い、みんな。無事で……」


千秋の祈るような声だけが、薄れゆく結界の中に響いていた。


* * *

「あったぞ! こっちだ!」

「こっちにも落ちてますぅ!」


森のあちこちから、仲間たちの声が聞こえてくる。

マイの言葉通り、『ヒカリクルミ』は漆黒の闇の中で、まるで星の瞬きのように青白く発光していた。

ナドヤが獣人の圧倒的な身体能力で木々に登り、枝に実っているものを次々と叩き落とし、それを地上でバルガスやジンツが拾い集める。

サリサの微弱な光魔法で足元を照らし、テオとマイが小さな手で落ち葉の下を探る。

商人であるゴードンすらも、泥だらけになりながら地面を這いつくばって木の実を拾い集めていた。


わずか十数分後。


「チアキ!! 持ってきたぜ!!」


ジンツたちが、息を切らしながら結界の中へと駆け込んできた。

彼らの手にある袋や衣服の裾の中には、青白く幻想的な光を放つ、ピンポン玉ほどの大きさの胡桃(くるみ)が大量に入っていた。


「みんな……! ありがとう!」


千秋は涙を拭い、急いでコンテナボックスから『すり鉢』と『すりこぎ』を取り出した。キャンプでスパイスを挽いたり、ゴマをすったりするために持参していた頑丈な調理器具である。


「時間がない! ジンツさん、バルガスさん! この木の実を、力一杯潰して油を絞り出して!」

「おう! 任せとけ!」


バルガスが巨大な手ですりこぎを握り、すり鉢の中に放り込まれたヒカリクルミを親の仇のように力任せにすり潰していく。

バキッ、メキッという硬い殻が割れる音と共に、中から青白く発光する、ドロリとした粘度の高い液体が滲み出してきた。


「よし、いいぞ! 次だ、どんどん入れろ!」


ジンツが殻を取り除き、リネットたちが新しい実をすり鉢に追加する。

全員が泥だらけになり、汗を流しながら、必死の形相で木の実から油を絞り出していく。

千秋の居場所を守るための、異世界人たちによる必死の共同作業。


やがて、すり鉢の底には、青白く光る魔法の油がたっぷりと溜まっていた。


「チアキ殿! これくらいでどうだ!」

「十分です! ロイドさん、これを私のパラフィンオイルと混ぜます!」

「うむ! 私が比率を調整しよう!」


千秋は、シェラカップの中に残っていたパラフィンオイルを注ぎ、そこにロイドが慎重な手つきで『ヒカリクルミの油』を流し込んだ。

透明な現代のオイルと、青白く発光する異世界の魔法の油。

二つの全く異なる世界から生み出された液体が、シェラカップの中でゆっくりと混ざり合い……やがて、美しく澄んだ『黄金色の液体』へと変貌を遂げた。


「よし……! いきます!」


限界を迎え、プツ……と完全に火が消えてしまったアンティークランタン。

結界が完全に消失し、森の冷たい闇が千秋たちを飲み込もうとしたその瞬間。

千秋はランタンのタンクに黄金色のブレンドオイルを一気に注ぎ込み、チャッカマンで素早く芯に火を点けた。


シュボッ。


静寂。

全員が、固唾を呑んでランタンの芯を見つめる。

数秒後。

オイルを吸い上げた芯から、小さな火花が散ったかと思うと。


――ボォォォォォォォォォッ!!!!


「……おおおおおぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!」


ランタンから、かつてないほどに力強く、そして眩いほどに輝く『黄金色の炎』が勢いよく吹き上がった。

青白かった弱々しい炎は跡形もなく消え去り、生命力に満ち溢れた絶対的な光が、千秋のキャンプサイトを真昼のように照らし出す。


ピシャァァァァァンッ!!


黄金の光が波紋のように広がり、先ほどまで薄らいでいた『魔物よけ&認識阻害の結界』が、以前よりも遥かに強力な、目に見えるほどの分厚い光のドームとなって完全に復活を果たした。

結界の縁まで迫っていた魔獣たちの気配が、悲鳴を上げて蜘蛛の子を散らすように遠ざかっていくのがわかる。


「やった……。火が、戻った……!」


千秋はランタンを抱きしめ、その場にへたり込んだ。


「やった! やったぜチアキ!!」

「チアキ殿!! よかった……本当によかった……!」


ジンツとバルガスが雄叫びを上げ、リネットとサリサが千秋に抱きついて泣きじゃくる。

テオとマイも飛び跳ねて喜び、ミレーヌとゴードン夫婦は安堵の息を吐きながら胸を撫で下ろした。


千秋は、黄金の炎に照らされた仲間たちの顔を、涙で滲む視界の中でゆっくりと見渡した。

現代日本のただのOLである千秋が持ってきた『キャンプ道具(パラフィンオイル)』と。

異世界の住人たちが必死になって集めてくれた『魔法の木の実(ヒカリクルミ)』。

その二つが混ざり合ったことで、千秋のランタンの炎は、お爺ちゃんが遺してくれたオイルを使っていた時よりも、ずっと力強く、美しく燃え盛っている。


それはつまり。

千秋はこれからもずっと、この異世界に、自分の意志で通い続けることができるようになったということだ。

彼女と異世界の繋がりは、もう誰から与えられたものでもない。

自分たち自身の力で、確固たる『絆』として結び直されたのである。


「みんな……。本当に、本当にありがとう……っ!」


千秋は、涙でぐしゃぐしゃになった顔で、最高の笑顔を浮かべた。


「私……これからもずっと、毎週末ここにキャンプに来るからね! 来週も、再来週も、ずっとずっと……みんなに美味しいご飯、いっぱい作るから!!」

「おう! 当たり前だぜ! 俺たちはもう、チアキの飯なしじゃ生きていけねえ身体になっちまったんだからな!」


ジンツが白い歯を見せて笑い、全員がドッと吹き出して笑い声を上げた。


春の夜空に、黄金色のランタンの光が優しく揺れる。

消えかけの灯火がもたらした最大の危機は、異世界の仲間たちとの絆を、より一層深く、決して切れない強固なものへと鍛え上げた。

この温かい居場所は、決して消えることはない。

安心と幸福に包まれながら、千秋の長い長いお花見キャンプの夜は、優しく更けていくのであった。

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