04 せめて最期は安らかに
『あなたの記憶、買い取らせていただきます』
見れば黒い服装に身を固めた、若い男が帽子を取って挨拶をしている。
とは言え、今の私の状態は、本来目を開けられる状態ではない。
確か、集中治療室で声明維持装置をつないで何とか生き繋いでいる状態のはずなんだがな。
となると……これは夢か?
『ええ。そうですね。これは貴方様の夢の中。用件があって御挨拶に参りました』
ふむ。夢であれば何があっても不思議ではない、か。
ならばひと時、この夢を楽しむとするか。
……で、何の用件かな、若いの。
『話が早くて助かります。実は私、記憶を買うことを生業としておりまして。この度は貴方様に商談をお持ちしました』
記憶を買う?
商談?
私の夢にしてはなかなか突飛な夢だな。
面白い。
このまま乗ってやろうじゃないか。
ところで、私のどんな記憶を買い取りたいというのだね?
『はい。実は貴方様の持つ戦争の記憶、こちらを買い取らせていただきたいのです』
「戦争の記憶」……か。
しかしそんな記憶を買い取って、それをどうしようというのだ?
『実はもう買い手がついておりましてね』
……買い手、だと?
一体誰がそんな酔狂な……
『貴方様の御子息様でございます』
……息子が!?
『実は貴方様の記憶を継承したいというご相談を先日いただきましてね。それでこうやって伺ったのですよ』
そうか……私はあの忌まわしい記憶を語ろうとしなかったからな。
いや、違うな。
語れなかったのだ。
あまりにも思い出すことが辛すぎて。
仲間たちの中には語り部になったり、手記を残したりした者たちもいたが、大多数は自分の忌まわしい体験や記憶を衆目に曝そうとしなかった。
自分にその役割が求められていることは十分すぎるくらいわかっていたが、それを言葉にするには重く、辛すぎたのだ。
簡単に「戦争体験を語って下さい」と言われると、どうしようもなく悲しみと怒りがこみ上げてくるくらいに。
だから私は、私の家族にすら、話ができなかった。それをしようと思ったことは何度もあった。しかし、できないまま今を迎えてしまった。それをできるというのか。しかし────────
私の記憶をそのまま息子に渡す、というのか?それは息子が耐えきらんかも知らんぞ?
私が体験した惨禍は、この世の地獄だ。それを我が記憶として直接見るという事がどれほどの負担になるか。そんなことは我が息子にはさせたくない。
『ええ。ですからそのような事は致しません。こちらで映像化して、それを御自身で選んだ上でご覧いただくようにさせていただきます。それに大変貴重な記録でもあります。歴史的には第一級資料ですので、御許可頂けるのでしたら、研究にも使われましょう』
……そうか。それならいい。
せいぜい役立ててくれ。
それで、買い取られた後、私はどうなるんだ?
『貴方様はもう思い出すことができません。ご子息様は、併せてそれもお望みでした。せめて最後位は安らかに、と』
そうか……。
これはいい夢だな。
なぁあんた、息子に伝えてくれないか?
おかげでスッキリした気持ちであの世に行ける。
「ありがとう。達者でな」ってな。
『承りました。それではこれにて商談成立です。あなたの記憶を買い取らせていただきます。』
ああ、これでやっと悪夢を見なくて済む────
「なぁ親父……最後は良い夢、見れたかい?」
数日後、静かに息を引き取った男性のその顔は、とても穏やかだった。




