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01 あなたの記憶、買い取らせていただきます。


【あなたの記憶、買い取らせていただきます。】


 その案内を目にした人々は、自分の記憶を売る。


 ある者は自分の人生を新たなものにするために。

 ある者は自分の大事なものを守るために。


 これは、「記憶を買い取る者」と、「記憶を売る者」たちの物語。


 あなたにも「売ってしまいたい記憶」、ありますか?





 中世の雰囲気を今も尚、色濃く残している街がある。


 平らな石を敷き詰めた道を行くそこの女性は、夕食の準備でもあるのだろうか。食材が放り込んである買い物かごを持ち、足早に歩いている。その身なりから推測すると、特にこの辺りでは珍しくもない、ごく平均的な家庭のようだ。


 その女性が、ふと立ち止まり、足元に落ちているものを拾い上げた。


 足元に落ちていた「それ」は、この辺りではあまり見かけない、金の縁取りがなされた白い名刺大のカードだった。女性は目に入ったそれに興味を惹かれ、思わず拾い上げて書かれている文面を読んだ。




 【あなたの記憶、買い取らせていただきます。】




 (「記憶を買う」……ですって?バカバカしい)


 女性は最初、誰かのイタズラだろうと思っていたが、妙に気になってそのカードをそっと買い物かごにしまった。その日から数日、頭からカードに書かれた言葉が女性の頭から離れなかった。それは先に「この辺りでは平均的」と言ったものの、この都市は貧富の差が激しく、また富めるものは一握りであったからであり、ほとんどの家庭はその日その日を遣り繰りしながら、生きているようなものだったからだ。


 それ故に、幾らかの金銭を得ることができそうなその言葉に興味を惹かれたその女性は、数日後にそのカードに記された連絡先を訪ねてみることにしたのだった。







 『あなたの記憶、買い取らせていただきます』


 連絡先にあった街の路地裏の建物には、確かにその言葉が書かれた看板が掲げられていた。


(こんなとこにお店なんかあったかしら?)


 自分はこの街にはそれなりに長く住んでいるが、こんなところに何かの店があった記憶は無い。女性は不思議に思って首をひねりつつもドアを開けた。



 チリン チリン チリーン



 高く澄んだドアベルの音が鳴る。

 部屋の中には大きなカウンターテーブルと椅子がある。部屋に置かれている調度品は、派手ではないが品が良いものが揃えてあるが、どこか見慣れない雰囲気を纏っている。その奥に事務机やソファーが置かれ、仄かに紅茶の良い香りが漂っていた。


 「ようこそいらっしゃいました。お話をお伺いいたしましょう」


 そう言葉をかけてきたのは、黒いスーツに身を包み、モノクルを掛けた若い男性である。この辺りではあまり見かけない紳士然とした男性の様子を、女性は最初訝しんだが、その柔らかな物腰と冷たさと暖かさが入り混じったような不思議な声色と眼差しに誘われるかように、カウンターチェアに座り話を聞き始めた。


 若い男性はごく簡単に「記憶を売る」という事について説明を始めた。女性は大層興味深く聞いていたのだが、「売った記憶は無くなる」という事を聞き、どうしたものかと考え始めた。その様子を見て、黒い服の男性は一つの提案を持ちかけた。


「悩まれているのであれば、試しに『昨晩の夕食時の記憶』などお売りになられてはいかがでしょうか?1回くらいであれば、特に問題はございませんでしょう?」


 物は試しにと渡された上質の紙に、半信半疑で女性は昨晩の事を思い返しながらペンを走らせた。書き終わった紙を男性は受け取り、銀の皿の上に置くと、光輝く魔法陣が現れ、たちまち紙は燃え尽きてしまった。後には灰一つ残らず、代わりに皿の上に数枚の硬貨が乾いた音を立てて現れた。それは昨日の夕食代を超える額であった。


 驚く女性に男性は告げた。


「『幸せな記憶』は、高く売れるのです。しかしご注意を。先程も申し上げた通り、一度お売りになられた記憶はお戻しできませんよ?」


 確かに思い出そうとしても、昨晩の事は何か深い霧がかかったように思い出せない。そのことに不気味さと思いがけない収入を得た喜びを感じながら、女性はその店を後にした。







 数日間、女性はその店を思い出す事はなかった。しかし家計が厳しくなると、「少しぐらい良いだろう」と、また記憶を売りに出かけた。


 最初はたわいもない日常を、少しずつ慎重に。


 そうしたことを繰り返し、少しばかり余裕が出ると、今度はちょっとした贅沢をしたくなる気持ちが沸き起こり、また記憶を売った。



 少し位いいだろう。

 この位いいだろう。

 あれも欲しい。

 これも欲しい。

 もっと。

 もっと!

 もっと!!



 彼女の周りはいつしか贅沢品が溢れ、暮らしぶりは周囲が羨む位になった。

 しかしその代償として、彼女が売り渡した記憶は、家族との大事な記憶や友人達とのかけがえのない思い出。

 いつしか、彼女の周りから友人は去り、家族もまた離れて行った。







 中世の雰囲気を今も尚、色濃く残している街がある。平らな石を敷き詰めた道を通って郊外へ向かうと、広大な庭を持つ豪邸が建っている。そこには、ある女性が1人で住んでいる。


 豪華な調度品で埋められたその部屋で、女性は呟く。


「私は、何のためにここに住んでいるのかしら……」


 使用人が去った広い部屋の中で、彼女の「どう時間を潰すか」思案にくれる、退屈な1日が今日も始まる。





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