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国立大学法人東京魔術大学 ─血継魔術科─  作者: おめがじょん


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82/82

前科81:彼女が見た夢

 



 辻本美晴は端末の起動ボタンを押した。

 衝撃で外装の一部が歪んでいたが、起動はした。黒い画面に文字が立ち上がる。一般向けの操作画面ではない。魔導力用の端末だ。視認性も愛想もない、自動起動されたソフトの文字列と波形だけの無骨な表示が並ぶ。それを確認し、美晴は鳥型デバイスを掌に乗せた。


「行って」


 鳥型デバイスは頷くように一度だけ首を振ると、崩れた壁の隙間から戦場へ飛び出した。美鈴とアイラの戦いは、血生臭い暴力の様相だ。アイラの容赦のない拳を美鈴の狂化した腕が受ける。だが完全には殺し切れない。衝撃が腕から肩へ、肩から肺へ突き抜ける。アイラの拳は重いというより、ただ人を殺すためだけに積み上げられた無機質な暴力だった。


「アイラ──ッ!」


 美鈴の声は悲鳴に近かった。

 返事はない。次の瞬間には、膝、肘、拳。嵐みたいな連打が美鈴に降り注いだ。美鈴は腕で受け、脚を引き、肩で逸らす。だが全部は捌き切れない。狂化で硬化した身体ですらも悲鳴を上げる。


「……っ、く……!」


 攻撃が重い。並の膂力じゃない。アーマーが悲鳴のような金属摩擦を上げながら攻撃してくる。美鈴は歯を食いしばった。打てば止められる。けれど、打てばアイラの身体が壊れる。


(アイラの体が──)

 

 こんな状態の魔導アーマーに攻撃をしては彼女の身が危ない。横薙ぎの一撃を沈み込んでかわし、そのままアイラを押さえつけようとする。だが、アイラの膝が跳ね上がる。腹に入る寸前で身を捻ったが、それでも吹き飛ばされる。背中から転がり、瓦礫の上に手をつく。すぐに立つ。立たなければ、その先に美晴がいるからだ。


(美晴さんを信じる──!)


 美鈴が戦うその間にも、鳥型デバイスはアイラの周囲を旋回している。至近距離から接続を試みれば撃ち落とされる。だから近づきすぎず、遠すぎず、魔導アーマーに流れる魔力信号の接続点へ、デバイス自身の魔力信号を送り続けていた。


「よしっ──」


 美晴が声が上げた。端末の画面に受信されたデータが表示され始めたのだ。前に整備した時に正常起動の確認をしたので、データの受信までは成功した。今度はより深い階層まで潜る必要がある。制御権限の階層までいくのが目標だ。


 M-BUS/1553C MON

 BC: 00 RT: 03 SA: 1A WC: 20

 CMD 0x18D4 STAT 0x8201

 DATA 7A19 00C1 02FF 1000 032A 8F00


 表示されたデータから察するに旧軍用魔導バス規格。通称、1553系。現代の魔導機器からすれば骨董品みたいな通信規格だが、当時の兵器には嫌というほど使われていた。 中枢制御核が命令を出し、各部位の駆動端末が応答する。古い。単純。だからこそ頑丈。そして現代技術の水準から見れば、隙だらけだった。


「入った……!」


 鳥型デバイスを、ただの観測端末としてではなく、保守用の仮想制御核として滑り込ませた。その声には、自分でも驚くほど安堵が混じっていた。だが、次の行を見た瞬間、その安堵は凍りついた。


 RT0A/LIM-BUF : N/A

 RT0B/VISC-BUF: N/A

 RT03/CNS : SHLD

 OP-CONT : P1


 美晴の喉が詰まる。


「……は?」


 四肢保護無し。魔力緩衝無し。

 疼痛制御は一部遮断。その癖、頭部だけに手厚い保護。

 最初は意味が分からなかった。いや、分かりたくなかった。だが、それ以外に解釈のしようがない。これは人を守るための鎧ではない。身体がどう壊れてもいい、脳さえ生かしておけば魔力はいくらでも絞れる。戦闘が続けられる。そんな冷たい設計思想が、端末の文字列になって並んでいた。


「ふざけんな……っ!!!」


 思わず怒声が漏れた。

 脳の保護にだけ魔導力の技術がふんだんに使われている。

 ここまでの過剰出力だ。半睡眠状態で体だけはボロボロになりながら戦わされているのがデータからわかる。こんな非人道的な兵器で、彼女はずっと戦ってきたのか。悔しくて、美晴の目に涙が浮かんだ。

 視界の隅では、アイラの拳がまた美鈴を弾き飛ばしていた。美鈴の背中が壁に叩きつけられ、ひび割れたコンクリート片が降る。それでも立つ。立ってしまう。アイラを止めるために。


「……もうやめて……!」


 その呼びかけすら、届かない。

 アイラは床を踏み砕きながら前へ出る。駆動音が鳴るたび、金属摩擦の悲鳴が酷くなる。美晴は奥歯を噛みしめ、端末へ目を戻した。停止命令を探す。ない。緊急停止。ない。強制排出。当然のように存在しない。


「なら……!」


 人を守るという設計思想が最初からない。

 ──だったら、作ればいい。

 背部固定解除。神経接続遮断。外装分離。出力低下。戦闘継続命令の上書き。美晴の指が高速で走る。コマンドが弾かれればすぐに別のコマンドを入力。手当たり次第、持てる知識の全てを総動員させて打ち続ける。

 一方で、美鈴がついに押し切られ始めていた。力に制約がかかったままの身体で、暴走した魔導アーマーを相手にしているのだ。押し負けるのは時間の問題だった。しかも反撃を打ち込むことすらできない。アイラの肘が美鈴の顔面すれすれを裂いた。血が飛ぶ。視界が滲む。続く膝が脇腹に入る。肺の空気が潰れる。


「……っ、あ……!」


 膝をつく。そこへ、アイラの手が伸びた。

 顔を掴まれ、持ち上げられる。アーマーの握力が頭蓋を軋ませた。美鈴の足が宙に浮く。まずい。このままでは殺されてしまう。美晴の指がキーボードの上を走る。コマンドが弾かれすぎて、既存の機能を繋ぎ合わせて排出と同じ状態を作る方向へ美晴はシフトしていた。


 BC > RT07 SA02 WC01

 DATA 0010


 BC > RT0D SA04 WC02

 DATA C001 0001


 BC > RT1C SA03 WC02

 DATA 0B1C FFFF


 順番を間違えればアイラの身体が壊れる。遅れれば美鈴が死ぬ。汗が額から落ちる。指先が震える。


「通って……! お願い……!」


 BIO-RSK : EX-RED

 BUS COLLISION : HIGH

 CONTINUE ?


 美晴の端末に、最後の確認が走る。一瞬だけ、指が止まる。極端な損傷リスク。当然だ。こんな構造で強制排出なんて、まともな方法じゃない。でも、やるしかない。美晴は歯を食いしばり、キーを叩いた。


 MANUAL COMMIT

 OVR-INJ : FORCE

 C-OP : MASK

 FRM-SPLIT : RUN


「──美鈴ちゃん! 後はお願い!」


 次の瞬間、アイラの魔導アーマーで稼働していた導力石が、一斉に明滅を始めた。


 






 そこは平和な戸山団地だった。

 壊れていない。血もない。

 夕暮れのコンクリートと、少し古びた遊具と、遠くで聞こえる笑い声。アイラはそこに一人立っていた。


「美鈴……?」


 正面には美鈴が立っていた。

 眼鏡をかけていて、大人っぽくなっている。

 服装もかっちりとしていて、一緒に住んでいた頃の貧乏くささは無い。背は相変わらずアイラより小さいままだったが。


「戻ってきてくれたんだね」


 そうか、と納得する。

 色々な事があった。辛い事が沢山あった。話を聞いてほしかった。アイラの言葉に美鈴は薄く笑うと拳を前に出して構えをとった。


「またそれ? アンタ、弱い癖に本当に好きだよね」


 アイラも笑って構えをとる。

 美鈴はアイラによく挑んできた。こうやって喧嘩の訓練みたいな事ばかりやっていた。二人のギアがどんどん上がっていき、鋭い打撃の応酬へと変化していく。遠慮なく。加減なく。でも、どこか楽しい喧嘩だった。やがて、アイラの打撃が美鈴を追い詰める。美鈴は負けそうで、でも諦めなくて、昔みたいに食らいついてくる。アイラは楽しそうに笑いながら拳を振りかぶった。


「……え?」


 いつものことだ。

 自分が勝って、美鈴が悔しそうに睨む。それで終わるはずだった。なのに。次の瞬間、アイラは違和感に気づいた。美鈴が、泣いていた。拳が止まる。こんなことで泣く奴じゃない。むしろ負けたら怒って噛みついてくるような子だったはずなのに。


「……なんで?」


 美鈴は答えない。ただ、泣いている。その涙を見た瞬間、景色にひびが入った。団地。夕暮れ。笑い声。美鈴。全部が、音を立てて崩れていく。意識が覚醒し、壊れた団地の中に、美鈴の顔が見えた。ぼろぼろで、埃と血にまみれて、それでもこちらを見ていた。悲しそうに泣いていた。

 アイラの喉が、かすかに震える。

 何か言わなきゃいけない気がした。

 でも、上手く言葉が出てこない。


 ああ、と思う。

 昔も、こういうことがあった気がした。

 喧嘩して、意地を張って、最後に泣くのはいつもこいつだった。アイラは、血に濡れた指先をゆっくり持ち上げる。魔導アーマーが剥がれ落ちたその手は、ぼろぼろだった。そっと、美鈴の頬に触れる。


「……そんな顔されたら、何もできないじゃん」


 掠れた声だった。美鈴の目が、見開かれる。


「アイラ……!」


 その名を呼ぶ声が、ひどく遠く聞こえた。

 次の瞬間、アイラの内側で膨れ上がっていた魔力が、限界を超える。魔導アーマーの強制排出で行き場を失った魔力が、カプセルの過剰摂取で増幅された分までまとめて噴き上がる。空気が震える。地面が軋む。美晴の端末が、悲鳴みたいな警告音を吐いた。


「まずい……!」


 暴走した魔力が破壊のエネルギーと化す。誰の目にも、それは明らかだった。なのに、美鈴は動かなかった。アイラの手の温度が、頬に残っていたからだ。一緒に終わるのでもいいと、思ってしまった。けれど、アイラは違った。少しだけ、昔みたいに笑った。


「アンタは、生きて」


 次の瞬間、最期の力を振り絞って美鈴の胸を思いきり突き飛ばした。


「――ッ!」


 美鈴の身体が後方へ吹き飛ぶ。それでも、手だけは伸びていた。届かないと分かっていても。もう間に合わないと分かっていても。最後まで一緒に居たかった。


 アイラの周囲で、魔力が爆ぜかける。その瞬間。世界が、止まった。音が消えた。吹き飛ぶ瓦礫が空中で止まる。弾けかけた魔力でさえも、全ての法則を無視して止まった。美鈴の涙さえ、頬を流れる途中で止まっていた。


 静寂の世界。

 その中を、二つの影だけが動いていた。──八代と清春だった。清春は息を荒げ、時間を凍らせている。


「……行け」


 短い声。その言葉に応えるように、八代が前へ出た。

 支配の魔剣が八代の体を侵食していく。軽口はない。笑ってもいない。八代の目は、ただ静かだった。爆発寸前の魔力の中心。その内側にいるアイラへ向かって、八代は支配の魔剣を向けた。この規模の魔力が暴走してはこの辺一帯が消し飛ぶ。──終わらせてやるしかない。


「ごめん」

 

 時間を凍らせた筈の空間を、支配の魔剣から発せられた黒い光が走っていく。光はアイラの心臓を貫き、そのまま彼女の周囲に広がっていく。爆発へ向かっていた魔力の流れが、黒い線に縫い止められる。弾けるはずだった結果が、別の形へと支配されていく。破壊ではなく、停止へ。拡散ではなく、終息へ。


「……っ、限界だ」


 清春が苦々しげに呟き、時間が再び動き出す。

 音が戻る。瓦礫が落ちる。美鈴の身体が地面を転がる。

 だが、爆発は起きなかった。嘘のように、静寂が訪れる。


「アイラ……!」


 美鈴は、起き上がった。視線の先で、アイラが立っていた。とても、穏やかな表情のまま。


「……ぁ」


 美鈴の声が壊れた。八代が、支配の魔剣の展開を解除した。その瞬間、アイラの身体が傾いた。美鈴は走った。倒れかけたアイラの身体を、美鈴が抱き留める。自分より大きいアイラの身体は、信じられないほど軽かった。


「アイラ……アイラ……!」


 名前を呼ぶ。何度も。何度も。返事はない。

 けれど、アイラの唇がほんの少しだけ動いた気がした。音にはならなかった。


「そんな……」


 呆然と状況についていけなかった美晴も理解してしまった。美晴の端末に、無機質な文字列が浮かぶ。


 M-BUS/1553C FINAL STATUS

 FRAME-SPLIT : COMPLETE

 COMBAT MODE : TERMINATED

 PILOT LINK : LOST


 成功した。成功した筈なのに。美晴は、その場に膝をついた


「助けるって……言ったのに……!」


 声を震わせながら言葉を絞り出すが、端末の画面は何も答えない。ただ冷たい文字だけが、結果を告げている。


「…………」


「…………」


 清春は、何も言わなかった。八代も、何も言わなかった。

 二人とも分かっていた。彼女達ができなかったことを、自分たちがした。彼女達に背負わせたくなかった終わりを、自分たちが代わりに選んだ。それが正しかったのかなんて、誰にも分からない。ただ、爆発は起きなかった。美鈴も美晴も生きている。この結果だけは間違っていないと思っていた。美鈴は、アイラを抱きしめたまま震えていた。


「なんで……」


 声にならない声。美鈴は、自分の頬に手を当てた。

 さっきまで、そこにアイラの指があった。

 傷は狂化で塞がっていく。

 身体は勝手に治っていく。

 けれど、その温度が戻ってくることは、もう二度となかった。



 誰も動けなかった。

 誰も、言葉を持っていなかった。

 ただ美鈴と美晴の嗚咽だけが、壊れた団地に小さく響いていた。その静寂を、清春の低い声が破った。


「おい……」


 清春が上空を指さし、遅れて八代も上を見る。

 上空にはいつの間にか巨大な白い龍の姿があった。

 そして、団地一帯を覆い尽くしかねない巨大な魔術印が展開していた。





しんどかった。

My Little LoverのDESTINYって曲を無限に聴きながら書きました。

よければ聴いてみてください。

第三部エピローグ含めて残り三話予定です。

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